接触
福岡県 中心部
「対象の移動無し 確認」
先刻の魔法陣からの攻撃で、化物達を一掃した後、彼らは動く気配を見せなかった。
それどころか、食事を取ったり、レジャーシートのようなものを出して寝転んだりと、リラックスムードだ。
「あれ、何してんでしょう」
監視に当たっているSATの一人が、スコープを覗きながら先輩隊員に話しかける。
「まあ、飯食って、昼寝か…数万人を吹き飛ばした後の行動としては、常軌を逸しているけどな。」
今は報道のヘリは全て引き払っており、更地にされた中心部の監視はとても容易だった。
ただ、二キロ以上離れているはずのこちらと、たまにスコープ越しに目が合う事が気味が悪かった。
隊員は恐らく偶然だろうと、自分に言い聞かせる。
監視任務前に見た彼らの戦闘は、およそ常識とかけ離れていた。
あんなものが、こちらに敵意をもってやってくれば確実に殺される。
彼らが監視している、倒壊を免れたビルに2台の車が近づいてくる。
一台は黒塗りの高級車で、もう一台は自衛隊の中型トラックだった。
ビル玄関で車を停車させ、三名が下りてきた。
一階ロビーを待機所にしていた。SAT隊員の玄関に向かいにでる。
「報告は聞いております。福岡県警 第二機動隊 SAT隊長 満島猛です」
玄関先で出迎えた満島はぎょっとした。自衛隊隊員の装備に。
「完全武装だな。良く許可降りたな」
そう、聞こえないよう呟いた。
「只今より、対象と接触いたします。外務省 総合外交政策局 安全保障政策課 安藤司です」
「西部方面普通科連隊 徳山渡 一等陸曹です」
「同じく、西部方面普通科連隊 檜山実 二等陸曹です」
「外務省の車はここに置いておきます。多分これから先には進めないでしょうから」
手短に自己紹介を終えた三人は直ぐに、自衛隊の車に乗り込む。
「頼むから、これが戦争の始まりになったりしないでくれよ」
そう言いながら、安藤たちを見送った。
「見事なまでに、瓦礫の山ですね徳山先輩」
「不謹慎な事を言うな、檜山」
「す、すいません」
「しかし、徳山さん、自衛隊の武装でこの状態にする事は可能ですか?」
「安藤さんそれ、どういう意味ですか?」
徳山は顔をしかめんがら、半径約500メートルの瓦礫ばかりとなった、元商業ビル群を見渡した。
「敵戦力の把握と、興味半分です。そんな怖い顔しないで下さいよ」
安藤は肩をすくめた。
「立場上答え辛い質問です、ご容赦願いないでしょうか」
「口外はしませんよ。徳山さんの私見で構いませんので」
徳山は安藤の目を覗き込み、もう一度周囲を見渡した。
「口外しないで下さいよ」
「勿論ですよ」
「恐らく航空、海上自衛隊が保持する対地ミサイル、実際は対艦ミサイルなどの名目になっていますが、そこら辺まで駆り出せば、というところでしょうか」
「そうですか、いやー。ファンタジーの世界ですね徳山さん、檜山さん」
今年三十七になる安藤は、これから自分が行う任務を分かった上でそれでも楽しそうな笑顔を浮かべた。
「私は、ドラゴンファンタジーや、ファイナルクエスト世代ですからね。少しワクワクしているんですよ。
映像も見ましたが、魔法使いの大魔法で一発という感じだったですよね」
徳山と檜山は一瞬顔を引きつらせた。
彼らは西部方面普通科連隊の中でも最精鋭のレンジャー小隊所属の隊員であり、心身共に鍛えられた者達だったが、安藤の笑顔は底冷えのするようなものだった。
何せ、少なくとも二万人以上がすでに亡くなっている可能性が高いのだ。
勿論、今年三十五歳となる徳山、三十二歳となる檜山もゲームもファンタジーも意味は分かっている。
むしろ、最も熱中した世代だと言ってもいい。
しかし、目の前に突き付けられた現実をゲーム感覚でとらえられるほど、狂ってはいなかった。
「そ、そうですね。まるでゲームの世界です」
徳山は言葉を合わせるだけで精一杯だった。
「見えてきましたよ」
車両を運転してくれている隊員から声がかかる。
「それでは、ご対面ですね」
安藤は相変わらず機嫌がよさそうだった。
徳山達との顔合わせの時はポーカーフェイスだと思っていたが、そうではないらしい。
逆に、最初は一番元気だった檜山が一番青ざめていた。
爆心地にいた5人は、こちらの接近に合わせてレジャーシートのようなものから立ち上がっていた。
そして、攻撃の意思はないのか、武器を手にして構えている者などもいなかった。
彼らの近くに止め、安藤、徳山、檜山の三人は車両から降りた。
そこに、五人が立っていた。
そのうち二人は、人間と断言するにはいささか違いがあった。
ローブを着ている魔方陣を使った女性は、青色の髪、青色の目、少しとがった耳をしていた。
もう一人、金髪、碧眼の軽装の弓を背にからっている女性はさらに耳が長く尖っていた。
ハーフエルフとエルフか、安藤はそう推測した。
車両を降りた三人にローブを着た女性が、聞きなれない言葉でつぶやいた後、安藤、徳山、檜山に淡い光の玉を放った。
急なことに徳山、檜山は数歩下がったが光の玉は二人を追って頭部の中に入っていた。
徳山、檜山は驚愕の表情を浮かべたが、痛みなどはなかった。
安藤は避けようともせず光の玉を受け入れた。
安藤は少しにやりとした後、耳にイヤホンのようなものを押し入れる。
会話音声の発信機だ。
黒髪、黒目の東洋人に近い顔だちの15歳位の男が話しかけてくる。
「私は聖クラリス帝国の勇者 ディル・クライドです」
日本語だった。三人とも理解した。恐らくあの光は言葉を変換する、もしくは思念で会話出来るようにする魔法なのだろうと。
本当に魔法、ファンタジーの世界だ。口には出しはしなかったが、徳山と檜山は改めて現実を受け入れざるを得なかった。
安藤は外務省職員としてのポーカーフェイスに戻っているが、相手の容貌と会話の内容で、間違いなく興奮しているんだろうと徳山は思った。
「お初にお目にかかります。私はこの国、日本国の指示により、貴方達をお迎えに上がりました外務省の安藤司です。後ろの二人は護衛の徳山と檜山といいます」
「自衛隊の徳山一曹であります」
「同じく、自衛隊の檜山二曹であります」
徳山、檜山は自衛隊式の敬礼をする。
「すいません。魔法で貴殿たちの言葉に合わせているのですが、すべてがわかる分けではないのです。安藤さんが使節団の代表、徳山さん、檜山さんは護衛の騎士という認識で良いのでしょうか」
ディル・クライドが尋ねる。
「そうですね。大筋そのように認識して頂いて、構わないと思います。詳細な説明はまた後程」
「わかりました。では、我々も自己紹介をさせていただこうと思います。その前に」
その前に、その言葉に徳山と檜山は反応してしまった。
反射的に機関拳銃に手が伸びる
「この度は、貴国に甚大な被害が及んだ事、心より哀悼の意を示します」
二人はゆっくりと、手を元の位置に戻した。
「やむを得ない状況ではあったが、多くの人命が失われた事を残念に思っています」
黒髪の勇者を名乗る男はそお言うと、右腕の拳で左胸を軽く叩いた。
どうも、自衛隊の敬礼の様だった。
他の四人も同じように左胸を拳で軽く叩いた。
本心かどうかは別ではあるが、人間を害する事は、問題がある事だと認識してくれてはいる様だった。
「こちらこそ、貴方達の懸命の戦いにより、これ以上の被害が広がる事がなかった事を感謝いたします」
安藤はそう言ったが、勿論日本としての本音ではない、今は敵対的行動をすべきではないとの判断だ。
滅茶苦茶やりやがって、というのが当然本音なのである。
尤も、安藤は本気で言ってるような気がするのは、後ろから見ている徳山、檜山の勘違いではないだろう。
「そう言っていただけると助かります」
そう言うと少しディル・グライド達は安心したような顔を見せた。
「では、改めて」
ディル・グライドがそう言うと、黒いローブの青髪。碧眼というよりも、もっとハッキリとした、青色の目を持つ少女が前に出てきた。歳は15.6と言ったとことか。
「私はミリス・ストリディア。魔法使いよ。ミリスでいいわ。今回はご愁傷さまだったけど、威力を最低限に抑えたんだから、感謝してほしいくらいよ」
ディル・グライドはやってしまったというような顔で、頭を抱える。
本田は背中に冷や汗が滴るのがはっきりと分かった。
あれで最低限に抑えた……
しかも、あまり人間を巻き込んだ事に呵責などはない様だった。
安藤は会話内容を受信している先が、内容を把握できていない事を思い、心の中でほくそ笑んだ。
「ミリスは元々奴隷で環境の悪いところに居たため、少し言葉が悪いのです。許していただけると助かる」
ディル・グライドは少し焦った様子だ。
奴隷。また嫌な単語が出てきた。
いや、安藤は楽しそうであるが、徳山、檜山は表情に出さないが陰鬱な気分になる。
余りに文化が違い過ぎる。人の命が軽く、奴隷制度まである世界の住人。しかも軍事兵器よりも厄介な存在。
徳山、安藤はそれぞれ上にどう報告するか考えていた。
檜山は、元奴隷のツンデレ娘かと、場違いな事を考えていた。彼は持病が有るらしい。
「それは凄いですねミリスさん。では、本気を出したらどれ位の威力があるのですか」
安藤は平常運転だ。恐らく、後で上から何を言われても、敵戦力の分析で押し通す予定なのだろう。
保身第一のキャリア官僚で、この任に志願した位だ。頭のネジは一つか、二つは外れているのだろう。
一方、ミリスは凄いと言われて少し機嫌が良いようだ。
「よく聞いてくれたわね、私の全力はさっきの3倍以上よ」
徳山は卒倒しそうだった。半径500メートルを瓦礫して、中心地近くはほぼ更地の魔法。
その三倍の威力を放てると言っている。これはもはや通常兵器ではありえない威力だった。
さらに、ミリスは続ける。
「でも、ディルはもっとすごいんだからね!」
少し頬を染めてディルを見る
ディルは更に頭を抱える。
お、デレた。その感想が先に出た檜山は重症であった。
「本当に許してほしい」
ディルの声は弱々しくなっている。苦労性のようだ
「いえいえ、素晴らしい戦力というのは誇りたくなるものですよ」
安藤はにこりと笑った。
本当に気持ちの悪い男だと安藤は改めて感じた。
次にフルプレートの鎧、今はマスクは外して素顔を晒している。こちらも女性だった、が前に出た。
真っ赤ショートヘア―に深紅の瞳。気の強い印象だ。歳は20過ぎくらいだろうか。
「聖クラリス帝国 騎士団長 キリア・メイズだ。この度は、貴国の望むべき結果では勿論なかっただろうが許してほしい。名前は好きなように呼んでもらって構わない」
こちらは、常識がありそうな女性だった。
「破壊神キリアと呼んであげてちょうだい」
ミリスが横から割ってきた。
「ミ、ミリス! 貴様、今後こそはその首跳ね飛ばすぞ」
常識人ではない様だった。
二人は何やら言い争いをしているのを無視して、狩人の格好をした金髪、碧眼の17.8才位の女性が前にでる。
「エ、エルフのエミリアと言います。弓兵をしています。よ、宜しくお願いします」
そいういって、エミリアは深々と頭を下げた。
女騎士にエルフですか、そうですか、そういう事ですよね。檜山はもう違う世界の住人になりかけていた。
「しかし凄いですね、弓矢で、あのドラゴンというのですか? 魔物を打ち落とすところを見ましたよ」
「あ、はい。あれはですね。特別な弓矢にエルフの魔力をですね、沢山ですね、込めて打っているんです」
エミリアはおどおどしながら話している。彼らの中で、一番緊張に弱いのだろう。
「そうですか、それは素晴らしいですね」
意外と皆素直に返答してくれるので、安藤はご機嫌そうだった。
笑顔の安藤から直視され、エミリアは「あ、はいありがとうございます」と言いながら、俯いてしまった。
「あのー。私も自己紹介良いですかー?」
間延びした声の修道服を着た女性が前に出てきた。
緑色の髪と瞳の12.3才位の女の子だ。
これはいけない。檜山は思った。どういけないかは、本人にしか分からない事である。
「私は―、プリーストのリリー・ベルです。リリーは傷を治したり、みんなを守ったりしてますー」
確かにあれほどの戦いをしていながら、誰一人ゲがらしいケガが見当たらない。
ダメージを負っても直ぐに戦線に戻れるわけか、化物かよ。徳山は全てを忘れてしまいたい気持ちだった。
「ほー。それは凄い。どんな傷でも治せるのですか?」
安藤は変わらずである。
「そーですねー。あまり破損が激しくなければ。死んだ人でも大丈夫ですよー」
安藤はとても満足そうだった。正にRPGのパーティー、そしてそのスキルの持ち主たちであると。
なんと報告すべきだろうか、徳山は天を仰いだ。