2話
春先――この高校に入学してから早二週間。目立つことなく平凡。周りの男子が女子と仲良くなってきているというのに、俺は一切、女子との進展はなかった。悲しいことだが、少しずつこの校風にも慣れてきて、いい感じだ。
「次っーーー! 」
体育の教員が次の走者を仰ぐ。
広々とした運動場には、陸上部が使うと思われるレーンや何やらが、所々に見える。
炎天下の中の陸上ほど地獄なもの、を走る奴らだなんて・・・・・・ドMか?
「うぅーーす! キョウマ! 50m走の記録どうだった? 」
「8秒ジャスト」
「相変わらずだなぁ~~。うん、平凡が特徴です! ってね」
「うるせぇ」
と笑うサトシを一蹴りする。
「そういやさぁ、サトシ中学ん時陸上部だったろ? 陸上部ってひたすら走り続けるじゃん。やっぱあれって、Mじゃないと、できない芸当だと思うんだが、実際のところお前はどうだったんだ? 」
その問いに顔をうつ伏せ、深刻な振り。を演出するサトシ。ずれてもいない眼鏡をなおす動作をみせ
「あのねぇ……キョウマくん。人間誰しもMなんだよ。分かるかい? 怖い怖いと言いながらも、夏の恐怖特番、みちゃうだろぉ? キミも然りMということさっ」
ありもしない、前髪をサッとかき分け、一人満足に浸るサトシ。だがそれも楽しい一時。
そう・・・・・・愉快に平凡な一時を笑っていられる日常。
――刹那
空気が圧縮され弾ける音、それ自体は発射音と思えば何ら不思議はない筈・・・・・・なのに、重なるように、悲鳴が響いた。
「・・・・・・たす……け、て」
涙目で訴えるクラスメイト。彼女の首は男の太い腕で、締め付けられていた。頭部にしっかりと固定された銃口。先程まで賑やかだった雰囲気は一瞬で粉砕された。
やつれた顔に、何日も洗っていないのか、チリヂリとした髪。人生の敗者のにおいを漂わせている。
「動いたら殺すからな……。ハァ……ハァ、全員両手を挙げたまま座れ!」
息を荒げて、みなに銃先を向け威嚇する。
気が確かではない。銃口を何の罪もない少女に突きつけているのだ。
だが……誰も助けようとはしない。無論正しい判断だともいえる。
「誰か……」
怖さに硬直して誰しも動けない。
狂ったように、男が唾を飛ばしながら、叫ぶ。
「オレハナァァァァァァアア! 」
と叫ぶ男。
――それを制止しようと体育の新條先生が割りに入った。
「まぁまぁ、まずはその娘を放してくれませんか? 代わりに私が――」
パァァッァアアン――
鳴り響いたのは銃声だった。銃口は新條先生に向いていて――。
「…………人様が喋ってんのに、邪魔をするからだよ……ァアアッハッハハッツ」
血――血血血血血血血血血血血血血血
「嫌ぁああああああああ! 」
捕縛されていた彼女が両耳を塞ぎ、泣き叫ぶ。
我慢ならなかった―― また……あんな地獄をみるのだけは――
俺の体は――思ってもいないのに関わらず、気付いたら動きだしていた。
まるで、時が止まったかのような感覚。ヤツの伸びた腕を、取り、足をすくい、そのまま、重力で押しつぶす。
「ガハァッッ」
緩まった腕から、彼女はぬかりなく逃げ出す。
ふと――――集まった視線に我がかえった。
俺は何をしてるんだろうか••••••
何ともいえない静寂が流れる。が、親友の一言によって破られた。
「すごいじゃねぇか、キョウマ! 」
サトシを筆頭に歓声が沸いた。
必死に言い訳を考える……
「中学のとき護身術兼ねて、柔道ならってたからなー」アハハ
犯人は泡を吹いて地面に倒れている――
こんなつもりは、なかった。全くもって。だが、あの溢れる感情を抑えることはできなかった。仕方なかった。
ようやく、背後から群がる足音。
何事かと、授業を放りだしてきた各教員が、一目散へとグラウンドへ駆け出してくる。
「今すぐ救急車をお願いします! 」
ハイと携帯を取り出す保健の女医。
悪魔寄生体。人に取り付き寄生体の負の感情を強めることによって人間社会に攻撃する悪魔。コイツ自体に大した能力はない……が、気の毒だ。彼には一生の後悔が残るだろう。
あとの事は、専門家に任せるか。
経験上、魔力はさらなる魔を呼び寄せる。負のスパイラルに陥らないか心配だが、ま、アイツがいるし、俺には関係ない。ウン。
――とりあえず、一件落着。だな。
『校舎二階』
そこには、怪訝な顔を浮かべる例の、彼女の姿があった。