特殊作戦群
習志野駐屯地 習志野演習場 屋内射撃場
「魔王陛下、本日はお越し頂き光栄です。中央即応集団 特殊作戦群 群長 東洋平一等陸佐であります。後ろにおりますのが、本作戦に従事する隊員であります」
一人の隊員が前に出る。
「魔王陛下、自分が今回の現場指揮を務めさせていただきます。同じく特殊作戦群 秋山修吾 一等陸尉であります。」
一斉に敬礼を受けるクライドル。
うん。うん。凄い殺気だ。そう思いながら返礼する。
しかも、クライドルに対する殺気だ。
「皆さんは、既に勇者達の打倒について必要な情報を、官邸経由で得ていると思います。
今回は、彼らが目を覚ましてしまった場合何が起きるか、それと武器の選定についての協力をするよう岸総理から依頼を受けています。
細かい作戦については、私は人間の戦争のプロではないので、皆様に譲ることになると思います」
クライドルがそう言い終わると、手筈通り隊員たちが主要装備の小銃などの準備を開始した。
「先ずは、常時起動型の魔法障壁についての実演です」
多分これなら、大丈夫だろうとクライドルは9mm拳銃を選ぶ。
「では、この拳銃で私を撃ってください。シェイラ、怪我したら頼むぞ」
「はい、骨は拾わせて頂きます」
「それ、俺、死んでるからな」
すっと、東陸佐が前に出て拳銃を手に取る。
「どこを狙っても宜しいのですか」
「勿論ですよ」
銃声が9発立て続けに鳴り響く。
おお、躊躇なく全弾撃ち尽くすか、しかも完全に殺しにかかっている。人間にもすごい胆力の持ち主がいるものだと思う。
平和的民族だとの知識だったが、訓練とはすごい。クライドルは素直にそう思った。
銃弾はクライドルの眉間、口、喉、腹部、両目に1発ずつ。心臓に3発撃ち込まれた。
その全てが、クライドルの直前で停止して…落ちた。
「これが、常時起動型の障壁魔法です。もし相手が起きてしまったら、この程度の銃弾は効きません。更にいうと、これを発動したまま反撃が可能です」
クライドルは200m先の的に指をさし、詠唱を行い火の玉を放つ。
一瞬で的に当たり爆発する。両隣の的までバラバラになっていた。
詠唱開始から、着弾まで2から3秒と言ったところだろうか。
「この様に、目を覚まされてしまうと、非常にまずい事になります。
今はかなり抑えたのですが、本気で抵抗を開始した彼らは、この程度で抑えてくれることはないでしょう。
さらに、魔法の詠唱と言っても、この程度の魔法の場合、殆どスキは出来ないと思ってください。
そして、恐らく勇者と騎士は最初に魔法で剣を出現させるでしょう。もちろん、ただの剣ではありません、ライフルなどで受け止めようなどとは絶対に考えないでください」
手に小さなナイフを出現させるクライドル。
「東陸佐その空の拳銃お借りしても?」
拳銃を受け取り、ナイフを当てる。豆腐を切る様にグリップの根元から切断した。
隊員たちは殆ど表情を変えることなく見守っていた。
いやいや。少し驚かす目的もあったのだがと、クライドルは心の中で少し苦笑した。
「お怪我はありませんか」
良く分からないタイミングでシェイラが訪ねてくる。
「シェイラよ、お前の間が良く分からんぞ。貫通してたら既に死んでるからな」
取り敢えず喋ってみたかったらしい。
「では次に、彼らが目を覚ましてしまった場合、如何にダメージを与えにくくなるかについての実演です」
「おいシェイラ、行くぞ」
「はい魔王様、魔王様の陰に隠れております」
シェイラは平常運転である。
魔王は先程まで射撃の的が有ったところまで歩き、隊員の方へ振り替える。
「では、本日ご用意していただいた武器、どれを使っていただいても構いません。私たちをどんどん撃ってください。あ、因みに勇者達一人につき何人で襲撃される予定ですか」
「3名であります」
秋山が答える。
「では、私たちはいま二人おりますので、6人で一気に撃ってください」
余裕で言ってみたものの、少し不安はあった。特殊作戦群については、昨日インターネットで調べていた。多分、今回の作戦には彼らが出てくるであろうと予想はしていた。
しかし、武器については殆ど情報がなかった。当然ではあったが。
ちょっと本気出すか。クライドルは詠唱を開始する。
隊員たちが次々にアサルトライフル、軽機関銃、対人、対物狙撃銃を手にし整列する。
「撃ち方はじめ!」
秋山の号令で一斉に発砲が始まった。
おいおい。容赦なさすぎだろう。彼らは、充填されている分は全て撃ち尽くすつもりのようだ。
しかも、室内で撃ったらダメそうなやつも飛んできてるぞ。クライドルは少しぎょっとした。
一分もかからず。全弾が撃ち尽くされた。
二人で、隊員たちの元に戻る。そしてくるりと回って見せた。
「このように、防御に専念されると、殆どの携行できる兵器では傷一つつける事は出来ません。
そして、最も気を付けて欲しい事は、彼らを二人以上で固まらせない事です。
先程の障壁魔法は私一人のものです。シェイラを連れていたのは、フリーのシェイラはあの状態で反撃が出来るという事です。絶対二人以上組ませてはダメです。
そうでなければ、後退しながら発砲をつづける事で、相手を防御に専念させて、生存確率を上げる事が出来ます。
因みに、私たち魔族は二つ以上の魔法を同時に行使する事ができます」
そういって、クライドルはニコリと笑う。
その様子を室内カメラからの映像を通して官邸で見ていた岸は、机を叩いた。
今までの話では、彼らに弱点は無いという事ではないか。
作戦内容は既に概ね決定していたため、あわよくばと思っていたが、傷一つつけられ無いとは。
途絶える事のない障壁魔法、常時解毒、詠唱による強化された障壁魔法と攻撃魔法の同時併用。
しかも、ちょくちょく釘を刺すように言ってくる。
岸は歯噛みした。
勇者達を倒したとしても、これでは全く油断できん。
しかも彼らは都内在住である。打つ手がまずない。
実際は、ちょっと威厳を見せるべく、クライドルは自己アピールしたかっただけなのだが……
官邸内の緊張は高まるばかりであった。
「知識にはあったが、この世界の武器は凄いですね。特に対物ライフルというのですか、あれは凄かった。
魔力の弱い魔族なら、バラバラになっていたかもしれないですね。
それに、人間も訓練であれだけ殺気が出るようになるのですね。一般人から得た知識だと分からないものです。
しかも、私を撃つのに誰も躊躇することなかった」
官邸に戻ってきたクライドルは、岸を見るなり開口一番そう言った。
単純な褒め言葉ではあったのだが、岸はびくりとした。
通常、対物ライフルを室内狙撃場で使ったりしない。暗殺しようとしたのがばれたかと警戒した。
「岸、そんなに警戒しないでくれ、確かに魔法一つで全部防いだのだから、気味が悪いと感じるのはよく分かる。ただ、あれは、室内で使うには不向きであろう」
牽制なのか、ただの武器への感想なのか、とらえ所がない言い方だ。
「そうか、室内には不向きか。幕僚長にも伝えておくよ」
「そうしてくれ。とても鍛えられた戦士たちの様だ、死んでしまっては日本国の大きな損失だろう」
クソっ。どういう意味で言っている。一層疑心暗鬼になる岸であった。
「ありがとうクライドル。忠告有難く受け取らせて頂くよ」
「それと、私は明日から何をしたらいいのかな。協力させてくれとは言ったが、他に中々思い当たらなくてね」
作戦は概ね決まっている、決行日時等は万が一の可能性を考慮して、知られない方が良いだろうと岸は考えていた。
「今のところは大丈夫だ、明日からはしばらく、ホテルでゆっくりしていてくれ。聞きたいことができたら、北見を通して連絡させてもらうよ」
「良いのか岸よ。あんなホテルに何もしないのに泊まらせてもらって」
クライドルの真っ赤な瞳がさらに輝きを増している。
多分本当に喜んでいるのだろうと、岸は解釈した。
「では、明日からはシェイラと魔王さまのラブラブホテルライフという事ですね」
先刻の現場に鉢合わせた岸は目をそらす。北見はまた顔を赤くする。
「シェイラ、頼むからもうこれ以上、皆を誤解させる発言は止めてくれ」
明日からの予定を考え胸躍っていたクライドルのテンションは急降下で、がっくりと肩をとす。
「ま、まあ、ホテル内での事については我々も感知しないので、その、楽しんでくれ」
そう言う岸は目をそらしたままである。
「私も、必要な時は外で待機しておりますので、その、ごゆっくりと」
北見の顔はさらに赤くなっている。
「まあまあ、岸様、北見様。私と魔王様にご配慮いただきありがとうございます」
もう、誰にもクライドルの声は届かなかった。
白目を剥いたクライドルを乗せて、北見の運転するハイヤーはホテルへと向かった。