10.
食事はもうほとんど終わっていて、ようやくシャーロットが立ったことに感激した家族は、食事中だが一度部屋でシャーロットの脚をよく診たいと言うエリオットに黙ってうなずいた。
エリオットに抱えられたまま、部屋に連れられたシャーロットは椅子に座らされた。
自分でしたことなのに、まだ信じられなくて心がフワフワと浮ついている。
「よく頑張ったね」
床に膝をついて座ったエリオットは、ドレスの上からシャーロットの膝に手を置いて微笑んだ。
「あの、エリオット様……」
「なにかな」
「どうして……うちに?」
どうしてああもタイミングよく、姿を見せたのか。
シャーロットがじっと見つめると、エリオットは決まり悪そうに苦笑して視線をそっぽへ逸らした。それでも根気強くエリオットを見つめると、彼は観念して教えてくれた。
「セレステ嬢が僕の職場まで来て教えてくれてね。君の従弟が久しぶりに学校を脱走したと弟から知らせを受けたので、様子を見に行ってほしいと。やはり彼女も僕と君の関係を何か誤解して僕を奮い立たせようとする言葉を投げかけて来たよ。まあ、それはさておき、僕は君に先日余計なことを言ったばかりだろう? 君を追いつめる気はなかったけれど、そのせいで君たち一家の関係が微妙になってしまうのは僕の本意ではなかったから」
それで、仕事着の上にコートを羽織っただけで仕事が終わってすぐ駆けつけてくれたと?
「それは……、本当に、なんとお礼を言っていいのか……。エリオット様は、どこまでも優しい方なのですね」
あまりにも、優しすぎる。
「いいや、とんでもない。僕は君の思うような善人でもないから、もちろん、まったく下心がないわけでもないんだ。僕はただ、善い人に思われるようにふるまって、人に好かれようとしているだけなんだよ」
手の甲を、そっと撫でられる。
「特に自分が心を惹かれる人に対しては、自分のことを信用してもらうために必死で優しいだけの善い人のふりをするんだよ」
「そうなのですか」
「うん。……あれ?」
「え?」
「そうか。伝わらないか」
笑って息を吐き出したエリオットは立ち上がって、まあいいかと呟いた。
「話は戻すけど、君の脚は筋肉が落ちてしまっているし、久しぶりに立ったから体がバランスのとり方を忘れているんだ。しばらくはリハビリをして、散歩はそれからだね」
「はい」
「突然押しかけてしまったから今日はもう帰るけれど、また明日仕事が終わり次第診に来るから、心にとめておいてね」
帰り支度をするエリオットに、色々なことを話したかった。たった数秒での出来事だったけれど、あの一瞬の間に貴方の声が聞こえて来たんです。瞬きするたびに、貴方の笑顔が瞼の裏に浮かんだんです。
「エリオット様」
振り返って、おっとり微笑む彼に、頭が真っ白になる。体温が少しだけ上がった気がした。
「ありがとうございます……。治してくださって」
言いたいことはたくさんあったけれど、喉につまって出てこなかった。
***
エリオットが帰った後、しばらくしてリアムが部屋まで来た。
リアムに椅子をすすめて、シャーロットはちょっと得意げに、けれどおぼつかない足取りで歩いて、自分の座る椅子をリアムの近くに移動させた。
目を細めるリアムの目はまだ赤い。
「メラクリーノ先生に、今までのことを謝罪した」
「そう。よかった」
無表情のリアムの瞳から、ポロポロと涙が流れる。きっと彼の意地なのだろう。顔を歪ませて泣くことは決してなかった。
「よかった……。よかった……、シャーロット……。本当に、よかった……」
怒られるかなと思いつつ、シャーロットはリアムの頭をいつかエリオットにされたようにかき乱すように撫でた。
「貴方は本当に馬鹿な子ね。お勉強はできてもダメダメよ。私を幸せにしたいならね、自力で自分を幸せになさいよ。私を理由に将来を決めないでちょうだい。それはとっても迷惑なんですからね」
本当は、そんなことがあってはいけないと思っていても、リアムが自分のために医者になるとまで言ってくれたのは嬉しかった。
けれどそれで、誰が幸せになれるだろう。なりたくもない医者になるリアムも、彼の将来を捻じ曲げることになるシャーロットも、それを見ている家族も、誰も、幸せになんてなれない。
「私たちみんな、貴方のことをたくさん知りたいのよ。何が好きで、何が嫌いで、本当は何になりたいのか。時々は我儘だって言ってほしいし、よそよそしい呼び方も嫌。それでね、いつか貴方が心からなりたいものになって、心から好きになった人と幸せになったら、私たちにとってそれより嬉しいことなんてないの」
貴方が私たちを思ってくれるように、私たちも貴方を想っている。
「ねえ、教えて、リアム。強がりな貴方だって可愛いけれど、ちょっぴり我儘で私たちを困らせたって大丈夫よ」
私たちは、家族だもの。
「家族なんだから、ちょっとやそっとで貴方を嫌ったりしないわ」
心まで治してしまうお医者様がそう言うのだもの。きっと間違いないわ。
その日、シャーロットはずっと傍にいた従弟の知らない一面をたくさん知ることができた。