3話
時の流れというものは早いもので、事情聴取やなんやで、事件から、既に数時間。昼休みを迎えていた。
が、困ったことに
噂の流れるスピードはまるで音速。いまや俺すらも、時の人となっていた――
「いやぁ~。ガチでヤバかったって! 武道習ってあんなできんなら、俺にも何か教えてくれよ! 」
「キョウマくんは、何年くらい柔道やってたの? 」
「僕にも、僕にも! 武術を身に着ければ、あれくらい強くなれるかな!? 」
……ザワザワザワ
俺の机を、囲むようにして、質問責めをするクラスメート達。
こんなにうるさいんなら、いっそのことコイツらの記憶を消してしまいたい。好奇心を持って接してくれることに、嫌な気はしないが、なんせ煩わしいったらありゃしない。
そんなイライラを加速させたいのか、
「おやおや、キョウマ殿ぉ……モテモテですなぁ~~ぁ。ご機嫌うるわしゅう~ ニヒヒッ」
と、ニヤニヤしてこの状況を楽しむサトシ。
なんにが、キョウマ殿ぉ……だ、こんちくしょ!
人の群がる熱気にとにかく、この場は空気が悪いというか、ただただ気分転換がしたかった。
「悪い、ちょっとトイレ。」
窓際、最後尾の席を立ち、人と人の間を、うまく身体をしならせながら、突っ切る。
(はぁ・・・・・・……)
分かってはいたが、
廊下にも、ひとめ噂の救世主とやらをみようと、貴重な休み時間を使って殺到する生徒達。
「ねぇねぇ、あの人じゃない? 」
「えっ、嘘ぉ~~!? 」
聞きたくない聴きたくない……が、それも無駄な抵抗であり、どうしても会話が聞こえてしまう。
そそくさと教室を抜け、溢れそうな照れくささを抑えて、人をかきわけトイレを目指す――
いや、もう着いた。到着したのはいいんだが……偶然だよな。
「あら、さっきまでの、ほころんだ顔はどこにいったのかしら? どうかしたの? 」
彼女がいた。
――まるで俺がここに来ることを分かっていたように、待っていたかのように。
壁に背中を預け、楽な姿勢をとる、ゴムでくくられた、長い一本の髪束の持ち主。
事実上、俺は彼女に関しての記憶はない、ということになっているため、あくまでも、平静を装う。
「えっと、どこかでお会いしましたっけ? 」
「どう思う……? 」
そういって、その端正な子顔を――
近づく異性、ほのかに香る甘い匂い。彼女の雪肌が、せばまり――極限にまで近づいて、俺の目をまじまじとみつめてくる。
「え、ぅ、あ・・・・・・」
ついに、鼻先同士がくっつく! という距離まできて俺は強く目を閉じるしかなかった。
「っと、ごめんなさい。つい癖で。」
彼女の素っ気ないコメント。に
えっ、と目を開く。
…………!? 癖っていったか? 今、癖っていったよな!?
これが本当だとしたら罪な女だ。多くの男に、叶わぬ夢を抱かせているに違いない。
ふと俺の五感が、好奇心とは違う視線を感知し、振り向くと
殺してやる。といわんばかりに敵意のこもった『男子』達が俺達二人を、いや正確には俺だけを、殺意のこもった眼光で凝視していた。どうやら、彼女は人気があるらしい。それも彼女のルックスを見れば頷けることだ。
「あなた、なかなかやるじゃない。私、みてたわよ。 あなたの勇気には感銘を受けたわ。――犯人は武装をしておりながらも、尚ひるまぬ意気。まさに、男の中の男ね。何があそこまで、あなたを動かしたのかしら? 不思議だわ。」
まるで何か言いたげな顔だ。
「いえ、何というか……身体がかってに動いていたんです。助けなきゃって。」
ふ~ん……と相槌をうつ彼女。――が突如声を上げた。
「あ! ガーゴイル!! 」
「へっ!? 」
――しまった! 思わず体が反射てきにっ!
『ガーゴイル』という単語に反応して、彼女の指差す先に方向転換。
流れるは沈黙。と、彼女の疑いの眼差し。
「アハハハハァ……。」
笑ってごまかそうとするが、依然として目の前の少女は、指をさしたままの状態をキープして、ピクりとも動かない。
まさに今、俺の脳がフル回転しているのだろうか。過ぎ去る時間が、猛烈にスローに感じる。
考えろ――考えろ俺!
で、精一杯頭をひねって、だした答えは、あまりにチンケなものだった。
「び、びっくりしたぁー! 何ですか急に先輩! 俺もいつもの、癖でついオーバーリアクション!? しちゃいましたよ! ほら、友達がいっつも、UFO! とか 火星人だ! なんてやるもんだから。アハハハ。おかしいっすよねぇ~。てかガーゴイルって何ですか? ゲームのお話かなんかですか!?…………」
おわった。明らかに動揺まるだしの態度。気付かないはずがない――
さらにこの状況に追撃。俺を困らせたいのか、はたまた楽しみたいのか。
「あれ? キョウマにそんな友達いたっけなぁ~」
かすかながら、響いたサトシの声に、俺は復讐を決意した。
――恐る恐る、彼女に目を合わせる。
「な~んだ! ゲーム。ゲーム……だよね? 」
眉ひとつ動かさない冷酷な表情。ギョろりと、剥いたような目が俺の顔を覗き込む。
「はっ、はい、。ゲーム大好きです。。。。」
すると、先程まで能面を被っていたかのような顔がパッーっと晴れて、とまではいかないが、再び彼女がはなす。
「そうだ、そういえば話があって、あなたに会いにきたんだったわ。少しお話したいことがあるんだけど、今度の週末時間はあるかしら? 」
先程からの会話からは、何の脈絡もなく、きってかわる話題。
「え、週末ですか……」
貴重な休日。俺にとっては金より重きホリデイ。どう断ろうかとばかり、頭をよぎる。
が、それも次の一言で無駄な考え。に暗転した。
「もちろん、あなたに拒否権はないわ。無理にとは言わないけど、断ったら…………あなたはこの学校の男子生徒を全員敵に回すことになるわ。それでもいいの?」
「そう、いわれましても……」
俺のとうとい休日と、背後に感じる殺意を天秤にかける。
そこに畳み掛けるように彼女が哀願。
「あなたを見込んでの頼みごとよ。本当に、ほんとうに、ほんの少しでいいの。」
別に、頼まれたからではないが、
もちろん答えなんて、決まってる。
――最初から選択肢なんて、ないじゃないかよ。
価値ある休日を犠牲にするという決断。これからの学校生活のためを思えば安いものだ、、。
非常に複雑になったもつれに、心がくもる。
「・・・・・・分かりました。ただ、何をするのか教えてください。」
そういうと、納得したのか、自己紹介をきりだした。
「私は、天海 朝羽。訳は後で説明するから。」
「明石 京間です。」
多数の視線に背徳的な感情を覚えながら、
我慢していた尿意を開放すべくその場をあとにした――