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6.

 白衣の女性二人に見つめられ縮こまったシャーロットを、エリオットが可笑しそうに観察している。

 女性のうち一人は母と同い年ほどに見え、もう一人は兄やエリオットと同じくらいに見える。


「まあまあまあ! とうとうねえ」

「本当にねえ、とうとうねえ」


 女性二人は手を握り合って、きゃっきゃっと笑い合っている。


「エリオット先生はあんまり噂がないもんだから、てっきり、ねえ?」

「そうよねえ。てっきり、ねえ? まさか女の子を連れて来るなんて、よかったわねえ」


困惑するシャーロットをよそに、女性二人は盛り上がり、シャーロットの頬を撫でまわしたり手を取って上下にふってみたり。

 座って机の上を整理していたエリオットはひと段落ついたところで女性二人ににこりと微笑んだ。


「てっきり……、なんですか?」


笑っているが、彼の心の状態が穏やかでないのはシャーロットが見ても明らかだった。

 すると若い方の女性がおほほと口元を抑えて笑った。


「先生は女性にも男性にも大人気ですものねえ。ねえミーシャさん」

「ねえ、男性にも人気だものねえ、ライさん」


 シャーロットは、ははぁ、と顎に手をあてた。

 もしかしたら、本当にエリオットの恋愛での対象は男性かもしれない。結婚しないのだって、そちらの方が理由として説得力がある。

 う、ううん。とエリオットが咳払いをした。


「君は彼女たちに流されてしまわない様にね、シャーロット」


エリオットはシャーロットの肩に手を乗せると、ミーシャとライと呼ばれていた女性にシャーロットを改めて紹介した。


「彼女は僕の知人のお嬢さんで、社会勉強のために今日一日手伝いをさせてほしいということなんです。しばらく病気で療養していたので不慣れなところもあると思いますが、お二人ともフォローをよろしくお願いします」


促されて、シャーロットは慌てて挨拶をする。


「シャーロット・ノー……、シャーロットと申します」


ファミリーネームを伏せても、二人とも気にした様子はない。にこにこ笑って、よろしくねと返してくれる。


「シャーロット、二人はここで働いてくれている看護師さんだよ」

「ああ、安心してね。私は一昨年結婚したし、ミーシャさんはエリオット先生と同い年の息子さんまでいるから」


ライと呼ばれた女性が意味深に微笑む。

 エリオットはシャーロットの肩を叩いて、気にするなと言う。


「それじゃあシャーロット。患者さんは待合室にいる間退屈らしいから、彼らの話し相手を頼むよ」

「話し相手ですか? それだけ……?」

「そう、それも立派な仕事だからね。少なくとも、僕のお城には大切なことだ」

「お城……」


シャーロットはぐるりと室内を見回してから一度頷いた。

 メラクリーノ医師にとってここは大切な、城と言える大切な場所らしい。


「わかりました。城主様がそうおっしゃるのなら」


エリオットは満足そうに笑って、シャーロットの車椅子を待合室へ移動させた。


「今日はまず予約をしていた古本屋のご主人が来るから、入ってきたら元気よく挨拶をするんだよ」

「はい」

「笑顔でね」


緊張で強張った頬を、エリオットにつねられた。


 エリオットが奥に戻ってから間もなく、五十代ほどに見える猫背でメガネの男性が扉を開けた。


「こんに……っ、おはようございます!」


言いなおしてから、言いなおした方が不格好になることに気が付いた。

 メガネの男性は一瞬驚いた後、優しげに笑って首を傾げた。


「可愛いお嬢さん、予約をしていたもんだが、エリオット先生はいらっしゃるかい」

「は、はい。エリオットさ……先生は奥にいらっしゃるので……、ええと」

「そうかい、どうもありがとう。お嬢さんも患者さんか」

「いえ、その、先生の、知人の、娘でして。しばらく療養のため外に出ていなかったものですから、社会勉強のために今日一日お手伝いといいますか、見学といいますか……」


 エリオットがミーシャとライに説明したあながち嘘でもないことをそのまま言うと、おそらくエリオットの言っていた予約していた古本屋だろう男性はにたりと笑った。何かを面白がるように。


「ほーお、先生にも良い女性がいたんかい」


シャーロットは首を横にふるが、古本屋はクスクス笑う。


「先生もそろそろ結婚せにゃならん歳だしなあ。ありゃあいい男だがなかなか女ができんから、てっきりそっちの趣味かと思っていたが。なんだい、可愛い恋人がいたのか」

「違います! あの、エリオット先生の名誉のためにも、本当に、違うんです……!」


いやいや、恋人だろう。いえいえ、違います。いやいやいや。いえいえいえ。

 そうして言い合っているうちにエリオットが腕を組んで表へ出てきて、咳払いをした。


「言い忘れていたけどあまりしつこい人はね、シャーロット、無視をしてもいいから」

「ええと……」


返答に困っていると、古本屋が頭をぐりぐりと撫でて来た。


「しつこくなんてないよなあ。おい先生、式には呼んでくれよ」

「挙げません。早く入って来てください。これからどんどん人が来るんですから。シャーロット、引き続き頼むよ。こんな風にタチの悪いのはまだいくらか来るかもしれないけど、一切無視をしていいからね」


患者なのに襟をつかまれ引きずられていく古本屋を見送りながら、シャーロットはこの戸惑いをどうすればいいのかわからないでいた。

 平民の方は皆あんな風にフレンドリーなのかしら。

 シャーロットの周りにはいないタイプだ。

 呆然としていたから気づかなかった。自分よりやや低い位置からの視線に。


「あんた誰?」

「はっ?」


 シャーロットより頭一つ分ほど背の低い、涼しげな顔立ちの少年が眉間に皺を寄せている。


「おは、ようございます」

「おはようございます。お姉さんの挨拶は変なところで切るんだね。それで、誰なの?」

「ええと、シャーロットと申します。父がエリオット様と知り合いで……」


また、エリオットの言った通りのことを繰り返すと、少年は興味なさげに、ふーんと呟く。


「じゃあシャーロットは花嫁修業に来てるんだね」

「呼び捨て……っ? あ、え、花嫁修業?」

「だってエリオット先生と結婚したらここを手伝うってことだろ。だから今日来たって話でしょ?」

「いえ、決してそうではなくて、エリオット先生のご厚意で私に協力していただいているだけで」

「ご好意?」

「いえ、そうではなくて……」


 エリオットにユーモアがないと言った口の達者な少年はきっとこの子だろうと差シャーロットは感じた。間違いない。


「ええと、今は古本屋さんが診察中なので、しばらく待っていてくださいね」

「ああ、あの人肥満気味なんだよね。健康に影響が出るからって、先生が定期的に診て生活習慣を正してるかチェックするだけだからすぐだよ」

「そうなのですか? そうは見えませんでしたが……」

「痩せ型肥満なんだよ」

「物知りなのですねえ」

「誰が? 僕? うん、よく言われるよ。それよりはぐらかさないでさ、シャーロットは患者の話相手が仕事なんだろ。エリオット先生との馴れ初めを教えてよ」


 ただのお友達ですよと言っても少年はなかなか納得してくれない。


「まあまあ、見ない顔ねえ。この辺の子ではないわね。え? 患者さんじゃなくってエリオット先生の恋人?」

「へえ! エリオット先生ってばやるなあ」


ぞくぞくとやってくる患者たちに、シャーロットはたじたじしながらも対応をしていく。といっても、どの人もシャーロットとエリオットの話を聞きたがり、決してそんな仲ではないといくら言っても引いてくれない。

 それだけ、エリオットが仕事以外で知り合った女性は珍しいそうだ。

 なんでも、彼がここで働く以前から彼と親しいという女性は、街の人が知る限り彼の妹くらいらしい。


 確かに、貴族の女性が相手に求めるのは家柄や結婚後の立場。エリオットと結婚すればこれまで通りの生活はできなくだろうから、街で働きだした時点でエリオットを狙っていた女性たちの大部分は彼を諦めたのだろう。


「エリオット先生ってちょっと抜けてるだろ? いい人だけどさ、デリカシーもないし」


少年のその言葉に、周りがうんうんと頷く。


「始めはなんて紳士的な人だろうって思ったもんだけどね、知り合えば知り合うほど、悪気なく失礼なことを言う人だからねえ」


 患者ではないが、差し入れにとパンを持ってきたパン屋の夫人は、哀れむような溜息をつく。


「それに、芸術的センスが壊滅的。この前先生が新しく買ったカップを見せてもらったけど、あんなので飲んだらお茶がマズくなるわ」


そう言うのは、仕立て屋のお嬢さん。


「恋人ができてもあれはふる側じゃなくてふられるがわだろうなあ」


 そう言ったのはいつの間にか診察を終えた古本屋で、その後ろでは腰に手をあて、笑いながらも眉間に皺を寄せるエリオットが立っていた。


「さあ、お次の患者さんはどなたですかね? いたいけなシャーロットに失礼なことばかり吹き込む患者はそうそうに診てそうそうに帰しますよ」

「失礼なことじゃなくて、事実だけ話してたんだよ」

「マックス、君は歯に衣を着せることを覚えようね」


 マックスと呼ばれた少年は溜息をついて首を横にふった。


「子供は素直な方が可愛いって言うだろ」

「君のは素直じゃなくて無礼と言うんだよ。それで、君は喘息のことで来たんだね」

「そう。最近また出て来ちゃって寝苦しいんだ。あと、勉強でわからないところがあるんだ」

「教えるのはいいけど、昼休憩まで待っていられるかい?」

「平気。今日はシャーロットがいるしね」


 ね、と肩を叩かれて、シャーロットは照れながら何度も頷いた。

 話し相手として彼を退屈させずにすんでいたようだ。


「あまりシャーロットを困らせないでくれよ」

「わかってるよ」

「皆さんもですよ」


エリオットはマックスを引きずりながら他の患者たちにも言っていくが誰も返事はせずに人の悪い笑みをうかべるばかりだった。


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