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閑話 修羅場

 もう昼過ぎだというのに、クライドルは悪夢から覚める事が出来なかった。

幾ら二度寝、三度寝と事を繰り返しても、隣に裸のシェイラがいる事に変わりはなかった。

「ルート分岐を間違えたようだ」

 そう言って、その度に眠るクライドル。

しかも起きる度に、とても幸せそうな笑顔でクライドルの寝顔を見つめているシェイラと目が合う。

「ループ物の脱出とは、ここまで難しいものなのか」

 昼も13時を過ぎたころ、また笑顔のシェイラと目が合い、再び眠ろうとするクライドル。

流石にシェイラももう寝かしてはくれない様だった。

「魔王様、もうお昼の1時です。起きてください。ループなどしておりません。

ただ、分岐に関しては、トゥルーエンディングであるシェイラエンドのルートに入っております。因みに、分岐前には戻れません。

それに、私お腹がすきましたわ。魔王様をまっておりましたのよ、この子がパパと一緒にご飯を食べたいって」

 そう言って、愛おしそうにお腹を撫でるシェイラ。

「魔王様、いえ、アナタも撫でてあげてください」

 そしてまた、クライドルは深い眠りについた。


 それから一時間後、シェイラ、北見と共に、遅めの食事を取る。

「なあシェイラよ、もう一度確認なのだが、我は何もしていないのだよな」

「魔王様、『何』が何か、はっきり言っていただかないと私分かりません」

 シェイラはお腹を撫でる。

「酷いパパですねー」

 先程から繰り返されるこの会話、その度に血糖値は適度に上がってきているはずなのに、顔色は悪くなっていくクライドル。

「差し出がましいようですが、やはり殿方は、奥様を大切になさる方が宜しいのでは」

 気付いてはいたが、この場にクライドルの味方などいなかった。

北見も口調が丁寧なだけで、言いたいことを言っているだけな様だ。

「まあまあ、北見様。奥様だなんて嬉しい事を言っていただけるのですね。

でも、私は所詮、愛人以下の存在。でも私は良くてもお腹の子が不憫で…」

 目を潤ませるシェイラ。

本当に泣きそうなのはクライドルである。

「シェイラ様、何という事でしょう。私は責任の取れない殿方など、早々に見切りをつけるべきだと思います」

 え、見切りつけられるの?狼狽えるクライドル

「北見様ありがとうございます。でも、私など所詮奴隷も同様の存在。魔王様の所有物に過ぎないのです」

 はっと口を押える北見。

「ひどい、あんまりです。シェイラ様が御可哀想です。慰み物にした上に、お子様の存在を認知しようとすらされないなんて」

 北見の瞳から涙があふれ落ちる。


 その時、クライドルは立ち上がった。対面に座っていたシェイラの隣まで移動する。

「魔王様、如何されましたの?」

 不思議そうにクライドルを見上げるシェイラ。北見の瞳からは止めどもなく涙があふれている。

 クライドルは流れる様な動きでその場に正座をし、床に額をつけ、その両脇に両手をついた。見事な土下座である。

クライドルは観念した。もう仕方ない。大切な部下であった。関係は変わったしまったが、これからは妻として大切にしようと。

「シェイラよ、疑ってすまなかった。これからは汝も子も、我が愛し守る」

「ま、魔王様、お顔を上げてください」

 そこには、北見以上に涙を流すシェイラ。しかしとても美しい笑顔を浮かべていた。

この笑顔を守れるのならば良いのかもしれん。クライドルは心から思った。

 北見はおめでとう、おめでとう、と何度もシェイラと握手をしたり抱擁したりしていた。

クライドルも立ち上がり、シェイラを抱擁する。

「今まで、すまなかったシェイラ」

シェイラの涙は止まらない。

「本当に本当に、心からお慕い申し上げております。魔王様」

「クライドルでよい」

 更に、シェイラを強く抱擁する。


「はい、北見です。はい、代わります」

 携帯をクライドルに渡す北見。

「この様な時に申し訳ございません。クライドル様。実は朝から数回、総理から電話がかかってきており、就寝中の為お断りしていたのです」

「お、そうか。代わろう。シェイラ、少しだけ待ってくれ」

 優しくシェイラに笑顔を向けるクライドル。

「クライドルだ、すまない。何度も電話をもらっていたらしいな」

「こちらこそすまないな。昨日の件で、警備体制を少し見直しさせてほしいと考えている。

探知魔法が有るので、居心地が悪いかもしれないが、出来るだけ君達の視界には入らない様にはするので、許可してほしい」

「ふむ。私は必要ないのですが、岸がそういうのなら構いませんよ。ただ、あまり警戒心が強い方が増えた場合、敵の区別がしにくくなるので、配置人数だけは確実に教えてもらいたい」

「そうか、許可してくれてありがとう、配置人数の件は、北見が把握しておくよう連絡するようにするよ」

「岸よ、それなら問題ない」

「あ、それからクライドル、昨日は楽しかったかな」

 岸の微妙な言い回し。クライドルはじっとりとした汗が出てきた。

あれだけ否定しきたのに、今更こんなことになってしまった。

北見が報告でもしたのだろうか。

「ああ、岸よ。そうだな」

「寿司屋での日本酒を気に入ってくれたそうだな。店の酒ほぼすべてなくなったと聞いている。

でも、酒には解毒魔法とやらは効かないのかね。寿司屋を出るころにはほとんど意識もなく、ベットに入った君は身動きもしないから、北見は急性アルコール中毒で死んだのではないかと大変心配していたよ」

 うん?おかしい。シェイラをじろりと見る。

すっと目線をそらすシェイラ。

「飲み過ぎは気を付けてくれよクライドル。シェイラさんにも迷惑をかけていたみたいだぞ、君を介抱する為にと、一緒の部屋で寝てくれたんだそうだ。

まあ、物音ひとつ立たないから、やっぱり死んだのではないかと北見が心配していたよ」

 そうか、そういうことか。シェイラの懲りない性格を完全に失念していた。

自分の学習能力のなさは棚に上げて、クライドルは怒りで肩を震わせた。

「ああ楽しい夜だった。それから岸。私は貴方に大きな借りを作ってしまったようだ。この借りはたっぷり、利子をつけて、桐箱に詰めて丁重に返させてもらうよ」

 更にシェイラを睨みつけるクライドル。赤い瞳が光る、まるで炎が燃え盛っている様だ。

「楽しんでくれたのならよかった。それでは失礼するよ」

 岸との通話が切れた。


 また騙された。クライドルの怒りはそれは大変なものだった。

何度も、何度も我を罠に嵌めるとは、もはや許すまじシェイラ。

奴は我が苦しみもがく姿を見て嘲笑っていたのだ。奴は悪魔だ。

そう思い込んでいるクライドルは、今回は容赦せぬと心に決めた。


 シェイラは「お腹もいっぱいになりわしたわね。」等とわざとらしく言いながら、席を立とうとする。

「おいシェイラ、汝に話が有る」

 ビクッとなり、笑顔が引きつるシェイラ、珍しく冷や汗を垂らしている。

かなり不穏な空気を感じるらしく、流石に北見も口出ししてこない。

「なんでしょうか、ア・ナ・タ。もしかして、二人の愛の結晶の名前の事でしょうか」

 笑顔で答えるが、シェイラの額には大玉の汗で一杯だった。

自分に隠遁の魔法がかけられたのが分かった瞬間。

「強化魔法、拘束魔法4重発動」

 声を出す間もなくミノムシのように縛られるシェイラ。

「あ、あんまりでございます魔王様」

「シェイラよ、今回という今回は我はもう赦さん。我の心を弄ぶとは、もはや貴様を部下だと思わぬ」

 シェイラは黙ったまま何も言わなかった。

今自分にかかっている魔法は、魔王以外では手が付けられない、巨大な力を持った大犯罪者にかける拘束魔法だった。

「北見よ、一度部屋に戻って外出する。ついてまいれ」

「はい。クライドル様」

 シェイラを担いで自室に戻った。



「これで良かったのだろうか。」

 岸は溜息を吐いた。

勿論、夜中も昼の会話も、官邸には音声は流れてきていた。

 同じ男として岸はクライドルをあまりにも不憫に思った。

もちろん、異界から共にきた唯一の仲間であり、異性であるシェイラとくっついてもらったほうが、問題が少ないのだろうが。

 しかし今回は、クライドルの立場になって考えると、余りにも恐ろしい話である。武士の情けである。

いや、初めての男の友情だったのかもしれない。

「シェイラさん、貴方には悪いが、今回ばかりは男のクライドルの肩を持たせてもらうよ」




「顔色が優れないようですが、大丈夫ですか」

 カフェで北見とコーヒーを飲んでいて、声を掛けられる。

「北見よ大丈夫だ。邪魔ものがいなくなったので、寧ろ気分は良い」

「そ、そうですか」


 昼食を終えて二人はホテル周辺の散歩をしていた。


 ミノムシ状態のシェイラをベットに放り出すと。

「一体、何の罰を受ければよいのでしょう」

 少し不安そうに言ってくるシェイラだったが

「罰などない、汝はそのままだ。先程もう部下ではないと言ったであろう、叱る言葉もない。行くぞ北見」

 シェイラの泣き声だけが響く部屋から二人は出て行った。


 その後、岸からもらったお金を手に、家電量販店や本屋など行ってみたいところを回ったが、クライドルは楽しめなかった。


 何だか疲れたのもあったので、カフェに入ったのだった。

「シェイラ様がいないと寂しいですね」

 クライドルは答えなかった。

馬鹿にされたと思っていても、シェイラのとても嬉しそうな笑顔が頭から離れない。

騙されてると分かっていても、男とは単純なものだな。そう思ってため息をつくクライドル。

 北見は何も言わないが、心配そうにクライドルを見ていた。

「シェイラ…泣いていたな」

 つい声に出してしまった。

「そ、そうですよクライドル様。シェイラ様も反省していらっしゃいますよ」

 クライドルの頭の中では笑顔のシェイラと、部屋を出ていく前の鳴き声がぐるぐる回っていた。

「やはり我はシェイラに甘いかな」

「クライドル様、では」

「し、しかし、やはりもう少し反省させないといけない。近くのネカフェに案内しろ。我は仮眠をとる」


 外出から5時間後、部屋に戻るクライドルたち。いまだにグスグスというシェイラの鳴き声が聞こえる。

主寝室に入り、シェイラの顔を覗く。そこには泣きはらして、目も真っ赤に腫れ、グチャグチャなったシェイラの顔が有った。

クライドルを見てもグスグス言うだけのシェイラ。

 やり過ぎてしまった。いくら怒りに我を忘れたからと言ってもやり過ぎたと反省するクライドル。

「シェイラよ、反省したか」

 それでも、グスグスと泣くシェイラ、もはや完全に悪人である。

「今から、戒めを解いてやる」

 シェイラに巻き付けられていた魔力の縄が消滅する。

変わらず泣き続けるシェイラ。クライドルは慰めの言葉を掛けようと横に腰かける。

シェイラが急に抱き着いてくる。

「お、おい。反省しておらんのか」

 シェイラはさらに強くクライドルに抱き着く。

「わ、私は魔王様と一緒に居たいです」

 泣きながらだが、やっと声を出すシェイラ

「分かった、分かった。これまで通り頼むぞシェイラ」

 クライドルがそういうとシェイラは顔を上げてクライドルを見た。

顔は腫れて、ひどい有様だったが、飛び切りの笑顔だった。

 くそ、何だこいつはずるいな。そう思いながら、つい頭を撫でてしまった。

ポロポロと涙を流すシェイラ。驚くクライドル。

「あ、すまない。いきなり頭を撫でるなど、女性に対して失礼な事であったな」

「いえ、嬉しいのでございます」

「こら、また我の心を乱そうとするな」

 うん?今自分で何と言った?クライドルは自分から出た言葉に驚いた。

「魔王様、今回の事は反省しています。でも、魔王様が愛してくださると言った時は、私は頭がおかしくなってしまいそうなほど嬉しかったのですよ」

 そういってまた笑顔を向けるシェイラ、その笑顔があまりに美しすぎて視線が離せなくなってしまうクライドル。

 クソっ。何と言う破壊力だ。そして、自分の顔が熱くなっているのを自覚する。

慌てて、抱き着いているシェイラを離す。

「わ、我をからかうなシェイラよ。今回の事は許す。今後も側近として励むように」

「分かりました。魔王様」


 突然拍手が鳴り響く。北見であった。

北見は泣きながら拍手を続けている。

扉を閉めるのを忘れていた。魔王は更に顔が赤くなった。


 夕食時、治癒魔法で目の腫れも引いたシェイラは、とても機嫌がよさそうだった。 


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