失敗の代償
「何だ今のは、安藤が、何をした」
岸も分かってはいた。演習場でクライドルが見せたものだ。しかし確認しなければならない。しかも、何故安藤が。
「魔法…です」
「クライドル、どういうことだ、安藤は日本人だぞ」
クライドルは歯噛みした。日本人の記憶を鵜呑みにしすぎた。
数万人の同胞を殺した勇者たちに、政府内の幹部の中にあんな同調者が出ることまでは想定外だった。
「これは、私も想定外だった。しかし、考慮には入れるべきだった。私たちが元の世界と同じ魔法を制限なく行使できるということは、人間も使える可能性があったのだ。
しかし、元の世界でも攻撃魔法を使える人族というものは多くはないのだ、しかもかなりの鍛錬がいる。
あれはもし、元の世界に生まれていたのならば、本当に勇者達の仲間でもおかしくない力の持ち主だ」
まずいことになった。安藤という人間の力が分からない。本当に二人がかりでも勝敗が見えなくなってきた。
「それがたまたま安藤だったのか」
「分かりません。才能があったからこそ引かれた可能性はありますが……」
「報告。安藤を含む勇者5人は飛行しながら日本海側に移動している様です」
「やはり、中国か。外事課からの報告は」
「それが、中国の動きは全くないとの事です。海自、海保からも、中国籍の船舶などもないとの報告で」
「ならなぜ、日本海側に移動を……」
「報告。対象をロスト、確認できません」
何なのだ、何が起きている。中国ではないのか、旅行と言っていた。
安藤も連れている。おそらく国内ではないだろう。
「岸、私たちはどうしたらいいだろうか」
「今のところ勇者達がどこに行ったかもわからん。日本海側を進行中だろうという事だけだ。もし、その時がきたら、すまないが頼む」
「ああ、もちろんだ。私たちの責任でもあるのだ」
クライドルは力なく答えた。
翌朝の官邸への報告と、テレビのニュースは悪夢そのものだった。
外務事務次官の失踪。
そして、テレビニュース。
『大いなる力を持つ者達が、我らが偉大な指導者と同盟関係を結びました』
字幕が流れる。
北朝鮮第一書記と握手を交わす勇者。傍には安藤の姿もあった。
最悪だ。中国ばかりに目を向けていた。外務次官も国内にはもういないだろう。
岸は頭を抱えた。
これでアジアの安全保障の均衡が一気に崩れる。
今だに兵器としての核を所持できていない北朝鮮と、核兵器並の破壊魔法を使える勇者達。
組み合わせとしては最悪としか言いようがない。
これからの日朝間、いや、世界のパワーバランスを根底から覆すものだ。
「緊急です。地震観測計の反応です。北朝鮮の地下核兵器実験場からのものです。
核兵器使用時と波形が違いますが、速報値だと30キロトン。繰返します30キロトン。また米国による衛星映像には前日までに実験準備をしていた形跡はないとの事です」
クソ、また机を叩きつける岸。一体何度目だろうか。
「とんでもないパフォーマンスだ」
岸は吐き捨てるように言った。恐らく今までの話ならミリスかディルかどちらかであろう。
30キロトン。それは、核兵器のようなではなく、まさに核兵器の威力である。
しかも良くも悪くも放射線の出ない。
世界中の新聞の一面は勇者達の話題になるだろう。
場所が場所だけに簡単に手も出せない。
事態は悪化する一方だった。
「総理、クライドル様からお電話です。」
今朝のニュースを見たクライドルからの電話だった。
クライドルが到着したのは正午前だった。
「岸よ、ニュースを見た。かなりまずい事になってしまったな」
「ああ、しかもこれはまだ非公式だが、勇者か魔法使いが使った。魔法のパフォーマンスがあった。
威力は30キロトン、広島原爆以上だ」
クライドルは額に手を当て、少し考える。
「岸よ、資料の提供をお願いしたい。以前伝えたと思うが、私の知識は軍事に関する専門のものは無い。
一般人からの記憶で何となくは分からなくもないのだが、その、30キロトンとは実際どのくらいの威力のものなのか、映像などで見せてくれないだろうか。
彼らの攻撃魔法の最大威力は大体は把握できているつもりだ、しかし、中々この世界での事象で説明する事が難しいのだ。この様な知識を、私たちに提供するのは躊躇われる事だとも分かっているが、可能な限り協力したいのだ」
岸は少しだけ考えるそぶりを見せたが、直ぐに答えた。
「分かった、直ぐに資料を準備させる」
「岸よ、それからもう一つまずい事が有るのだ」
クライドルから切り出すまずい事。
岸はスーツを整え、頭を撫でつけた。
「勇者達とその所属する国家である、聖クラリス帝国の事は、ある程度知っているであろう」
「ああ。勇者とは最も領土を奪い取り、魔族を倒したものに与えられる称号とか言っていた。その為帝国というのはかなりの拡大路線、覇権主義の国だと考えている。」
「その認識で間違いない。そして問題はそこからだ、我々の元の世界は土地がとても痩せていてな、魔力を補充し続けなければ食糧生産が追い付かないなので、他の国はあまり拡大路線を取らない、というより取れないのだ。
広げても魔力を与え続けねばならないからな、なので帝国以外は、こちらの言葉で言えば焼き畑農業をするような感じで、魔族領を狙ってくることは有った。魔力豊富な魔族領は、人族が魔力を補充しなくても2.3年は作物を育てる事ができるからな」
ああ、もう嫌な予感しかしない。クライドルはまずい事と前置きをしてくれていたが、心臓によくない。
岸は一度呼吸を整える。
「それで、帝国が拡大路線を続ける事が出来る理由が、リリーだ。岸の言うところの修道服の女だ。
奴は大聖魔法といわれる、神のごとき力を大地に対して行使できる。北朝鮮というのは、食糧事情に問題のある国なのだろう。
しかも、奴隷という名称ではないが、それに近いを扱いを受けている者達もいるという。
こちらの、政治について精通していない私だが、この組み合わせは非常に不味いと思うのだ」
ああ、不味い。とても不味い。疑似核兵器に、食糧事情が改善された北朝鮮。その後の行動が未知数すぎる。
最悪、ミニ中国の出来上がりか。直情的なトップがいる分、更に性質が悪いかもしれない。
そんな戦力を手に入れたら、タカ派の軍部もさらに勢いづくだろう。
その後、簡単に昼食を済ませ戻ってきた時に、先ほどクライドルが依頼した、30キロトンの爆発によるシミレーション映像が用意されていた。
場所は都内、新宿で爆発した場合である、
モニターを見ながら頷くクライドル。
「岸よ。爆弾というのは、威力に比べて下向きの力はないみたいだな。横と上に向かって爆風と熱をまき散らすような感じか」
「そ、そう言うものらしい」
「そうか、ならば勇者の全力は、この倍の被害が出ると思った方が良い。原爆の爆発というのは、岸達も以前見たであろうミリスの大魔法に近い被害の出方の様だ、あれは敵に囲まれた時に無差別に殺傷するための魔法で、全方位の攻撃魔法だ。今日行使したのも、ミリスが全力で放ったあの時の大魔法だろう」
「出力が倍ではなくて、被害が倍なのか。」
岸は愕然とした。古谷幕僚長に至っては顔色が無くなっている。
「どういうものかというと、更に私の知識には…。すまん、これはアニメの知識になってしまうが国民的アニメのワイバーンボールというのをご存知ですか」
「ああ、それ位は知っている。息子が好きで見ていた」
「よかった、話が早い。それに出てくる必殺技のワニワニ波、あのような攻撃ができます。別の言い方をすると指向性のレーザーと言いますか。
それを、上空から真下に放った場合。まず、並の核シェルター等は用をなさないでしょう。あ、核シェルターの強度についても不勉強ではあるので、ペンタゴンの地下何階まで行くとか、ホワイトハウスのバンカーも破壊できるとかまではちょっとわからないのですが」
岸は息子が見ていたアニメを思い出した。そういえばそんな手からビームのようなものを出していた。
「まあ、それでですね。地下100メートルくらいですかね、そこら辺まで到達すると、今度はドンっと爆発します。
一点でのエネルギーの解放ですね。なので、ミリスが行使した魔法と違って今度は地下から地上に向かって爆発する事になります。巨大クレーターみたいなのが残る事になるでしょうね。
その時の被害が、勇者の全力だと2倍という事です。因みに残念ですがミリスも使えます、出力は劣りますが」
「しゃ、射程距離は。水平に撃った場合はどれくらい威力を保って飛ぶのですか」
古谷幕僚長が青い顔で尋ねる。
尋ねたい意味が分かったため、クライドルも少し俯き、首を振って答える。
「約40キロで威力が三分の一から四分の一というところです。残念ながら、ソウルは射程範囲内という事です」
最悪から最悪へ。もう他の表現が出てこない状況だ。
事前準備もなく突然二発の小型核兵器並のエネルギーが、ソウルで弾ける可能性があるという事か。
古谷幕僚長は椅子に深く腰掛けぐったりしている。
岸は片手で頭を抱えたまま頭を振った。




