~『混血』の話と1人の少女~
トワイランスを出発して3日目の朝。
「おいサム。いい加減に一人で起きてくれよ。」
「んー、あと少し...。」
こんなやりとりを昨日もやった。まさかこいつが一人で起きられないとは考えなかったな
...。まぁ寝てるといっても、寝袋に入ってるだけ(2人だけなのであまり荷物は持ってきていない。)だから置いていってもいいのだが、寝袋は2人分をまとめて俺が持つから結局俺はサムを待たないといけないのだ。こいつはこいつでそれをわかってやってる所もあるのだが。仕方ないので俺は地図を見ながら進路の確認をしていた。
(ちょうどこのあたりはトワイランスとヴェネットの中間か。まぁ、馬車が通る道に沿ってきたから迷うことはないと思ってはいたけど...。)
問題は時間が予想よりも多少かかっていることだ。なぜならこの辺りは砂漠地域だから、必然的に休憩が多くとることになる。まぁ、サムがのんびり寝ていることも1つの原因ではあるのだが。
「うーん、よく寝たぜ!」
そこまで考えてた俺の耳に届いたのは、サムの欠伸まじりの声だった。
「ようやく起きたか。それならさっさと準備して先を急ぐぞ。」
そういいながら俺はサムの寝袋を半ば奪うようにしながら回収し、俺の分と一緒に丸めてリュックにしまうとサムを待たずに先に歩き始めた。
「お、おいエスト!俺を置いていく気か!?」
そんなサムの声をスルー。あいつは文句を言いながらでもついてくるからな。
「しかし、本当にこの道であってるのか?」
「昨日から何回その質問を俺にしてると思ってるんだ?」
実際昨日から俺はかなりの回数この質問に答えている。質問された回数が20回を超えたあたりから面倒になって数えるのをやめたが。
「だって歩いても歩いても街はおろか、誰ともすれ違わないじゃないか。」
「確かに変だな。少なくとも馬車くらいは通ってもおかしくはないのに。」
「とりあえず、先に進もうぜ。この先に何かあるのかもしれないしな。」
そんなことを話しつつ歩くこと約1時間。突然サムが大声で叫びだした。
「おい、エスト!あれ見ろよ!」
「あれは...、街か!」
そういうとサムは走って先に行ってしまった。
「おい、走るなよっ!」
しばらくサムを追って走っていると、立ち止まっているのが見えた。
「どうした、こんなとこで立ち止まって。」
俺の問いかけにサムは答えるかわりにある1点を指さした。はたしてそこには。
「...女の子?」
俺たちの少し先に1人の女の子が倒れていた。
「なぁサム。この子をあの街まで連れて行かないか?」
そう言った俺の声に気付いたのか、女の子が目をあけて弱々しい声で。
「...私を、あの街まで...」
最後まで言うことなく、再び目を閉じてしまった。
それを見た瞬間、俺は叫んでいた。
「サム!荷物を頼む!!」
「わかった!」
返事を聞く前に荷物を地面におろし、女の子を背負ってまだ距離があるヴェネットへ向けて走って行った。
途中でサムと交代で女の子を背負いながら、何とか日暮れ前にヴェネットへ到着した。とりあえず人に事情を説明しようと思ったんだが...。
「誰も...いない?」
「少なくとも外にはいないな。」
確かに日暮れだから外に人がいないことはそこまでおかしいことではない。しかし人の声はおろか物音1つしないのはさすがにおかしい。どうしたものか考えていると、俺の右側で何かが空を切る音が聞こえた。
「なんだっ!?」
そういってサムのほうを見たのと同時に、サムが倒れた。
「どうしたサム!?」
よく見ると背中には1本の矢が刺さっていた。それを認識したと同時に、反対側でも何かが空を切る音がした。
「くっ!」
思わず音のしたほうを見るのと同時に俺も背中に鋭い痛みと同時に睡魔も襲ってきた。
(眠り薬か!)
そう思ったが体が動かない。すると頭上で男2人の会話が聞こえてきた。しかしそれを意識する前に意識を失った。
「...。.....。」
「...った。」
俺の意識が少し戻ってきた途端、誰かの会話が聞こえてきた。ただ、何を話してるのかまでははっきりとは聞こえなかったが。かろうじてわかったことは、たまに水滴の落ちる音が聞こえることから考えて洞窟の中であることだけだった。
とりあえず体を動かそうとしたとき初めて、自分の手足が縄で縛られて地面に横たわっている状態であり、剣もないことがわかった。横を見ると俺と同じように、サムも縛られて地面に横たわってる状態で同じように剣を持ってなかった。周りを見てみると少女と2人の男が話していた。おそらくあいつらが俺たちをここまで連れてきたのだろう。
「おいカール。このガキどうする?」
「どうもこうもあるかよ。いつもどおり金目のものをとって奥の牢屋にぶちこんどきゃいいだろ。」
これを聞いた途端走って逃げたかったが、サムが目を覚ましていないのと、あいつらの話からして俺たちとあの女の子も同じ牢屋に入るだろうという予測をたてて、おとなしく気絶したふりをしていた。すると。
「なぁカール。あと何人つれてくるつもりだよ。『混血』なんていないんだから」
「黙れトミー。それ以上は言うな。万が一こいつらに聞かれてたらいけないからな。」
「わーったよ。」
トミーと呼ばれた男は小さな声で「聞かれてるとは思わないがな。」と言ってカールと呼ばれた男に睨まれ、その目から逃げるようにして俺を担いで奥へと進んで行った。
俺が運ばれてきてから、サム、女の子の順で同じ牢屋に運ばれてきた。
「とりあえず女の子を起こして、話を聞こうじゃないか?」
サムがそういってきたので(ちなみにこいつは、牢屋に投げ込まれた衝撃で目を覚ましたらしい。)、なぜか俺が起こすことになった。
「おい、大丈夫か?」
すると女の子はゆっくりと目を開けて周りの様子を見て、俺たち以外に人がいないのを確認するといきなり飛び起きてきた。
「「うわっ!!」」
俺とサムがほぼ同時に声を出して驚いたのを見て女の子は笑顔を見せた。さて、質問をするなら今がチャンスだと思い、俺は口を開いた。
「少し聞きたいことがあるんだがいいかな?」
「うん、いいよ。お兄さんたちは私を助けようとしてくれたんだもんね。じゃあ、とりあえず名前から教えるね。」
そういって女の子は簡単な自己紹介を始めた。名前はラクーシャで、歳は12だといった。俺たちも簡単に自己紹介をしたところで、彼女はゆっくりと話を始めた。
「私は今日の朝から隣町の友達のところに遊びに行ってたんだけど、友達と別れた後いろんな店を見て回ってたらいつの間にか乗る予定の馬車に遅れちゃって、仕方がないからまだ残ってた馬車の御者さんに行き先を聞いたらヴェネットを通るっていってたから、その荷台に乗せてもらったの。そしたら途中で大きく馬車が跳ねて、その衝撃で私は荷台から落ちちゃて。でそのまま気を失って倒れていたところに、お兄ちゃんたちがと通りかかったの。」
...。なるほど。だいたいわかった。ラクちゃん(ラクーシャちゃんは言いにくかったからこう呼ぶことにした。)があそこで倒れていたのはただの偶然だったわけだ。となると後聞きたいことは。
「ねぇラクちゃん。さっきの2人が『混血』がどうとか言ってたけどそれは一体...?」
それを聞くと彼女の顔が少し曇ってしまった。...どうやらあまり明るい話ではないようだ。しかしそれも一瞬のことで、俺の問いかけに答えてくれた。
「簡単に言うとね。『混血』って言うのは言葉の通りで、私たちのなかに魔女の血が混ざってるって言われてたの。」
「言われていた?」
『混ざっている』ではなく、『混ざっているといわれていた』という表現が引っかかったがとりあえず続きを聞くことにした。
「割り込んで悪かったね。続きを話してくれる?」
「うん。その魔女って言うのは、ヴェネットの街に伝わる伝承の中に出てくる魔女のことなの。500年前にヴェネットに住んでいたといわれるその魔女は街に来ると子どもを連れて行ってしまったの。もちろん連れて行かれた子どもは戻ってこなかったらしいの。でもその魔女はあまり賢くなかったから罠にはまって殺されて」しまった。そのときの魔女の無念が『混血』という形で、血液だけがどういう経緯かはよくわかってないんだけど、この街の人に混ざってしまったといわれてたの。それが今でもあると信じられてたの。」
俺はついにその言い方について、思わず質問してしまった。
「何でさっきからラクちゃんは過去形で話をしているの?」
しかしその問いかけの答えは返ってこなかった。その代わりにさっきの男の片割れが話しかけてきた。
「おいおまえら。さっきから何話してるか知らねぇが、少しうるせぇぞ。」
そういった男(確かトミーだったかな?)がパンが3つのった小さな器を俺たちの牢屋の前においていった。
「とりあえず、続きはこれを食ってからだな。」
「そうだな。」
「うん、わかった。」
考えたらヴェネットの街の入り口で撃たれてから何も食べていなかったな。決して満足のいく量ではなかったが、ありがたく食べることにした。
食事(とは言ってもパン1つだが。)を終えてみんなが落ち着いたあたりで、再びラクちゃんが話し始めた。
「さっきの質問の答えなんだけど、それは私たちの体にはもうそんな血が流れていないってことを知っているからなの。このことは街の人たちは知っているはずなの。でも最近変な2人が街を出入りするようになってから、無差別に人がいなくなってるの。1度その現場を偶然見つけた人が何とか追い返したんだけど、その日を境に今度は街から出た人が帰ってこなくなったの。」
「でもそれなら、そいつらを捕まえてお終いなんじゃないのか?」
サムの疑問ももっともだ。俺もそれは今の話を聞いて、同じ疑問を持ったからな。
「確かにサム兄の言うとおり、その2人組みは捕まえて今は街の教会にある地下牢にいます。でもその後も人がいなくなることがなくならなかったの。誰が言い出したのかわからないけど、魔女の呪いだって...。」
そこまでいうとラクちゃんは口をつぐんでしまった。(余談だが、ラクちゃんは俺たちを〇〇兄と呼ぶことにしたらしい。)
「大体事情は把握した。おそらくその犯人はあの2人組みだな。さっき牢屋に入れられる前に『混血』がどうとかって話をしていたからな。」
「本当に!?」
俺の言葉を聞いた瞬間にラクちゃんが顔を輝かせた。
「もしそれが本当だったら、私のお母さんも...!」
俺たちは黙ったまま顔を見合わせた。今の言葉は間違いなく彼女の母親を指しているだろう。つまり、彼女の母親もあいつらに連れて行かれたのだろう。そうなればもう迷うことはない。
「サム。俺たちで連れて行かれた人たちを助けに行こうぜ!」
「そうだな。さすがにここまで話を聞いたら簡単には引けないよな。」
俺たちの意見は一致した。逆にラクちゃんは驚いたような顔をした。
「何でお兄ちゃんたちはそこまでしてくれるの?お兄ちゃんたちには関係ないことなんだよ?」
確かにまったく関係のないことだ。何なら倒れてるラクちゃんをそのままほっといていたって問題はなかったはずだ。でも。
「目の前で困ってる人がいるんだ放っておけないだろ?」
「俺もエスト兄と同じだ。」
「お兄ちゃんたち...。ありがとう!!」
するとラクちゃんは、よほどうれしかったのか目に涙を浮かべていた。とりあえず俺たちのするべきことが決まった。残る問題は...。
「ここがどこで、出口がどこかわからないと迂闊には動けないな...。」
「それならエスト。いいものがあるぜ!」
そういったサムは、おもむろに靴を脱ぎ始めた。
「おいサム。なにしてるんだ?」
サムは俺の疑問には答えず、俺とラクちゃんが見ている前で靴の中敷を取り、その下から何かを取り出した。
「こういうときのために、こいつををここにしまってたんだ。」
そういってサムが持っていたものをよく見ると。
「...ナイフ?」
「そうだよ、ラクちゃん。こいつは折りたたみ式のナイフさ。」
そういいながらサムは慣れた手つきで、刃を出したりしまったりして見せた。
「いったいなんでそんなもんをそこにしまってたんだよ...。」
まぁそんなことはこの際おいておくことにしよう。俺がそんなことを思っているとわかっているのかいないのかはわからないが、俺たちに笑って見せた。こっちにも小型ナイフとはいえ、武器があるのならトミーがパンを持ってくる(これはずっとあいつがやっていることなのでおそらくやつの役目なのだろう。)ときに一芝居うてば、もしかしたらやつを人質に取れるかも知れない。
「とりあえずどうするかは俺が決めるから、それまでは勝手な行動はするな?」
そういうと2人は黙ってうなずいた。何もいわなくてもこの2人なら勝手な行動はとらないだろうが、念のためってやつだ。こうしてこの日(外が見えないから、俺たちが寝るタイミングで1日と数えることにしている。)
次の日。俺たちが起きてからしばらくするとやはりトミーがパンを持ってきた。
「おまえら、また騒いでんのか!いい加減にしろ.よ..?」
なぜ最後に疑問系なのかというと。
「おいラクちゃん!しっかりしろよ!」
「ううぅー、おなか..痛い...!」
そこには牢の奥のほうで、両手でおなかの辺りをおさえて小さくうずくまるラクちゃんの姿があった。それをみたトミーが、一瞬だけ優しい顔を見せたような気がした。気のせいか...?
「おい、どうした!腹が痛いのか!?」
そう聞かれたラクちゃんは弱々しくうなづいた。
「とりあえずカールに知らせないと...!」
そういって俺たちに背を向けて走ろうとしたそのとき。
「グハッ...!」
ドゴっという鈍い音と同時にトミーが地面に倒れた。
「これでいいんだろ?」
そういって俺のほうを向いたサムに、俺はこういった。
「あぁ、十分だ。あとはこいつの口と両手足を縄で縛っておいてくれ。」
「了解っと。」
そういって荷物の中から縄とタオルを出して、両手足を縛りさるぐつわをした。
「こっちはオッケーだ。」
「ドアも開けっ放しだからいつでも出れるな。ラクちゃん、少し歩くことになるけど大丈夫?」
そういった俺にラクちゃんは笑顔を向けてうなづいた。どうして平然としているのか。それはラクちゃんが芝居をうったからだ。俺の考えた作戦は実にシンプルで、ラクちゃんが嘘の腹痛を訴えて、トミーが近づいたところをサムがそこらに転がっている石で思いっきり殴って気絶させるというものだ(サムの持っていた小型のナイフはあくまで緊急時以外は使うなと言っておいた)。まぁ、ここへきたのがトミーじゃなかったらうまくいってたという保障はなかったから、そういう意味では俺らは運がよかったな。
「じゃ、あとはカールってやつに見つからないように逃げりゃいいんだよな?」
「そういうことだ。」
サムの問いかけに俺はそう答えた。しかしこの作戦にはひとつだが致命的な問題がある。それは...。
「でもカールって人がトミーさんを見つける前にここを出られるのかな...?」
そう。つまりこの作戦の問題とは、明確なタイムリミットが存在することだ。簡単にいえば、俺たちがカールやトミーに見つかる前にここを出られたら俺たちの勝ち。見つかったら負け。ただそれだけのことだ。しかし今回の場合、負けはそのまま死を意味しているといってもいいだろう。なぜならやつらは弓矢を持ってるはずだからな。
「...い!おい、エストってば!」
「エスト兄、大丈夫?」
そういわれてはっと我に返った。いつの間にか考えることに没頭してたみたいだ。
「...考えてても仕方ない、か。よしっ!いくぞ!」
俺がそういうと、2人はサムを先頭、ラクちゃん、俺という順番で牢を後にした。角を曲がる直前に俺はちらりと牢を見た。もうあそこには戻るものかという意識はよりはっきりと持った。
俺たちが抜け出してからどのくらいたっただろうか?しかもいたるところにちょっとした罠があって少し時間がかかっている。俺はそこまできつくないが、ラクちゃんに無理をさせるわけにはいかない。しかし、もう3回も俺やサムの「休憩しようか?」という提案を拒否してきた。さすがに半ば強引に休ませようかと口を開きかけたとき、サムが急に立ち止まった。サムの視線のさきには...。
「あっ!出口だ!」
そういって駆け出そうとしたラクちゃんを手で制してこういった。
「いやよく見てごらん?出口に人がいるだろう?」
確かによく見ると人影が2つ見える。
「どうする、エスト?少し待ってみるか?」
「…いや、あまり時間がないからそこの石を適当なとこに投げて、その隙に印をつけよう。」
そう言って俺はサムに石を渡した。
サムは周囲をぐるっと見渡して、俺たちのいる方とは逆のほうに石を投げた。ガン、と音がした。しかし...。
「...。反応がないな。」
「もしかして寝てるのかな?」
サムとラクちゃんがそれぞれそういった。しかし、ここはそんなに大きな洞窟じゃないから人数的にはあいつら2人でも十分に足りているだろう。それにさっきラクちゃんが声を出したとき、多少とはいえ響いていたはずだ。だとしたらあれは...?そこまで考えた俺はある可能性に気づくのと同時に誰かがこっちに走ってくるのが聞こえた。
「くそっ!!とりあえずこっちに逃げるぞ!」
俺はそういうとすぐに、サムとラクちゃんがついてきているのを確認することもせずに走った。少し走ったところで、サムが声をかけてきた。
「おい、エスト!ここに狭いがスペースがあるぞ!ここに隠れよう!!」
言われてみてみると確かに3人がちょうど入って落ち着けるくらいの穴があった。
「よし、ここに隠れるぞ!」
そういって、サム、ラクちゃん、俺の順で入っていった。するとすぐに例の2人が追いついてきた。そしてあろうことか、俺たちのいる穴の前で話し始めた。
「こっちのほうにきたと思ったんだが...。」
「おいトミー、お前はこのあたりを回って見張ってろ。」
「いいけどよ、カール。お前は何をするんだ?」
「今回見たいなのが起こったのは初めてだからな。逃げた連中が別の牢にいるやつらを万が一逃がしたりしないように、鍵をひとつ追加するか、始末するかを考えるのにひとまず戻る。始末するにしても、幸い一通り検査は終わったからな。どの道用済みだったしな。」
「わかった。」
そんな会話が終わると、カールはどこかへといってしまった。トミーもこのあたりを警戒するためだろう、俺たちの前からいなくなっていった。
「ふぅ、何とか助かったな。」
「あぁ。でもまた新たな問題が出てきたな...。」
そういってラクちゃんを横目でチラッと見る。そこには顔を下に向けて、震えている姿が見えた。それがあまりにもかわいそうだったので両手でそっとその小さな体を抱いてあげると、少し落ち着いたせいか、眠るように気を失ってしまった。この状態で今まで一緒に走っていたこと自体が俺には驚きだ。
「くっ...!何とかしないといけないのに、いったいどうすれば...!」
すると...。
「...お前らもここから出たいのか?」
「「「...!!」」」
しまった!ラクちゃんのことを考えるあまり、つい言葉にしていたようだ。
「そうだが、俺たちをカールってやつのところへ連れて行くつもりか?」
そう言おとしたが、その前にサムがこういった。
「今お前、「お前ら『も』」って言ったのか?」
その言葉を聞いたとたん、俺はサムに思わず聞き返していた。
「ほ、本当にそういってたのか!?」
「あぁ、少なくとも俺にはそう聞こえた。」
「...とりあえず話を聞こうか。」
ラクちゃんが起きないようにそっとが座ると2人も同じように座り、トミーが話し始めた。
あまり時間がないから手短に話すけどな。
そう前置きして、トミーが話し始めた。
「俺たち2人が人をさらい始めて少したった頃。俺はなかなか寝れなかった。そしたら牢のほうでなにやら話し声が聞こえてきた。気になってそっと近づいたら、さらってきたやつらが必死にお願いしてたんだ。『混血なんてもういない!だから俺たちを街へ帰してくれ!』ってな。そしたらカールはこういったんだ。『そんなことは知っている。俺がお前たちを捕まえてきているのには別のわけがある』ってな。事実、そうお願いしてきたやつらがここに来る少し前にいたやつらが急にいなくなってた。それをカールに報告すると、『それは問題ない。それよりまた何人かさらってこい』って言われたんだ。それについこの間、俺が今までに見たことのないような道が1本できてたんだ。それを見た俺はすぐにカールに聞いたんだ。そしたら、『そうか、お前も気づいたか。あれはお前がさらってきた連中に掘らせていたんだ。』って平然とした顔で返されちまったんだよ。それから俺は日に日に罪悪感が出てきた。そんなところにお前があの街の前に来たんだ。タイミングの悪いことに、さらってきた人たちがいなくなったときに、な。」
そこまで話すと終わりだと言わんばかりに、ため息をついた。
「...正直お前が言ったことをいまいち信用できないところがある。」
「まぁ今まで牢に閉じ込められていたからな。」
俺たちがそう言うと。
「頼む!都合のいいことを言っているように聞こえるが信じてくれ!」
そういったトミーの頬に一筋の涙が見えた。俺にはその涙が演技だとはとても思えなかった。
「わかった。じゃあひとつだけ聞かせてくれ。お前は『混血』については知らなかったのか?」
「あぁ。俺はガキの頃、貧しかったからよくものを盗んでいたからな。そんなことをするのは『混血』のせいだって言われて、街から追い出されたからな。」
そこまで聞いたとき、サムが俺にこういってきた。
「なぁ、ここまで必死なんだ。信じてやろうぜ、な?」
「...そうだな。とりあえずここを出るまでの間だけでも信じてやるか。」
「...ありがとう。」
「では、一緒に出口まで案内しよう。」
そういって周囲を気にしながら俺たちを外に出した。
しばらく歩いているとラクちゃんが目を覚ましたが、俺が今までのことを簡単に話すとうなずいてくれた。どのくらい歩いただろうか。さっき俺たちが逃げ始めた出口でトミーが立ち止まった。
「ここからは走っていく。そうしたら俺から離れるなよ。」
「お前も一緒に街まで行くのか?」
「あぁ。許されるとは思わないが、せめて罪を償いたいからな。じゃ、いくぞ!」
そういうと同時に煙玉を投げた。
(そんなものを使うなんて聞いてない!)
そう思ったが声には出さなかった。
とにかく俺たちは走った。街に向かってひたすらに。
気づけば俺たちはヴェネットの街の前にいた。
「何とか逃げられたな。」
そういって俺はみんなを見た。かなりの距離を走ったせいだろう、みんな息が上がっている。
「とりあえず街へ入ろう。」
そういって俺たちは街へと足を踏み入れた。
それから2週間後。トミーが街の人にすべてを話した。最初はみんなもトミーを憎んでいたが、彼がさらった人たちの場所と共犯のカールのことを話したことが真実だったので、多少は仲良くなれたみたいだ。
「なぁ、エスト。そろそろ次の街に行かないか?」
「そうだな。俺もそう考えていたところだ。」
この街にすでに2週間たっている。さすがにそろそろ行ってもいい頃だろう。
「じゃ、ラクちゃんに挨拶してから行くとしよう。」
そういって俺たちはラクちゃんの家に向かった。いや、正確には行こうとした。なぜなら。
「ラクちゃん?」
俺たちの泊まっていた家の玄関の前にいた。
「もうおにいちゃんたちががここにきてから2週間でしょ?そろそろまた旅に行くんじゃないかと思って、これを渡しに来たの。」
そういって俺たちに渡してきたものは。
「...お弁当か?」
これは確かに弁当だった。それは嬉しいんだけど...。
「何で3つもあるんだ?」
サムが俺と同じ疑問を口にした。その問いにラクちゃんは。
「だって私も一緒に行くんだもん!」
「「何っ!?」」
「そんなに驚くことなの?」
そりゃ驚くだろう。まだラクちゃんは12歳だ。(まぁ、自分たちも18歳と19歳だからあまり大差はないのだが...。)
「でも、これから先は今まで以上に大変になるんだよ?」
サムの言うとおり、これからはさらに過酷になるだろう。
「大丈夫だよ、これでも私は我慢強いから!」
確かにあれだけのことがあったのにもかかわらず、文句どころか嫌な顔1つしていなかった。しかし...。
「で、でも!ラクちゃんにも家族がいるだろう?」
「うん。でもちゃんと話したら許してくれたもん!」
「うーん。どうするエスト?」
「とりあえず、ラクちゃんの両親に今の話が本当か確認に行こう。これがもしラクちゃんの単独行動だったりしたら、今度は俺たちが誘拐犯になっちまうからな。」
そういうと、ラクちゃんが家まで案内してくれることになった。
結論から言おう。確かにラクちゃんのの単独行動ではなかった。ちゃんと両親の許可も取ってあったのだ。それを聞いたときは正直驚いたが、ここまできたら連れて行ってやるべきだろう。その旨をラクちゃんに言ってから、再び街の入り口で集合することにした。
俺たちが街の入り口に着いたときには、すでにラクちゃんが来ていた。
「お兄ちゃんたち遅いよー!」
「ごめんよ。こいつがいろんなとこに寄り道してたからな。」
俺は隣に立っていたサムを指で示しながらそういった。
「もう、サム兄!寄り道もいいけど時間は守ってよね!」
「わ、悪かったよ。」
それを聞くと満足そうにラクちゃんは笑っていた。すると後ろからトミーが俺に声をかけてきた。
「よう。この間のことの礼を言おうと思ってな。ありがとうな。」
「いいよ、気にするな。俺もあの時はまだ半信半疑だったが、今のお前を見てたら助けてよかったと思ってるしな。そういえば俺の名前はまだ教えていなかったな。俺の名前はエストだ。」
そういって俺は右手をトミーの前に出した。
「そういえばそうだったな。改めてありがとうな、エスト。」
そういってトミーも左手を俺の前に出して握手に応じてくれた。
そうこうしてるうちに、出発の時間になった。
「そろそろ時間だな、行こうか。」
そういうと2人とも頷いて答えてくれた。俺たちが街に背を向けて歩いていこうとしたとき。
「気をつけていけよー!」
「またいつでも帰ってきてねー!」
「エストさん、サムさん!どうか娘をよろしくお願いします!」
そんな声がかなり聞こえてきた。俺たちは顔を見合わせて笑った。
ラクちゃんは、街が見えなくまるまで手を振っていた。
これでとりあえずは1段落ついた。まだまだ俺たちの旅は始まったばかりだ。これから出会う困難にも俺たちなら立ち向かっていけるはず。この2人を見ていると不思議とそんな感じがした。