作戦決行
ホテル滞在から一週間が経った。
シェイラはあれから度を越した悪戯をすることもなくなった。
それに、機嫌もとても良さそうだった。
「シェイラよ、最近汝はとても機嫌がいいな。なにかいいことでもあったのか」
「魔王様のおかげです」
「よく分からんが、シェイラが良いのなら、良い事だ」
鈍感系魔王は変わらずだった。
寿司を食べに行ってから、何故か岸から色々な酒が送られてきていた。
ホテルの許可も取られており、好きなだけ美味しいご飯と、酒が飲めるのでクライドルもご機嫌だった。
「クライドル様、寿司屋に行った時のように、酔っぱらわれたりされないのですね」
不思議そうに北見が訪ねる。
「ああ、あれは諸事情により、酔わんとやってられない状態だったので、常時解毒の魔法を解除していたのだよ。酔っぱらいはするが、通常は危険量の酒が入ると勝手に解毒されるのだ。
大人の魔族は大抵酒好きだ。殆どの者はコントロールできるのだ」
「そうでございましたか」
「魔王様、諸事情とはなんだったのですの」
シェイラがニヤニヤしている。
「汝のせいであろうが」
シェイラのニヤニヤはとまらない。
「はて、私は着物を着て食事をしていただけですが」
プイっと顔をそむけるクライドル。
「も、もうよい」
今日も和やかな夕食だった。
官邸では、岸の盛大な舌打ちが響いた。酒ならばいけると思っていたがどうもそうではないらしい。
もう酒を送るのは止めよう。予算の無駄だ。岸は決心した。
0時を回った頃、突然、官邸より呼び出しの連絡が入った。
本日作戦決行の為、アドバイザーとして同席して欲しいとの事だった。
出来ることなどないのだが…と思いはしたものの、岸が呼んでいるのだから行っておこうと、直ぐに三人は官邸に向かった。
官邸についたのは一時を少し回ったところだった。
「よく来てくれたクライドル。電話で話した通り、本日作戦を決行する」
モニターが見える位置に席をすすめる岸。
クライドルたちは席につく。
「クライドルの助言通り、長時間型の眠剤だと気づかれなかった。
食の好みを探りながら、勇者達全員が服薬する日を待っていたが、今日の夕食で確認されたので、来てもらったという訳だ」
「そうですか、お役に立てたのなら嬉しいですよ」
モニターには、勇者達がそれぞれの部屋で眠っている映像が流れている。
「計算だと後1時間ほどで、最高血中濃度になるとの事だ、それから突入し殺害する予定だ」
「そうですか、それでしたら問題なさそうですね。私が出来る助言があるかどうか」
「そういえば、クライドル。この作戦が成功したらどうするのかね」
勿論、今日のメインは勇者たち殺害だ、しかし、クライドル達に来てもらったのは意思確認を再度したかったからだ。
「はい岸様、勇者の死亡確認後は、私と魔王様は結婚して幸せな家庭を築いていきます。結婚式にはぜひ岸様も。」
シェイラは平常運転だった。反省などしていなかったのかもしれない。
「こらこら、話をややこしくするなシェイラよ。
以前話した通り、祖国に帰るための魔法研究だな。恐らく転移魔法の応用だと思うのだが、こればっかりは色々試してみないと分からない。
以前頼んでいた人間に迷惑にならない場所の提供を頼む」
やはり、帰るつもりではあるのか……
岸は少し、疑い過ぎたかと思った。
モニターを眺めるクライドル。何か違和感を感じる。何だ。
「シェイラよ、不審な点はないか」
「私には余り……」
「何か変ですか、クライドル」
岸は不安げにクライドルを見る
「いや、分からん。おかしな所はないようだが……」
「そうですか、そろそろ作戦開始です」
今回の作戦、一つのミスも許されない。現在 MSS(中国国家安全部)の連中は外事課がべったり張り付いている。補足できなくなったものはいないと報告を受けている。
モニターに映るのは軽装甲機動車ではなく、セダンタイプの高級車だった。
形としては、治安出動の警察との合同作戦。車と車の運転は警察が受け持つようだ。
ホテル周辺は殆どカーブのない舗装された道路だった。
そのため、静寂性と速度が求められた結果だった。
車両4両が発車する。規制が引かれている為、三キロ以上距離が有ったとしても、ホテル前までは2分と言ったところか。
車両4両がホテルの前で停車し中から、15人の人影が出てくる。警察職員はそのまま待期だ。
15人は一瞬集まりやり取りをした後、直ぐにホテルに突入する。
ホテル内の廊下を映したモニターは3人ずつに分かれて、各自の部屋に近づいていく。
全ての、隊が各担当の客室の前に待期する。
「総理、最終の許可を」
岸は一呼吸置く。
その時クライドルの手が岸の前にでる。
「少しだけ待ってください。ここのカメラ映像をモニターに出せますか。急ぎお願いしたい」
「クライドを映してモニターに出せ」
岸が指示する。その間クライドルは詠唱を開始する。二種類の魔法を順次起動させた。
座っているクライドルが消え、テーブルの上に立つクライドルが現れ、モニターにもその通りに映っていた。
直ぐにテーブルの上に立つクライドルは消え、消えていたクライドルは元の椅子に座った状態になった。
「罠だ!岸!直ぐに撤退させろ。全員殺されるぞ!」
「撤退、即座に撤退、敵に気付かれている可能性あり。撤退だ」
岸の叫び声が危機管理センターに響く。
撤退を開始しようとする隊員達。しかし遅かった。
二つの画面では、何かで切り付けられたように壁も扉も切り裂いて、隊員達全員の上半身と下半身が分かれた。
もう一つの画面では、扉が爆発しその爆炎に隊員全員が巻き込まれた。
もう一つの画面では、弓矢が隊員三名の頭部を貫いている。
最後の画面では、前触れもなく三名が崩れ落ちた。
「最悪だ。」
声に出したのは、岸ではなくクライドルだった。
「最悪だ。何故だ、完全に待ち伏せされていたぞ。岸よどうなっている」
力いっぱい机を叩く岸。
「わからん。報告では睡眠薬はよく効いていたらしい」
モニターでは警察車両が撤退を始めていた。
火に包まれた隊員たちはほぼ消し炭になっていた。倒れた3人もピクリとも動かない。全滅だ。
何名か効きが薄いとか、そういう問題ですらなかった。全員で待ち伏せしていた。
「岸よ、これは事前に分かっていないと説明がつかんぞ」
クライドルが岸に尋ねた瞬間。全ての警察車両が炎上した。
「全滅だ」
岸がポツリとつぶやいた。
しかし、ここで考えるのを放棄するわけにはいかない。
防衛出動。近海に対地用にも対応できる護衛艦とミサイル艇を待機させている。
「やるしかないのか」
古谷幕僚長に改めて直ぐに発射可能か確認させる。
モニターにはベットで眠っていたはずの勇者達が消え、部屋のドアの前で、それぞれの武器を構える勇者達の姿が有った。
ただ、ミリスだけの姿がなかった。警察車両をやったのはミリスだろう。
そのモニターの一つ
リリーがカメラ目線で近づいてくる。
「みなさんー。お元気ですかー。私たちも元気ですー。折角みんなで楽しんでいたのにとても残念です~」
隠しカメラ、計画も全て筒抜けだった。
「あー。そういえば近くに艦隊さんたちがいるみたいですねー。ミサイル撃っちゃいますー?」
何だ、どうなっている。岸は頭を抱える。
「因みにですけどー。90式艦対艦誘導弾やハープーンを何発か撃ったくらいでは、私たちは殺せませんよー。それに、私たちが本気で移動したら、多分当りもしないですしねー」
その言葉にクライドルが立ち上がった
「岸、あのホテルにインターネットは繋がっているのか」
「いや、可能な限り情報を遮断するため繋がらないようにしていた」
「奴らは、ホテルを出たりしたか?」
「いや、何度か近くの水族館に行かせたが、政府職員と以外接触していないはずだ」
「ではあのホテルに内通者がいる。作戦が露見していたのは勿論だが、人族は記憶を覗く魔術は使えない。その状態で今の知識の保持はあり得ない」
「なっ」
岸も当然内通者の存在以外考えてはいなかったが、本作戦はそもそも現場スタッフも知らないはず。
艦隊の移動、使用予定だった兵器まで。
「クライドル、ミサイル攻撃についてはどうだ。現在打てるよう準備だけは完了している。彼らの言った。艦対艦ミサイル40発だ」
「岸よ、残念ながら無理だ。ミサイルを防ぐには通常の障壁魔法では無理だが、奴らはすでに発射される可能性を理解している。恐らく先程ミサイルの話をした段階で障壁の大魔法の詠唱を開始している。
それに、直ぐに移動を開始する可能性もある。岸も、私の移動の速さは知っているだろう。
すまない。最初からミサイルで殲滅するよう私が岸に説得していれば」
「いや、それはいい。以前クライドルが言った通り、最初から国内でのミサイル攻撃というのは、日本では無理があったのだ」
モニターの前のリリーが続ける。
「あ、魔王さーん。魔王さんもこの映像見てますかー。やっぱり魔王さんもこっちにきてたんですねー。
やっぱり魔王さんは、こっちの人族とも仲良しさんなんですかー?今日のも魔王さんの考えた作戦って聞いてますよー。やっぱり魔王さんは聖クラリス帝国の、勇者の敵ですねー」
岸も、クライドルも凍り付いた。現地スタッフだけではない。官邸にも内通者がいる。
公安にもっと探らせるべきだった。時間がもっとあれば。
もう一度机にこぶしを叩きつける岸。
やらねばならないか…
クライドルは肚を括った。
「すまない、岸、私は一つだけ嘘をついていた。シェイラ良いか」
クライドルの目を見て直ぐに理解するシェイラ。
「はい。魔王陛下の御心のままに」
シェイラがクライドルの前に跪く。
岸はぎょっとした。嘘をついているとの台詞にもだが、シェイラのこのような表情も見たことがなかった。
「クライドル、う、嘘とは何だ」
「岸、以前、私達だけでは勇者達を全員は倒せないと言っていたが、あれは嘘だ」
岸は息を飲む。
「倒せなくはないのだ、すまない。ただ、恐らくシェイラが死ぬことになる」
クライドルはこの作戦失敗を後悔した。また無辜の民を、戦士ではあったが、死地に追いやってしまった。
最初から自分たちで討伐すればよかった。
「すまない岸、シェイラを失う事が恐ろしかった、嫌だった。人間に大いなる厄災を振りまいてしまったが、それでもシェイラを失いたくなかった。その結果がこれだ。本当にすまない」
「そ、そうか……」
それ以上岸は言えなかった。ならば行ってこいと。
彼らの生活を見ていて、直ぐにその言葉を言うのにためらわれた。
異常な存在ではあるが、ただの仲睦まじい人間二人の様でもあったのだ。
変に、彼らの会話を盗聴し過ぎたか。ふと岸は思った。
「岸よ、我々が勇者達を倒そう。もはや猶予はあるまい。シェイラもこの通り覚悟してくれている」
「岸様、我々のせいでまた多大な損失を貴国に与えてしましました。最後の贖罪のため、参ります」
その時、音声が流れる。
ホテルのエントランスに、勇者達全員が集まっていた。
「岸総理やってくれたわね。まあ、情報通り何だけど。今頃、優しい魔王様が、俺が戦う!なんていきまいてるところかしら」
ミリスが全てお見通しだと言わんばかりの、自信たっぷりの表情がモニターに映っている。
「まあ、私たちも帝国に戻れるかわからない状態で、魔王とあんまり戦いたくないのよね。
だから、私たちの新しい仲間と旅行に行くことにしたの」
一人の男が、モニターに映る。
外務省 総合外交政策局 安全保障政策課 安藤司
「いやいや。根回しは大事ですね。総理。情報管理の不備は、国家を根底から揺るがすことになりますよ。今みたいにね」
安藤は笑った。狂気の笑みだ。
「では総理、私たちは一旦失礼します。まあ、多分またお会いする事もあるでしょうが。」
そういって、安藤は隠しカメラに手をかざした。
安藤の手に炎が渦巻き、その瞬間、モニターの一画面が消えた。




