閑話 魔王の自由行動
「どちらに行かれるのですか、魔王様」
部屋を出ようとした瞬間、シェイラに声を掛けられるクライドル。
「あ、いや、コンビニだコンビニ。気にすることは無いぞシェイラ、汝はゆっくり休め」
シェイラから、ジトッとした目で見つめられ、汗が噴き出るクライドル。
「では、私もコンビニに参ります。宜しいですよね魔王様」
「いや、いや、シェイラよ、我はゆっくり立ち読みしたい雑誌が有ったりしてだな」
「魔王たるもの、立ち読みなど恥ずかしい真似をなさらないでください。腐りきってしまっても魔族の王なのですよ」
「シェイラよ、腐り切ってとはあんまりであろう。汝は我の事を一体どう思っておるのだ」
「心よりお慕い申しております。このクソ虫というところです」
うん。もう意味が分からなくなってきた。
どうにかこいつをスルーせねばと頭を悩ますクライドル。
彼には可及的速やかに対処すべき問題があるのだ。
「分かった。立ち読みは止めよう。やはり、書籍の売り上げには貢献しないとな」
「では、コンビニに参りましょう」
「まて、まてシェイラよ。汝はコンビニに用はないであろう」
「私はファッション雑誌のチェックという仕事がございます」
「汝はついさっき立ち読み反対だと言っていたではないか」
「魔王様は、魔王様です。私はしがない一魔族ゆえ、問題ないのでございます」
「汝は魔族領実質序列三位だったはずだが」
「しかし、王族ではございませんので」
何故だ、今日のシェイラは恐ろしくしつこい。こいつ、一体何を知っている。
「なあシェイラよ、どうしてそんなに我についてい来ようとするのだ。
何だシェイラ、もしかして、本当に我の事を好きになってしまったのか」
意外とこっちから言うと気恥ずかしい筈だ。少しからかうように言ってみる。
こう言えば、恐らくごみを見るような目で、毒の一つでも吐いて切り上げてくれるだろう。
クライドルは今この瞬間、ごみを見る目で見られたとしても、目的を知られる事無く外出する必要が有った。
「アッ」
急にもじもじするシェイラ、顔は真っ赤になり、目を伏せる。
え、なにこれ。クライドルは焦り始める。これは予想外だった。攻められたら冷めるタイプのはずだったが
「シェイラよ。もう朝のような冗談は通じぬぞ」
「魔王様あんまりです」
そう言って、クライドルのもとに駆け寄り抱き着くシェイラ。上目遣いのグレーの瞳と、紅潮した顔にクライドルも息を飲む。
「お、おいシェイラ、何をするのだ。冗談はよすのだ」
シェイラの手がクライドルの身体をなぞっていく。
これはまずい、理性が!
クライドルもついにシェイラを抱きしめようと腕を回そうとした瞬間。
「魔王様あんまりです」
もう一度同じセリフを言うシェイラ。そしてクライドルの目の前に、きれいに畳まれたコピー用紙が…
クライドルの心臓の鼓動が急激に早くなる。溢れ出す冷や汗。まずい、まずい、まずい。それを開かれたら我は死ぬ!
「まて!」
言い終わる前には、開き終わったコピー用紙が目の前に突き付けられていた。
それは…チョットHなお店の割引券だった。
「魔王様あんまりです」
三度目だが、先ほどと違って、ごみを見るような目になっている。
クライドルも男だった、限界だったのだ。朝のシェイラの姿が目に焼き付いてしまっていたのだ。
「シェイラ、これは違うのだ、誤解だ、勘違いだ」
「そうですか、このゴミ虫様。シェイラというものが有りながら、この割引券をどう言い訳するおつもりで」
「いや、シェイラというものが有りながら、というのは意味が分からんが、この割引券はあれだ、何だ、勝手に入っていたのだ。我は無実だ」
「そうですか」
そういって、パソコンの前に歩いていくシェイラ、クライドルの心臓はもう不整脈を起こしかけていた。顔面は蒼白、汗はとめどもなく流れていた。
パソコンの履歴画面と一回のコピー機のアクセス記録を開いて見せるシェイラ。
「では、ゴミ虫。説明を」
声が出ない、クライドル。
しかし、シェイラの手は緩まない。
「魔王様は、そもそも大切な事を一つお忘れですよ」
「な、なんだ」
絞り出すように声を出す。もはや呼吸困難一歩手前でもあった。
「我々が外出する際は、北見様が同伴でならないと、決められているではないですか。北見様!」
「はい」
ツインのベットルームにいた北見が入ってくる。
「カハッ」
完全に呼吸困難であった。
「何でございましょうシェイラ様」
「シェイラ頼む、待ってくれ、要求は何だ」
クライドルの悲鳴が空しく響く。
「魔王様が外出です。こちらへご案内を」
そう言って割引券を渡すシェイラ。
北見の顔がみるみる赤くなる。
「しょ、承知いたしました。クライドル様。ご案内させて頂きます」
終わった……。クライドルは膝から崩れ落ちた。
因みに、外出を断念した二時間後には官邸から電話があり、厚労省の職員を名乗る者から、長々と説明を受けた。
要約すると、生物学的に全く解明されていない魔族と、人間間でそういう行為は一切遠慮頂きたいとの事だった。
さらにその後、岸に電話を代わられ。
「私も男のなので、貴君の気持ちも分からないのではない。私も若いころはまあ色々あったものだ。
だが、その、美しいシェイラさんがいるのだから、大事にしたらどうだろうか」というありがたいお言葉お頂いた。
これで、クライドルの外出計画は政府の知るところとなってしまった。
異世界から来た魔王が、社会的に死んだ瞬間であった。