閑話 デート
「魔王様、デートに行きたいです」
「ああ、分かった、出かけたいのだな」
「違います。デートです」
「やけにこだわるなシェイラよ。まあ良い。どこに行きたいのだ」
話が進まないので適当に合わせる事にしたクライドル。
今のところ岸から質問や分析の為の呼び出しはあるが、討伐の要請は出ていない。
そのため、二人はお休みをもらっている時が殆どだった。
「じゃじゃーん」
やけに古いタイプの効果音を口にしながら、一枚の紙を見せるシェイラ。
今日もご機嫌そうである。
紙にはぎっちりと今日の予定が書いてあった。
午前中に映画、昼食は有名ステーキ店のハンバーグ、その後に都内の遊園地、ボーリング。
夕食はテレビで有名なあの人の、予約の取れないイタリアン。カラオケ、最後に世界的に有名なハードシェイクが得意のあの人のBar。
クライドルは予定表を見ただけで疲れてきた。
「シェイラよ、いくらなんでもこれは無理であろう。こんな無駄にぎっちり……」
無駄といった瞬間、シェイラの目つきが変わる。
「いや、これは綿密なスケジュールだ、よく頑張ったなシェイラ。我も楽しみだ」
「魔王様、楽しみですね」
そう言って腕を絡ませてくるシェイラ。
本当に勘弁してくれ…男はこういうので、直ぐに勘違いしてしまう弱い生き物なのだ。
そう思いながら、今日の地獄のスケジュールを考え、小さな溜息を吐くクライドルであった。
映画はイケメンの勇者が、悪の魔王を倒すというものだった。何かの嫌がらせだろうか。
シェイラ曰く、社会勉強です魔王様。との事だった。これがこの世界の魔王像だということを再認識した。
この世界は全て我のものだ、等と思ったことなど一度もないのに。
しかも、この世界の魔王とやらはいつも世界を滅ぼそうとする。民がいなければ王など意味は無かろうに。
不思議なものだと思いながら、クライドルは映画を見ていた。
その間、シェイラはずっと手を繋いで離してくれなかった。
だから、そう言う事をされると男はだな…
映画の間終始落ち着けないクライドルであった。
前回のことからクライドルは一つ学習していた、
理由は結局分からなかったが、前回、街を歩いている間はキョロキョロしたり、ほかの女性の話をする。
この後にひどい目にあわされた。
今回はこの教訓を生かして、なるべくシェイラのことを見る。
シェイラについて話する、シェイラの話に合わせる事にしていた。
シェイラはとても機嫌がよかった。
理由は分からなかったが、平和で何よりと思うクライドルだった。
鈍感系魔王は健在である。
遊園地では、二人で観覧車に乗った。
北見も乗るようクライドルが進めると。
「私も職務とはいえ、そこまで無粋ではございません。」と言われてしまった。
何が粋で、何が無粋なのか良くわからなかったが、素直に従った。
「まあ、ありがとうございます北見様。」
シェイラが喜んでいるので、それが正解なのだろう。
退屈な乗り物だとクライドルは乗ってすぐは思ったが、シェイラとの距離が近い。
これは、男子を勘違いされる危険な乗り物だと確信した。
最初は向かい合って座っていたが、途中でシェイラが隣に移動してきた。
異世界を見渡す景色、隣には腕を絡めるシェイラ、胸が当たっている。
「あ、あのなシェイラ。その、む、胸が当たっているのだ」
「あらあら、魔王様当たっているのではなく、当てているのですよ」
何だろう、ラブコメの波長を感じるクライドル。これはあぶない。
「な、なにを言っているのだシェイラよ。女性がそのような事を軽々しく言うものではないぞ」
勘違いしてしまうではないか、という言葉は何とか飲み込んだ。
「魔王様は何もわかっておりません。何もわかっていないから、女性に恥をかかせているのです」
「す、すまない。シェイラに恥をかかせていたのか。我はどうも女性の機微に疎い故許してほしい」
「良いのです。そんな事は知っております」
そんな会話をしているうちに、ゴンドラは最高地点付近まで来た。
「この世界は本当に素晴らしい、争いや、飢餓ももちろんあるがな。特に日本は本当に良い国だ」
「このまま帰らず、二人でいたいですね」
ポツリと何か聞こえた。流してもよかった、しかしクライドルは
「そうだな、それもよいかもしれんな」
帰れる可能性も今のところ分からない、シェイラがいると心強い、それだけだった。
外に向けていた視線をシェイラに戻す。
シェイラはクライドルを見たまま、ポロポロと涙を流していた。
慌てるクライドル。
「ど、どうしたのだシェイラ、何か気に障る事を言ったか。赦してくれ、首、物理は、嫌だ!」
「陛下のバカ!もう知らない!」
どこぞで聞いたころのあるセリフを吐いて、プイっと顔をそむけるシェイラ。
良かった。本気で怒っていたわけではない様だ。胸をなでおろすクライドル。
「驚いたぞシェイラ、我はシェイラが泣くと、どうしてよいのか分からなくなる」
「それでいいのです魔王様。思う存分慌ててください」
涙を拭いて、クライドルの方を向いたシェイラは笑っていた。
「失いたくないな」
ふと、呟いてしまう。
「え!今なんとおっしゃいました。」
「いや、何も言っておらん」
上司部下ともに難聴系であった。
ボーリング。それは技と技のぶつかり合いである。
「あ、シェイラずるいぞ」
「魔王様こそ、反則ですよ」
肉体強化の魔法がかかっている二人は当初、ボーリングを甘く見ていた。
しかし、思ったようにピンに当たってくれない。真っ直ぐいっても残ってしまう。
北見は淡々とスコアを重ねていった。
だんだん二人はイライラしてきていた。
クライドルは風の魔法を行使して、ボールの軌道を修正し。
シェイラは空間魔法で、同じく軌道修正を掛ける。
当然ストライクである。
何せ、ボールがピンに当たった瞬間、二人とも魔法ですべて倒れる様に仕込みをしているからだ。
「な、なんだと」
同じように投げたクライドルのボールが、当たらなくなった。魔法は行使した。
シェイラはまたストライクである。
クライドルは気づいた。こいつ、レジストしてやがる。
「あ、シェイラずるいぞ」
「魔王様こそ、反則です」
自分の事は棚に上げるシェイラ。
呆れながらも淡々とスコアを重ねる北見。
そこからは、まさに魔法合戦だった。
自分達が使える、ありとあらゆる魔法技術のぶつかり合いになった。
ただし周りから見れば、多少ボールが変な動きをすることが有るが、普通のカップルのボーリング風景だった。
なんとも地味な魔法合戦である。
しかしボールを取る時点から、魔法合戦は始まっている。ボールを投げた瞬間も、転がっている間も、当たった瞬間も、ピンが倒れる時まで。
支援魔法、操作魔法をかければ、待っている方は魔法をレジストし、更に妨害の為の操作魔法を行使する。投げた方は妨害の為の操作魔法をレジストし、更に操作魔法をかける。これをボールを投げてピンが倒れるまで、数十回行うのである。
途中隠遁の魔法で、一気に十個のボールを投げるという暴挙にシェイラが出たが、それは禁止になった。
玉詰まりを起こして怒られたのである。
北見がいなければ恐らく出禁になっていただろう。
「つ、疲れた。大魔法を使ったわけでもないのにとんでもなく消耗したぞ」
「ふふ、魔王様。私の勝ちですね。これで、何でもいう事聞いてもらえる権利3個目ですね」
ニヤリと笑うシェイラ。
「あ、そんなこと約束していないぞ、ずるいぞシェイラ」
「口調が乱れております魔王様。それに、勝負とはそういうものでございましょう」
ガックリと項垂れるクライドルであった。
最高スコアだったのは北見だったのだが……
カラオケ、その部屋は大変カオスな空間であった。
美男一人が美女二人を従えカラオケとは、はたから見たら何とも羨ましい光景なのだろうが、選曲がダメだった。
アニソンにボカロ、美少女アイドルグループの曲。これが二時間延々と流れているのだ。
スーツ姿の北見は歌の王子さまや、夢フェスなるものを熱唱。
北見は恍惚の表情を浮かべ歌い続けている。
クライドルは言えなかったが、若干…いや、大分気持ち悪いと思った。
シェイラは物質変換で某ボーカロイドの格好になってアニソン、ボカロを歌い上げる。
スタイルと顔立ちでボーカロイド姿は大変好評だったようで、トイレに行く度に握手を求められたとか、写真を求められたとこでご満悦の様だった。
「魔王様もこれくらい、いつも褒めて欲しいです」
「ん?良く似合っているぞ。歌もとても上手い。シェイラが歌うのを初めて聞いた気がする」
素で答えたクライドルだったが、不意打ちだったようでシェイラは少し赤くなった。
そして、人目を惹くイケメン、クライドルは美少女アイドルグループの曲を熱唱する。
「魔王様、ちょっと気持ち悪うございます。」
「クライドル様、それはないです」
自分ではうまく歌えたつもりだったが、評価は散々だった。
帰る頃には店員さん達から、残念美男美女軍団という、ありがたい名前を頂く事になった。
最初に日本人の知識をもらった際の、偏らぬようにとは一体何の事だったのだろうか。
なお、途中で「我も日本の知識がある故、踊りもできる。」そういって、シェイラと一緒に踊ったのはオタ芸だった。
完全に黒歴史である。
しかし、三人は大変満足そうにカラオケボックスを後にした。
Barでは、クライドルとシェイラはカウンターに座り、北見は少し離れたテーブル席に座った。
クライドルは一緒に飲もうと言ったが。北見からは、相変わらずクライドル様はお分かりになっていないようですね。と言われた。最近は、北見まで自分に厳しくなってきていると思うクライドルだった。
「シェイラ、今日は楽しかったな、我は来てよかったと思ったぞ」
クライドルは素直に思った言葉を口にした。
シェイラはその言葉を聞けた事が嬉しいようだった。
「魔王様にそう言っていただけて、とても嬉しいです。私もとても楽しかったです」
クライドルの目をじっと見て、カウンターの上のクライドルの手に、手を重ねるシェイラ。
だから、そういう事をすると、勘違いする不幸な男子が増えるのだ。
しかしここで拒むと、以前の様な恐ろしい目に遭うかもしれないので耐えるしかない。シェイラの機嫌を損ねてはならない。心の中でぶつぶつ呟くクライドル。
主従逆転までは、もう少しの様である。
嬉しいわけじゃないんだからね!と、何故かツンデレっぽく心の中で否定したりもする。
「魔王様?どうされなのですか。ぼんやりされて」
頭の中で色々なものと戦っていたクライドルは、シェイラに声を掛けられてビクリとする。
「な、なんでもないぞ。そういえば、ここのカクテルは素晴らしいと聞いている楽しみだな」
「はい楽しみです」
だからそんな笑顔を向けないでくれ。
そういえば、祖国にいたころシェイラはあまり感情を表に出すタイプではなかったな。
チクチクと我を痛めつけようとしたりするところは、あまり変わっていないが……
やはり日本人の知識をもらって、少し思考にも影響が出たのだろうか。
「なあシェイラ、汝はこちらに来た事をどう思っておる。我から見て、汝は日本に来てとても変わったように見える。」
シェイラは少し俯いて、沈黙する。
「あ、すまん。そうだな、祖国に帰れなくなってしまっているのだ。無神経な事を聞いてしまった」
顔を上げいつもの笑顔でシェイラは答えた。
「いえ、私は楽しいです。以前の私と少し違うかもしれませんが、以前の私と心は何も変わっておりません」
「ん?そうか、我も日本という素晴らしい国に来れて良かったと思うぞ。確かに楽しいな」
「でも、やっぱり魔王様は無神経です」
うお!また地雷を踏みぬいたのかと恐怖したクライドルだったが、そう言ったシェイラは笑顔だった。
だから、その笑顔は反則だ。
「とても、美味い酒だった。作る者によって、同じ名前のものでも、こんなに変わるのか」
クライドルは満足気だった。
「魔王様、私、少し酔っちゃったみたい」
やはり、どうもこの部下は知識に偏りがあるようだ。
「シェイラよ、常時解毒魔法が発動しているのに、何を言っているのだ」
「チッ。私は勘の良い魔王は嫌いです」
「な!なぜ責められたか分からんし、舌打ちはあんまりではないか」
その時だった。
「クライドル様の方があんまりです。本気ですか、本心でいつもそんな事言っているんですか」
突然立ち上がった、北見がカウンター側に押し入ってきた。
「クライドル様はチョット酷すぎです。何なんですか、見ているこっちがびっくりします。ダメです、駄目な陛下ですね」
かなり酔っぱらっている。護衛なのを忘れている様だ。
おかしい、最初はオレンジジュースで結構です。等と言ってたはずなのだが。
酔っぱらいがたむろする様な店ではないので、直ぐに会計とタクシーを頼む。
「クライドル様は、女の子の気持ちをどう思っているんですか、何なんですか、本当に何なんですか。
難聴系の鈍感系の勘違い系ですか。
あれですか、我の部下がこんなに可愛いわけがないとか、我の異世界ラブコメは間違っているとか、我は側近が少ないとか、そんな感じなんですか。どうなんですか!?」
「き、北見よなんだ、どうしてそんなに怒っているのだ。まあ、確かにそれだけで大ヒット小説が3本くらい書けそうではあるが……」
「そりゃ怒りますよ。シェイラさんが、シェイラさんが可哀想です」
そこまで捲し立てて、北見は眠ってしまった。
「シェイラよ、北見は一体どうしたのだ。」
シェイラはクスクス笑ってた。
「原典を読んでみてはいかがですか。何か分かるかもしれないですよ」
それ以上、シェイラは答えてくれなかった。
「因みに私の宝物庫には、全てのBLの原典が収められています」
「シェイラよ、我はその情報は聞きたくなかったぞ」
でも、シェイラは機嫌がよさそうだ。クライドルは安心して帰路についた。




