閑話 待機日
「おい、こら、止めぬかシェイラ」
北朝鮮のニュースが流れてから数日、勇者達から今のところ音沙汰は無かった。
二人は連絡が有れば官邸に直ぐ行くことを条件に、自由行動となっていた。
今日はシェイラの希望でお出かけする事になっていた。シェイラはデートと言っている。
シェイラは執拗にクライドルと腕を組みたがった。
「魔王様、私、死んでしまうのですよ。これくらいお許しになって頂けないのですか」
最近はどんなに言い訳しても、このセリフが最後に飛んでくる。
こういわれるとクライドルは弱かった。
「う…分かった。汝の好きにするがよい」
クライドルの腕に、両腕をギュッと絡み付けてくるシェイラ。
うお、胸が、胸が当っている!
クライドルの心中は穏やかではなかった。
「どうしましたの、魔王様」
シェイラはニヤニヤしている。
「いや、何でもない。何でもないぞ」
本当に、シェイラは我をどうしたいのだ。こういう事をされると男は直ぐに…
いや、騙されるな、相手は悪魔シェイラだ。また何か良からぬことを考えて、ほくそ笑んでいるいるに違いない。
警戒を怠らないクライドル。鈍感系魔王は健在である。
しかしこのムニムニと当る感触が…いやいやダメだダメだ。
彼は自分自身と戦い続けている様だった。
北見はそんな二人を生暖かい目で見守っていた。
「しかし、あれだな」
必死に意識を逸らそうと周りをキョロキョロする。
目線をシェイラに向けるとシェイラの胸元が見えてしまうのだ。
「この世界の女性というのは、皆、露出が激しいな。勿論服装自体違うのだが、布が大分少ないというか。
やはり文化違……イタタタタタタタ、痛い痛い痛い。何だシェイラ折れる、折れるぞ。ま、障壁魔法を保護を突破している。まてまてまてまて」
冷たい目で、魔王を見上げるシェイラ。
それでも腕は離さず。力だけはドンドン強くなっていく。
「どうされたのですか、ゴミ虫様。私は腕を組んでいるだけでございます」
「うお!急に、何だどうしたのだ。本当に腕がおれ、いや、取れてしまう」
更に力が込められる。
「ギャー、もうだめだ、お、折れる」
「大丈夫ですよ。理由も分からないような、ゴミ虫の腕など折れてしまっても。それに、後で治せば良いだけです」
「き、北見助けてくれ。シェイラを、この悪魔を説得するのだ」
クライドルは必死に北見に懇願する。
「クライドル様、これは仕方ない事だと存じます。大人しく腕を折られて上げてください。
それか、シェイラ様に心から謝罪を」
やはり、ここに自分の味方などいない。クライドルは改めて思った。
「な、何の謝罪だ。北見教えてくれ、我は、我は一体何が悪かったのだ」
そう言った瞬間。北見は目を伏せた。もう、クライドルの腕が折れるのを確信したかのようだった。
その表情を見て、すっとクライドルから血の気が引いていく。
途中から障壁魔法と強化魔法を重ねがけしたが、全く効果がなかった。
こ、これが魔王軍大元帥の力かと恐れおののくクライドル。
「す、すまないシェイラ。あ、謝る、謝るから。助けてくれ」
少しだけシェイラの力が緩む。
ホッとするクライドル。
「いや、理由は分からないが、汝に不快な思いをさせたようだ。すまない」
北見があっ、という顔をする。
「ゴミ虫。何が悪いかもわからずに、言葉だけだったという事ですね」
シェイラがにこりと笑う。それは凄惨な悪魔の笑みだった。これなら最強の吸血鬼とも戦えるだろう。
殺される。本能的にそう感じたクライドルは、その瞬間、障壁魔法を5重重ねで掛ける。
クライドルが瞬間的に行える最硬度の障壁魔法だ。
それは、なんとも言えない音だった。ゴリッなのかメリッなのか。
北見は諦めたように目をつぶっている。
尋常ならざる痛みがクライドルをかけめぐる。
声になる前に、一気に痛みが神経を駆け巡り脳に伝わる。折れた折れた折れた。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
叫び声を上げそうになった瞬間、痛みがやんだ。シェイラが治癒魔法をかけたのだ。
「魔王様、そのな様な情けないお顔をされて、どうされたのですか」
顔は笑っているが、目が全く笑っていないシェイラ。
荒い息を上げるクライドル。
「クライドル様、今回の件は致し方ありません。今後の教訓に」
文句を言う間もなく北見から反省を促される。
文句を言いたかった。当然だ、理由も分からず腕を折られたのだ。
しかし、この場で文句を言えば、恐らく次はポロリもあり得る。
先程の痛みが、恐怖が、クライドルを支配する。まずい、これ以上シェイラを怒らせるのは。
「シェイラ、悪かった。この通りだ、そうだ、シェイラの頼みを何でも聞く。それで許してくれないか」
「いま、何でもって言いましたね」
「あっ」
これはダメなワードだ。場合によっては死よりも恐ろしい事が待ち受けている。
日本人からもらった知識が、それはいけない!と言っている。
シェイラは笑顔だ、目も笑っている。
しかしクライドルは、シェイラの目の奥に少しだけ狂気を感じた気がした。
まずい。これは否定しないと。そうクライドルは思ったがすでに遅かった。
「分かりました。今回だけは許します」
クライドルは予感した。これから大切な何かを失う予感を。
しかし、一体何を許されたのだろうか。
その後、北見にこっそりと何が悪かったのかを尋ねたが、すごい剣幕で
「シェイラ様がいらっしゃるのに、目移りなどとんでもない事です。」
逆に怒られてしまった。クライドルには意味が分からなかった。
しかし、これ以上聞くとまた危険な目に合いそうなので止めておくことにした。
女性は良く分からん事で怒るなと、溜息を吐くクライドルであった。




