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レクチャー2

「クライドル様、シェイラ様、もうすぐ官邸です」


 今日からハイヤーの運転手も北見がすることになっている様だった。

たまにミラー越しに目が合うが、直ぐに視線をそらされる。

多分嫌われてしまったのだろうと、クライドルは深い溜息を吐く。

 必死の説得の結果、北見の秘書辞任は回避できた。

しかし、後遺症は大きかった。

 シェイラをねめつけるが、何とも思っていない様だった。

「また、いつでもお相手致しますね。へ・い・か」

 シェイラが耳元で囁く。鳥肌ものであった。

 耳元で囁くシェイラと自分の姿をミラー越しに見て、またサッと目線を外す北見。顔が赤くなっている。

クライドルはさらに深い溜息を吐いた。


 北見の辞任回避の説得が何とか済んだ後。

クライドルは魔王陛下と言う呼称を止めてもらうよう頼んだ。

「魔王様は魔族の王。陛下とお呼びするのは当然かと」

 北見からそう言われたし、美しい北見から陛下と言われるのは満更ではなかったが、どうもむず痒いものがあった。

何より、それを面白がる者が約一名いるため、魔王陛下の呼称を固辞したのであった。


「本日の予定を再度確認させて頂きます。

午前中は官邸で先日の対勇者戦の作戦会議の続き、その後、総理公邸で、ささやかではございますが昼食会となっております。

その後ヘリでの習志野駐屯地、習志野演習場に移動、実行部隊の者と顔合わせをお願いする予定です」

 本来あまり派手な動きは避けたいところではあったが、実弾を使った演習、武器の威力の確認などは、一日でも早く済ませたいという政府側の事情が有った。

ギリギリでの装備変更は可能な限り避けなければならないからだ。


 総理公邸での食事、それをクライドルは大変楽しみにしていた。

日本のトップがする食事とは一体どんなものなのだろうか。

昨日のホテルでの料理がとても気に入ったため、妄想は膨らむばかりである。

総理大臣の料理人とかいるんだろうか。クライドルの頭の中は食事の事で一杯であった。


 官邸西通用口から入り、玄関の前に止める。

ハイヤーは他の職員に任せて、北見はそのままクライドルたちを案内する。

「先日と同じく四回応接室で会議となりますので、ご案内致します。」



 官邸応接室


「クライドルよく来てくれた。今日もよろしく頼む」

「岸、昨日からの手厚いもてなし心より感謝する」

二人は握手を交わし席につく。


「では、クライドル。昨日の私達の認識だとその、ナイフ一本でも勇者達を殺害できるという事で良いのだろうか」

 クライドルは顎にてお当て少し考える。

「難しいが、可能です。

すいません。昨日は中途半端なところで終わらせてしまっていましたからね。

可能というのは、昨日皆さんに見てもらった通り、障壁魔法のかかっていない生身の魔族、人族は人間の強度とほとんど変わりはありません。

その点で、ナイフ一本でもとの認識は間違いではありません」

「難しいというのは」

「幾つかの理由によります。

先ず、一撃で仕留められなかったときです。

人間は魔法を使えませんが、勇者たちは勿論行使可能です。

ですので、一撃で仕留められなかった時点で、目を覚ましてしまうでしょうから、二回目の攻撃はほぼ不可能だと考えて頂きたい。

ただ、魔族は身体の紋様通して、緊急時には魔法を発動可能なのですが、人間はほぼ例外なく、魔法を発動させるのに詠唱が必要です。

それは、常時発動型であっても、目覚めて一回は詠唱が必要になります。

ですので、取る手段は二つです。確実に一撃で即死させるか、一撃目で声を出せなくするかです」

ナイフだと、首を切り落とす位でないと駄目だという事のようだった。

「なるほど。分かりました。やはりナイフ以外の方法も検討しないといけませんな。他には何が有るのですか」

「探知魔法ですね。これも常時発動型の魔法になります。

自分達に殺意や警戒心があるもの、監視している者を識別する魔法です。

因みに私も常時発動しているので、誰が私を殺したいと思っているかわかります」

 静まり返る応接室。息を飲む声が数カ所から聞こえる。

「いやいや。皆さん落ち着いてください。出来ますという話をしたかっただけです。

この国で起きてしまった事を考えると、私を殺したいと思っている方がいるのは、仕方ないと思っておりますので」

「クライドル、すまない」

「岸、謝罪するのは本来こちらなのだ、気にしないでくれ。話を先に進めてもいいかな」

「ああ、頼む」

「この探知魔法、私が言うのもなんだが中々厄介だ。誰か一人でも起きていたら当然気づかれる。

何せ、こちらは確実に殺すつもりで近づいていくわけですから。

しかも比較的初歩的な魔法なので、障壁魔法と同じで勇者一行の全員が使えると思ってもらってかまはない。

後、魔力によって行使できる範囲が変わる。勇者一行だと半径3キロは探知範囲だと思ってもらって構わない」

 応接室に集まった政府関係者全員に落胆の色がにじむ。全員寝静まってから三キロの移動これは至難の業だ。

勇者達の部屋には全て盗聴器とカメラが設置されている。今のところそれに気づかれてもいない様だった。

しかし、三キロ移動した上、全員を殺害するまで誰一人も起きないというのは奇跡に近い。


「クライドル。これは非常に難しい。我々に解決できるとは思えないのだが」

「そこで、これは一つのアイディアなのですが」

 そう言って、北見にプリントを配らせる。

 昨日、北見への最初の依頼は、フロントからノートパソコンを借りてくるという物だった。

因みに、シェイラが某匿名掲示板で勇者達をディスるスレを立ち上げ、勇者の信者にフルボッコにされ。

呟き掲示板では勇者の糞等と呟いて大炎上し、アカウントを削除して逃亡したのは、秘密である。


 プリントに目を通す政府代表者たち。

「これは…睡眠薬ですかな」

「その通りです。この世界の科学技術は実に素晴らしいです。

解毒魔法というのは有るのですが、毒に侵されてから初めて使用するものです。

当然、苦しんでしまうような物や、明らかに不自然な眠気が襲ってくるようなものは気づかれて、解毒されてしまいますが、効果発現までが緩やかなものや、時間がかかるものの場合は恐らく気づかれずに眠ってくれるでしょう。

因みに毒殺も考えたのですが、やはり苦しまずにというものは、私は探せませんでした」

「クライドル。昨日一日で、勇者達の弱点から、この世界の薬を使った作戦を立てたのか」

「私には日本人から頂いた知識が有りますからね。何よりインターネットというやつの力です。

あー。因みに人族は使えないのですが、私とシェイラは常時解毒の魔法が発動しているので、薬は効きません」

 そう言って、ニコリとクライドルは笑った。

 食えないやつだ。岸は改めて、勇者殺害後のクライドルたちの関係を考えなければならなかった。

「後は専門家の方に、一番自然な睡眠が得られる薬をチョイスしてもらうと良いと思いますよ」



 官邸から公邸への移動中、クライドルの足取りは軽かった。

岸は少し会議が有るとの事で、クライドル、シェイラ、北見の三人で先に移動する。

 官邸警備隊などが同行しないのは、いらぬ不信感を与えたくないとの岸の意向であった。


 案内されたのは公邸二階の和室であった。窓からは石庭の眺めが美しい。

「昨日の洋食の次は和食か。シェイラよ、楽しみだな」

 案内された席にちょこんと正座するクライドル。

「クライドル様どうぞ足を崩されてください」

「おお、そうだな。そうさせてもらう」

 キョロキョロと視線を動かし落ち着かないクライドル。

「まったく、魔王様は卑しいですね」

「そういうなシェイラよ、我はこの世界の食事が楽しみでならんのだ」

「卑しいのは、下半身だけでお願いしますね」

「あ、おま。あれはお前のせいではないか、裁判でも俺は勝ってみせるぞ」

「魔王様、また口調が乱れております」

 そんな二人のやり取りを見て、また顔を赤らめ顔をそむける北見。

クライドルの冤罪は未だに解ける気配はなかった。


 失礼致しますとの声と共に、料理が運ばれてくる。

「これが懐石料理というやつか、それに寿司だ、シェイラよ寿司も有るぞ」

 まるで子供の様である。

「総理から、食事の用意が出来たら、お先に召し上がって頂いて下さいとの事でしたので、どうぞ」

「それは悪いな、折角そう言ってもらえたのだから先に頂こう、な、シェイラよ」

「魔王様、本当にはしたないですよ」

 シェイラの冷たい視線が突き刺さる。あ、これは本当に怒ってる。クライドルは伸ばしかけた手を引っ込める。

「シェイラ様、本当に先に召し上がって頂いて大丈夫です。それに午後の予定もありますので」

「わかりました。北見様、では魔王様頂きましょうか」

「そうだな、頂こう、頂こう」


「いやー。和食も素晴らしいものだった。本当は日本酒も飲んでみたかったが」

「魔王様、この後の方が本番ですよ。酔っぱらって、詠唱を間違えて蜂の巣なんて言うのは困ります。

それに、そんなに日本のお酒をご所望でしたら、今晩にでも、私が日本古来より伝わるわかめ…」

 慌ててシェイラの口を塞ぐクライドル。必死に抵抗して、着衣が乱れ、荒い息遣いになるシェイラ。

「ここは公邸でございますので、その様な事は……。しかし、クライドル様のご要望でれば」

 そういって、顔を赤くして退室しようとする北見。

「待ってくれ北見、これは違うのだ」

 暴れるシェイラをさらに抑え込むクライドル。

 そこに丁度、岸が会議を終えて入室してきた。

その光景に顔をしかめる岸。

「クライドル……。これは一体」

 更に慌てるクライドル。

「き、岸よ。これは違うのだ」

「総理、これはクライドル様のご意向で」

 俯きながら、真っ赤な顔で報告する北見。

 ハアハアと、シェイラの荒い息遣いが、より大きく響く。

カオスな空間がそこにはあった。 

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