謀議
「さっきの話、どこまで信じるべきなのか」
クライドルとシェイラが官邸を出たのを確認した後、会議に入る関係閣僚と官僚たち。
確かに、現実可能なプランが目の前にぶら下がっている。上手く行けば夜間の強襲で片が付く。
自衛隊の任務になるだろうが、治安出動であれば、国会は事後承認で何とかなる。
また内閣法制局より、防衛出動は可能であるとの回答及び答弁書も上がってきている。
しかし、勇者達が現在のところ大人しくしている以上、防衛出動の国会での事後承認は無理がある。
かといって、事前承認など諮ればあっという間に露見してしまう。
「私はあまり信じるべきではないと思っております」
外務大臣の佐竹だ。
「理由は何だ」
「まず、今回の一連の出来事は共謀の可能性もある。しかも、官邸に押し入ってなどと、非礼にもほどがある。常人のやる事ではない」
「佐竹外務大臣落ち着きたまえ。感情論も抜きだ。そもそも、それだと今回の提案はクライドル氏にメリットがない。今日の提案であれば、1か2小隊の人員しか使わない。組んでいるというなら、可能な限り兵力を集中させて、返り討ちにするのが最も我が国の損失になる。それをみすみす逃す手はないはずだ。それにだ、最初に彼が姿を現した瞬間、私たちを皆殺しにすることも可能だったとも考慮すべきだ」
「私は明日以降のクライドル氏の提案にもよりますが、ある程度信用してよいのではないかと考えます」
「光岡君聞かせてくれ」
クライドルが現れる一時間ほど前からセンターに詰めていた、防衛事務次官光岡が続ける。
「クライドル氏と勇者達が、佐竹外務大事の言う通り仲間であったとするならば、まず最初に現れた魔物の大群。
あれを使って、自衛隊の準備が整う前に九州、四国一帯を掌握したでしょう。
また、クライドル氏の戦力についてですが、クライドル氏はこう言っておりました。『私とシェイラだと勇者達全員を倒すのは難しい』と。
すなわち、あの二人も相当な戦力であるはずです。組んでいるのなら今日のような交渉に意味はありませんし、恐らく数日で東京を陥落させることが可能でしょう。
その為、魔物達を消滅させた勇者、低戦力での勇者殺害を提案したクライド氏は、少なくとも仲間ではないと考えております。
また、クライドル氏が勇者殺害後、勇者達と同様の要求を行ったとしても、それは別件であり、少なくとも勇者達との利害の一致ではないと考えます」
「佐竹外務大臣。何かほかにあるかね」
佐竹外務大臣はむっとした表情を浮かべたが、反論はしてこなかった。
「では、私からだ。まず勇者殺害についてはクライドル氏を信用する事にする。勿論これは勇者殺害後も信用し続けるという意味ではない。
光岡君の述べてくれた理由もある、またクライドル氏は日本国について一定の知識を持ち合わせていた。で、あるならば、あの時、自衛隊の最高責任者である私以下、重要閣僚、事務方が集められたこの場所で、全員を抹殺する事がもっとも効率的であると理解していたはずだ。
しかし彼はそれをしなかった。私が本件に関してクライドル氏を信じる理由だ。質問や意見がある場合はこの場ではっきりと言ってほしい」
一瞬の沈黙。
「方針は決まったと判断させて頂く。作戦内容が決まり次第、これを閣議決定とする。おそらく全員が集まれる事はないだろうから、今回は持ち回り閣議の手法を取る」
「防衛出動はしない方針と考えて宜しいのですね」
押谷防衛大臣が確認する
「いや、防衛出動はあり得る。最悪、暗殺に失敗して、彼らが厄災をまき散らすようなことが有れば、その時は、緊急事態による事前承認を得るいとまがない場合に該当すると判断して、艦隊からの対艦ミサイルの使用、戦闘機の対地ミサイルの使用の許可を出す。そのつもりで準備をしてくれ。また、本作戦に参加する隊員の選抜を急いでくれ」
押谷防衛大臣、古谷幕僚長、光岡防衛事務次官が返事をする。
「私は一度執務室に戻る」
そう言って、岸はセンターを後にした。