激変
官邸 総理大臣執務室
翌日の北朝鮮のニュースは、昨日の核実験所でのミリスの魔法の威力についてと。
リリーが大聖魔法によりこの時期干ばつに苦しむ土地を廻り、次々と豊かで水の張り巡らせられた土地に置換していくというものだった。
第一書記も常に同行し、成功するたびに勇者一行と握手をしている姿と。地域住民がそれを囲み、感涙にむせびなく映像が流されていた。
ニュースの締めは、これにより北朝鮮は偉大なる最高指導者とその同士により更なる発展をし、我等の敵である米帝を打倒するであろうとの事だった。
いつもは笑って聞き流せるセリフだが、今日からはそうもいかなかった。
クライドルの言った通り、リリーの大聖魔法は凄まじかった。まさに神のごとき力だった。
攻撃魔法も脅威ではあるが、理論は違っても威力だけならそれ以上の兵器は数多くある。
しかし、食糧事情の一変というのは恐ろしくインパクトが大きかった。
たった5分ほどにまとめられた民放各社のニュース映像だったが、軍事、食糧。世界のパワーバランスの激変を象徴するものであった。
他国の工作機関の、人民を蜂起させてクーデターを起こすという案が以前より出ては消えを繰り返していたが、食糧事情が改善し人民の政治への不満が低下すればそれも難しいだろう。
北朝鮮のニュースが流れてからというもの、各国首脳から恐ろしい勢いで岸に連絡を繋げるよう催促が来ている。
日本国内にいた時は見て見ぬふりをしていたくせに、実に良い面の皮だ。
自分も同じかと思いながら、桐谷にホワイトハウスに繋ぐよう指示を出した。
「大統領、岸です」
「総理。カーターだ。早速本題に入りたいのだが、米国は日本に協力したいと思っている。いま日本にある勇者達の情報を提供してほしい」
何を要求してくるかはもちろん分かっていたが、先日の勇者討伐を蹴っておきながら、今更協力したいと。
しかも、持っている情報を渡せと言う。
岸は頭に血が上ってくるのを感じる。目の前の桐谷が落ち着く様ジェスチャーを送っている。
「協力ですか、それは大変ありがたいですな。しかし大統領。情報と言われましても、そちらはもう十分に把握されているのではないのですか」
「総理。そう言わないでくれ、分かっているとは思うが。これはアジア太平洋どころか、世界の安全保障にかかわる問題なのだ」
「そうですか、あの時は情報を速やかに提供したはずですが。残念ながら良いお答えは頂けなかったと記憶しております」
「総理。残りの任期を無事に終えたいとは思わないのかね」
来たか。どうせ最後はこう言ってくるのだ、コイツ等は。
「大統領。私は、もうすでに無事に終われる状況ではないですよ。それに、日本では『火中の栗』というのですが、この時期に総理になりたいものが直ぐに見つかるとよいですが」
一瞬の沈黙
「総理、私たちの負けだ。情報提供と引き換えに、勇者達の件は安全保障の適用案件だと明言する、それと為替操作に使った米国債の大量売却。国内のヘッジファンドも相当やられたが、これもやり玉にあげたりしない」
悪くない、取引としてはかなり良い条件だった。岸もまさか一度目でここまで譲歩してくれるとは思いもしなかった。
北朝鮮のニュースもたまには日本の役に立つ。
岸は国内復興と景気対策には弾みが付けられたと思い、ニヤリとしてしまった。
「分かりました大統領。ご配慮感謝いたします。しかし今回合意に関しては、非公開の大統領署名入りの文書で頂きたい」
さらに、一瞬の沈黙。恐らく同室で聞いているであろう首席補佐官たちに確認しているのだろう。
「総理、了解した。本日中にデータをくれるのなら、先に電子署名入りのデータを送る。貴国が確認後、直ぐに文書を差し入れよう」
「大統領、ご理解頂けて感謝いたします。では、直ぐに取り掛かります」
通話が切られた。今頃カーター大統領がどんな顔をしているかと考えたら、岸は少しだけスッキリした。
「私の短気もたまには役に立つだろう」
桐谷は少し硬い笑顔を浮かべた。
「平成に入ってからでは間違いなく、一番大きな譲歩を米国から引き出した総理でしょうね」
しかし、どこまで情報提供をするか。
更に米国を本気にするために、本来ならすべての情報を提供しても構わない。
しかし、クライドルは別だ。しかし彼からの情報提供の割合が多い。どうしたものかと岸は悩む。
「桐谷君。クライドル氏の影が出ないように、だが可能なだけ、現在把握している情報を提供するよう準備を」
「承知致しました総理」
桐谷は直ぐに総理執務室を後にした。




