閑話 魔王一人の休日 ポロリもあるよ
勇者達のデモンストレーションの翌日。
クライドル達は自由行動になっていた。もちろん官邸から連絡が有った際、直ぐに急行できる範囲にいる事が条件だったが。
「今日は私たちは池袋に参りますが、魔王様はついてきていただけないのですか」
二人はまた、乙女ロードとやらにいくつもりらしい。
「すまんが、あそこだけは我は無理だ、他の場所なら行ってもよいが、彼の地に行くというのなら二人だけで行って来てくれ。あそこだけは我の精神防御の魔法も何故か効かぬのだ。まるで魔境のようだぞ」
「そうですか、まあ淑女の町ですので、今回に限り魔王様には無理強い致しません。では北見様と行って参ります」
すっと頭を下げるシェイラ、しかし下げた顔がにやけている。
「シェイラよ、他人の性癖にあれこれ言うのは、立ち入りすぎかもしれんが、あれにはまり過ぎるのはどうかと思うぞ」
「私はいずれ死地に向かう身、であればこそ未練を残したくないのでございます」
「そんな恐ろしい未練は早く断ち切ってほしいものだ。私はホテルに残る。それに今は岸が他の護衛をおいてくれているから、私も外にでられるからな」
すっと、にやけた顔が元に戻るシェイラ。
「魔王様」
何が言いたいか分かったクライドルは直ぐにシェイラの言葉を遮った。
「大丈夫だシェイラ。それ以上言わなくていい」
「ならよいのですが、では行って参ります」
二人はそそくさと出て行った。
「さてさて」
レンタルしたPCの前に座るクライドル。
最近のシェイラの過激な行動で、もう色々と限界に達していたのだ。
「これは致し方ない事なのだ、魔王とて一人の男なのだ」
そんな事を一人でぶつぶつ言いながら、検索画面に入力を始めるクライドル。
「う?なんだこれは。何々、この検索ワードで検索されたものは表示されません。」
壊れたのか、回線の不具合であるのか、クライドルは頭をひねったが、次の文言を見て慌て始める。
保護者の方に連絡が入りました。
「な、なんとう言う事だ」
PCの前で愕然とするクライドル。
探知魔法に突然強烈な殺意、敵意が反応する。距離はわずか5メートル。
その瞬間、クライドルの主寝室のドアが開いた。
ドアが開く音にビクリとするクライドル。
そこには表情が無いシェイラの姿が有った。
北見は何やら念仏のようなものを唱えている。
信心深い奴だと一瞬現実逃避しそうになった。
「あらあら、魔王様お一人で一体ナニをなされていらっしゃるのです」
シェイラの目が怖い。懐かしい。この目は、帝国の正規軍が攻めてきたときに見たことが有るな。
あの時のシェイラは凄かった。まさに魔王軍大元帥だった。一人で人族を滅ぼしかねない勢いだった。
今度は思い出に浸ろうとするクライドル。
ただ、思い出の内容が甚だ物騒である。
すっかり萎えてしまっているが、探知魔法にかかる殺意の反応はビンビンである。
「虫にも劣るお前、今ナニをしようとしていた」
先程から、『なに』の発音が気にはなるが、クライドルはそれどころではないと確信した。
「シェイラ話し合おう。タイプミスいや、ちょっとした出来心だ」
「ほう、タイプミスか、ではどんなタイプミスだったか、声に出して読み上げてみろ」
「シェ、シェイラさん。口調が乱れております」
「黙れ下郎!」
「ひぃっ!」
魔王とは思えない情けない声を上げるクライドル。
まずい、殺意と魔力だけで押しつぶされそうだ。
「私は何と言った、読み上げろと言ったのだ」
まずい、どうしたら良いのだ。読み上げたら許してもらえるのか。
「そもそも貴様は、何故椅子に座っている?」
瞬時に正座になるクライドル。
「シェ、シェイラよ、で、出来心だ、事情があるのだ。そもそも、何でそんなにシェイラが怒るのだ」
その言葉を言った瞬間。後ろで念仏を唱えていた北見は部屋を出てしまった。
内閣情報調査室所属、その身体能力が初めて明かされたのだった。
シェイラは、恐ろしい殺気と、冷酷な目でクライドルを見下ろしていた。
「初めてですよ……ここまで私をコケにしたおバカさんは。ぜったいに許さんぞ、虫けら!じわじわとなぶり殺しにしてくれる!」
シェイラは、何か違う宇宙人に進化を遂げてしまったようだ。
まずい、このままでは自分の命はもとより、勇者達より先にシェイラが日本を終わらせてしまう。
「シェイラよこの通りだ、助けてくれ、命だけは、命だけは。何でもする、この通りだ、許してくれ。」
かつて、これほど情けない命乞いをする魔王がいただろうかと思うほど、それはそれは酷いとりみだしようだった。
しかし、今回のシェイラの殺気は衰える事を知らない。
「何でもするし、検索したものも読み上げる」
「そうだ、早く言え虫けら」
「巨乳、エッチ、動画、無料です……」
「そうか、ではそれが、貴様のこの世で最期のセリフだ。」
少しだけ、シェイラが震えたように見えた。
そして、正座してシェイラの顔を見上げていたいたクライドルの目線は地面に落ちた。
あれ?顔の向きを変えられない。
クライドルの意識はそこで途絶えた。
ああ、ここはどこだろう。
クライドルはまだ自分の感覚、自分と周りの境界線がはっきりとしないような感じがしていた。
身体がとても気だるい。何だろうと記憶を振り返ろうとする。
記憶が…途切れている。いや、思い出してはいけない記憶だった気がする。
少しずつ、身体と身体以外の境界線がはっきりしてきた。
意識はまだうすぼんやりとしている。
何だろう、自分は死んだのか。柔らかな物の上で寝ている気がする。ここは天国なのかな。
しかし、自分が死んだ理由が記憶がはっきりとしない。
少しすると、身体が動かせるような気がした。
感触を確かめながら少し手を動かしてみる。うん。少しぎこちないが動かせる。
目を、開けてみる。
「知らない天井だな」
とても豪奢な天井だが、暗褐色のペンキをまき散らしたような模様が有る。
自分は天国に来たのかなと。一人納得するクライドル
首が少し動きそうだ、少しだけ首を動かし同時に視線も変えてみる。
そこには、シェイラの様な女性が立っていた。
実際シェイラなのだが。
「ああ、シェイラみたいな女だ、ここは地獄だったか、あれは多分地獄の番人かなにかだろう。
我は生前、比較的善行を積んできたつもりだったが、地獄の最下層に送られたのか。」
その時、クライドル曰くシェイラの様な女性がクライドルの顔に、自分の顔を近づける。
そして、耳元で囁く。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
「おかえりなさい?」
シェイラの言葉を反芻する。その瞬間、急に全ての記憶がよみがえる。
お、俺はシェイラに…
ベットの上で、ガタガタと震えるクライドル。
ゆっくりとクライドルの隣に腰かけるシェイラ。
「シェ、シェイラ。お、お、お、お、お前」
それまで穏やかな表情を浮かべていたシェイラに、冷気のようなものが漂う。
ダメだ、多分これは触れてはいけないものなのだと直感する。
「あ、ああ、すごく悪い夢を見ていたようだ。なんだろう、身体もすごくだるい」
当然である。ポロリしたのだ、直ぐに復活魔法をかけても、かなりの血液が持っていかれているはずだ。
「あらあら、魔王様それはいけません。今日はゆっくり休んでくださいな」
「そ、そうさせてもらうよ。ところでシェイラ先程は我の首を」
「え?なんですって」
難聴系魔王軍大元帥爆誕である。
「い、いやなんでもない」
その反応に満足したのか、シェイラはにこやかに、しかし悪鬼の様な表情を浮かべる。
「何でもお願いを聞いてもらう権利、今、2回分ですからね」
やはり現実ではないか。都合が良いところの回数だけ増えている。しかしクライドルは反論できなかった。
「そ、そうだったな。そうだった気がするぞ」
そう言うとやっと普段のシェイラの笑顔をしてくれた。
「約束忘れないでくださいね」
とても弾んだ声だった。
「お、おう、もちろんだ。我はもう一度眠る事にする」
「承知いたしました魔王様ゆっくりお休みください。私は北見様と少し外出いたします。
そうれはそうと、先程私を見て、地獄がどうとか仰っていたような」
「そ、それは、あれだ。仮に地獄であったとしても、シェイラさえいればどこでも天国になるという事を言いたかったのだ」
クライドルは冷や汗を吹き出しながら返答をひねり出した。
「そうですか、それは嬉しい事を言っていただけますね。それでは失礼します」
一礼して、シェイラは主寝室を後にした。
クライドルは寝る事にした。そして全てを忘れる事が、自身の幸せの様な気がした。




