第七十七話「クリア報酬」
地球の日本地域担当の神様。一応送り込まれた先の世界ではアーゼス神と呼ばれるその神は中級神で、俺はその神の部下の下級神となるわけだが。この神様は本当に部下に甘めの心の広い大判振る舞いの上司様であるらしかった。これもまた、日本の神様であることが関係しているのだろうか?
俺が今いるこの神のデザイン世界「ピースサークル」は、その稼働時間が千年分しか購入されていない。稼働時間以外にも色々オプション付きらしく、この世界の作成時には結構な金額の「神貨」を払ったのだそうだ。神貨とは、神様間で流通している貨幣のことなのだそうで。この神貨により様々なことが出来るが、神の力を行使するには必要不可欠なので無駄使い厳禁らしい。財布の紐は堅く締めておけってことだ。
俺が無事にピースサークルの世界をクリアしたことにより、アーゼス神は高額のボーナスを受け取って。それで色々大判振る舞いしてくれるわけだ。神貨の価値は非常に高く、小額でも俺にとっては絶大な恩恵をもたらすらしい。日本の通貨感覚で教えて貰ったが、今回神様に与えられるボーナスの金額が百万円程度で、俺にはそのうち一万円まで融通してくれるのだそうだ。つまり手取りとしては今回は一パーセントだけを受け取ることになるわけだが、今後下級神として良い仕事をした場合には報酬の一割から五割程度までを仕事の内容によって渡してくれるらしい。下級神の職場事情としては他に類を見ない破格の好待遇なのだそうだ。聞いている限りでもそんな気がするので、素直にその好待遇を喜んでおくことにした。
では神貨一万円分で何が出来るか。それはもう色々出来てしまうらしい。とりあえず五百円分をピースサークルの稼働時間に充てて貰うことにした。これで追加で八十年分稼働世界が稼働出来るのだそうだ。時間って安いんですね。いやそれとも、神貨の価値が高すぎるのか?
更に神様は色々と手続きをしてくれた。
『ワシの部下となる以上、絶対に取って貰わねばならぬ技能があるのぅ。次元跳躍能力が五千円、ホームポイント設定能力が千円、時間調整能力が千円、それに、今のお主の能力維持及びお主の家族宛の恩恵諸々に千円じゃな。まぁお主二与える一万円のうち八千円は諸経費として吹き飛ぶ。これは仕方ないことじゃし、お主自身への投資なのじゃから諦めるが良い』
「はい、わかりました」
『素直で宜しい。……ちなみに、時間調整能力というのは時の流れる速度を調節しておく力じゃ。お主も気付いておるようじゃが、現在こちらの一日がそちらの十年にされておるじゃろう。この時の流れる速度の差を埋める為に必要不可欠な能力なのじゃよ。ちょっと地球に出かけたら実家がとんでもない年月経過して荒廃していただなんて、イヤじゃろう?』
「はい、すんごく困りますね」
『じゃからそれを防ぐ為に、お主が留守の間はあまり時間が経過しないようにしたり、仕事の赴任先と時間の流れる速度を合わせたりするのじゃよ。何にせよ必須の技能であるわけじゃ。まぁお主にとって必要のない技能をオススメはせぬから、安心するが良い。ワシらの宇宙のような真世界側の時間の流れを変えることは出来んから、デザイン世界側の時間の流れを早くしたり遅くすることで調節出来るようになっておるのじゃ』
「はい」
『他にはそうじゃな。異次元収納の多元世界用が五百円。ワシらの世界への最低限の物品持込許可証が五百円じゃな。世界を超えて物資を持ち込み、持ち出しすることにはとても強く制限されておるのよ。デザイン世界同士でやり取りする分にはほとんど制限はかからんのだが、完全なる世界である真世界に過度に干渉することは許されぬのだ。お主ならばなんとなくは理解出来るじゃろうて』
そんな感じで。どうやら神様から神貨一万円分の援助を受けるものの、そのうち九千五百円分は最初から使い切ってしまうようだった。今後への投資と考えれば仕方の無いことなのだろう。神貨を使って色々自分で好きなことをやるには、何かしら下級神として新たに仕事する必要がありそうだった。
『さて、お主の神貨関連についてはそんなところかのぅ。では次の話に移るとしようか』
「と言いますと?」
『うむ、まぁお主の今後の身の振り方という奴よ。……元の世界に戻るのじゃろう?お主にはその能力もじきに付与されるし、ワシも元の世界でお主が自由に動けるようにいくらか便宜を図ってやろう。何、新しい部下へのちょっとした親切じゃよ。ワシの奢りじゃから、楽しみにしておくが良い』
「はい、ありがとうございます」
『しかしそうじゃな、それにしてもこちらの手続きにも少し時間がかかるのでな。少々そちらの時間の流れる早さを下げておくぞ。地球時間で二、三日で手続きは完了するのじゃが、今のままではお主は二、三十年も待つことになってしまうじゃろう?じゃから、そうじゃな。地球時間の一日がそちらの一ヶ月程度になるようにこちらで遅めに調整しておいてやろう。お主は元の世界で時間が経過しすぎていても困るじゃろうし、だからといってもうしばらくはその世界でのんびり過ごしたいじゃろうからな。その程度で丁度良いじゃろう』
「そうですね」
『うむうむ、では次じゃな。お主自身への報酬はそんなところじゃとして次はお主以外への報酬のことじゃ。まぁこれについてはあやつら、システムメッセージの奴らに一任しておこう。対価は先に説明したように、お主に支払われる報酬の中からまとめて決済されるからの。丁度良い時刻にでもやらせておくから、まぁ気楽に待つが良い』
「はい」
『大体そんなところじゃな。それではワシは手続きをしておくから、また後日にな』
神様がそう言って、向こうからの通信は切れた。
色々怒涛の展開だった気がするが、特に不利益なことは無かったように思う。さて、今日はこの後どうなるのかな?
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1000/1/13 14:22
装置のところに行った時点で十一時頃だった為、その後妻達と一緒に昼食を取ったのが既に十二時を結構過ぎた時刻だった。俺の隣で話を聞いていたマリーは半ば放心状態になっていて。そのまま食卓にまで着いてきていたので、空いてる席に座らせて一緒にご飯食べてた。
「アナタ。先ほどシステムメッセージの方から皆に連絡があったようで、この後午後三時頃から報酬の選択が始まるそうですよ」
「ん、そうなのか」
「はい。それで何を選ぼうか悩んでいるのですが、その為にはアナタの今の気持ちを確認しておく必要があるんですよね」
「……ん?」
昼食後にお茶を飲みながら、俺の対面のルナがそう話し掛けてきた。そのままじーっとこちらを見つめてくる。いつものように魂の味から色々判断しているのかもしれないが、と何か結論が出たらしい。
「うーん……アナタは良くも悪くも変わらないというか、本当に私達のことが好きですよね」
「ん?うん。皆大好きだけれども」
私達、というのは今この場に集まっている妻達全員のことかと思われる。皆この世界の王族でお姫様で。そして皆とても可愛いし、たくさん俺の子供を生んでくれた。百年連れ添ったわけだし、こちらから嫌う要素は何も無いのではなかろうか。
「そうですよね。それじゃあ、これからももっと私達と子供を作りたいですか?」
「うん、それはまぁ、出来るなら」
「……うふふ、それを聞いて安心しました。これからも宜しくお願いしますね、アナタ」
「うん、こちらこそ」
俺がそう言うと、ルナはニコニコ笑顔になった。ふむ、どうしたのだろうかと思いきや、周りの皆の表情も随分と緩んでいた。というか泣きそうになっている妻もいるわけだが。というか、左の方にいる愛姫が普通に泣いてた。
「あの、愛姫、なんで泣いてるの?」
「ふえぇ……だって妾、妾達は、このまま旦那様にこの世界に置き去りにされるのではととても不安で」
「ふむ」
「旦那様がいない間に、ルナ殿が皆に話していたのじゃ。旦那様は元々別の世界から来たお方じゃと。元の世界と時間の流れる早さが違うのなら、旦那様が元の世界に戻られたらそれが今生の別れになってしまうかもしれぬと。時の流れにより全てが引き裂かれてしまうのでは無いのかと、とても不安だったのじゃ。でも、でも、これからも相手をするということは今後も旦那様が妾達と同じ時間を生きてくれるということに他ならぬではないか。それが、嬉しいのじゃ」
「……なるほど」
つまりこれは、どういうことだろうな。そういえば、十年前にこの宮殿地下のボス層に挑戦しはじめる前に、神様にとって俺達の九十年がたった数日だったらしいことは既に話していたのだったか。だからもし俺が元の世界に戻ったら、あちらの一日がこちらの十年になるというその時間の流れる速度の差で一生の別れになるのでは、とルナが予想していたわけか。
なるほどな。確かに、神様が時間調整能力を申請して取得させてくれなければ実際にそうなっていたわけだよなぁ。そのあたり、本当に気の利いた設定になっていると思う。時間の流れる速度を調整可能というのは、なかなか素晴らしい能力なのではなかろうか。
だから俺は、そのあたりのことを説明しておいた。時間の流れる速度を調整可能になるから、俺は確かに他の世界にも出向することになるけれどもこの世界の時の流れは調節するので二度と会えなくなるようなことにはしないとしっかりと言っておいた。しかしそのあたりのことを説明すると、次はまた別の質問が飛びだしてきた。
「それで、アナタ。アナタの世界が私達にとって住みやすいかどうかはわかりませんが、誰かを連れていくのでしょうか?」
「む……」
「誰を連れていくのでしょうか、聞かせてくださいな。それに、何人まで行けるのかも確認しませんと――」
――この話はその後大分揉めた。揉めたので一時休戦で再び夕食後にじっくり話し合うことになった。そうしてそのまま午後三時を迎えることになる。
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1000/1/13 15:11
午後三時、俺と妻達、それに娘達に加えて息子達が宮殿一階中央の広間に集まっていた。全員は入りきらないので全員では無いらしいけどね。
この世界をクリアした俺達には、報酬が与えられる。ただしその報酬の質は立場により変わるらしいが――まず報酬のことよりも、神様がこの世界の稼働時間を購入する際にオプションで付けた諸々の特典がこの話には関係する。
神様は、神の使徒の一族に関して様々な特典を付けていた。国道だとか蘇生システムだとかはこの世界の根幹システムとして最初から組み込まれているのでそんなすぐには消えないらしいのだが、うちの家族限定の恩恵部分、特に、娘達や息子達に与えられている不老長寿の能力が引っかかるらしいのだ。
不老長寿の能力が無償で維持されるのは、俺と妻達と、ついでにマリーだけらしい。他の娘達や息子達は星歴千年三月三十一日をもって不老長寿の加護が消滅し、その時点からは普通に歳を取ってしまうようだ。老いるのは嫌だな。特にこう百年も若いまま過ごしているとそれが当然になってしまって、尚更歳を取りたくないと感じてしまうわけだが。
不老長寿の加護が消えるということは、これまでのようにいくらでも時間があるから、というのんびりとした時の過ごし方は出来なくなるということだ。特にそう、娘達はオリジナルの妻達が皆歳を取らないのに自分達だけがどんどん老いていくことになるわけだから、かなり苦しい立場に立たされるわけで。そもそもコピー体として生まれてきたのだから、全ての目標が達成されてしまった以上今後の存在意義だとかそのあたりが問題になってくるわけで。
不老長寿の加護が消えるからこそ。どんな報酬を選ぶのか、それが問題になるのだった。
報酬の受け取りは特に順番待ちなどでは無いようで。各自のUIのログウィンドウ上で、システムメッセージから選択可能な報酬を聞き出してそれにより報酬を選ぶという仕組みのようだった。では何故この広間に集まるのかというと、どのような報酬を貰うのか、システムメッセージから情報を引き出して皆で共有しようということで集まってるらしかった。
ついでに、重要な案件もここで発表するということで。具体的には何かというと――
「皆さん。ヒロは今後、新人の神様としてこの世界と別の世界を行き来することになります。ですから、この人がこの世界を統治するというわけにはいきません。これまでもそうでしたが、これからも基本的には私が仕切っていきますからね。皆さん、改めて宜しくお願いしますね」
というわけでして。ルナはもう昔から一族全体のあれこれを全部取り仕切っていたわけだけども、今後もその総責任者になってくれるらしい。確かに、俺が無責任な分責任持ってあれこれ管理してくれる人は必要だ。ルナがその役目を担ってくれるのなら、それは素直に喜ぶべきだろう。
だから、ルナは俺達皆にとっての家、この世界を妻として今後も守ってくれるというわけだ。その代わり、ちゃんと家には帰ってきて、ついでにしっかり子作りもしていけという話らしい。子作り自体が気持ち良いし、子供が増えるのも嬉しいから今後もよろしくね、というそんな感じらしい。うん、こちらこそよろしく、という感じだけれども。
ちなみに、帰って来ている時には子作りしようというのはルナに限った話では無いようで。妻全員から熱烈にお誘いを受けてしまった。でも、今までみたいに皆一気に相手されるのは嫌なんだってさ。絶対にとは言わないけれど、これからはちゃんと一対一で丁寧にしてね、と強くお願いされてしまった。うん、まぁ、それは良いんですけども。
そんなわけだから。だから妻達はこの世界のクリア報酬として、何より先に「子供を生める上限人数五十人の限界突破」を取得していた。不老長寿特典は妻達は元から継続しているので取る必要が無いし、報酬は必ずしも今全てを受け取る必要は無く、取り置き可能なのだそうだ。だから妻達が選んだのは基本的にもっと子供が生めるようになる特典だったわけで。
それよりも問題は娘達の方だった。
コピー体の娘達は、この世界を攻略する為に生み出された存在だった。四獣を倒すまでは戦力として、四獣を倒した後は各地で応援ゲージを集める為に世界中の人々を接待して頑張っていた。要はウェイトレスさんみたいに給仕したりだとか料理を頑張って作ったりだとか、あるいはその大元の小麦や米を育てたりだとかお酒やその他調味料を生産したりだとかしてた。
でもそこらへんの役目が終了してしまったし、このままだと四月一日から徐々に歳を取ってしまう。だからこれからどうするのかを考えて、報酬を選ばなくてはいけないのだが――
娘達が選んだ報酬。娘達に与えられた選択肢はこのようなものだった。
まず最大多数派は、即時転生報酬。蘇生装置の応用なのだそうで、今ある自分の身体を分解して魂はそのままに別の人間に生まれ変われるそういう報酬だ。生まれ変わる際の肉体年齢は十六歳から二十歳まで選べるらしい。元々うちの娘達は皆美人なので、今と同じぐらい美人な別人に即時転生出来るそうだ。
この報酬を選んだ場合は、転生して出てくるのはこの世界に設置されている蘇生装置からになるみたいだ。転生後はコピー体では無い姿を持った新しい個人として家を出て働いていくことになるが、それでも一番わかりやすくて納得安心の報酬だということで選ぶ娘の人数は多かった。
そして二番手を飛ばして三番手、それは異世界転生報酬。この世界は既に攻略完了していて目標が無くなってしまっているが、神のデザイン世界は幾つも存在しているのでまだ未完結の別の世界へ、別の人間として転生して赤ちゃんからやり直せるらしい。その際前世の記憶をどの程度残すかというのも調節出来るようだ。前世の記憶を全部消し飛ばす娘もいるみたいだけどね。
一応性別はちゃんと指定して転生出来ることと、それなりに良いスペックで誕生出来るように条件を優遇してくれるらしい。うちの娘達は当然、異世界でお金持ちの可愛い美少女として転生することを希望しているみたいだけれども、条件を厳しめに設定すると転生の順番待ちがかなり発生しますよということをシステムメッセージ側から念押しされたのだそうだ。
報酬四番手は、今のコピー体の身体のまま不老長寿の加護の延長及び、コピー体特有の子作り制限ルールの突破というものだった。うちの娘達は見た目は母親の完全な生き写しなわけだけれども、母親が美人なのだから当然娘達も必要十分に美人なわけで。だから、コピー体の娘特有の制限である、コピー体はコピー体の娘しか生めないという制限を取っ払うことと、コピー体の娘が生める子供の人数が少ないという制限を取っ払って本来の上限五十人に戻すことが出来るのだそうだ。ついでに新しい自分固有の別の名前も貰えるのだとか。
ただし、この報酬が選べるのは娘達のうち極一部だけらしかった。具体的には第一世代、直接ルナやリース、オリジナルの妻達が生んだ娘ぐらいしか選べなかったらしい。それ以外の娘でも稀に選ぶことは出来たようだが、少なかったようだ。
報酬五番手以降は色々細かくて少数派だった。この世界で赤ちゃんからやり直すとかもあるらしいけれど、赤ちゃんからやり直すよりも十六歳から二十歳の美人さんでやり直す方が手っ取り早いだろう。ちなみに、即時転生報酬の場合はちゃんと身体は処女になるのだそうです。
そこらへんはさておき、報酬二番手、これは非即時転生報酬だった。非即時、つまり順番待ち。では何の順番を待つのか?
それは、再び俺の子供として生まれてくるという選択だった。誰の子供として、どんな形で生まれてくるのかまでは指定出来ないけれども。それでも確かに俺の子供として、その自覚を持って再び生を受けるという選択であるらしい。コピー体ではない、ちゃんとしたオリジナルの子供として再び生まれてきたいのだそうだ。――俺としては、なかなか泣かせる話だった。俺のワガママで犠牲になったようなものなのに、俺の子供として再び生まれてきてくれるだなんてとても慕われているよな、うん。
娘達はそんな感じだった一方で、息子達の方はどうだったかというと。息子達の多くは転生報酬などは受け取らず、されど不老長寿報酬は選べない様子だった。つまり今まで百年間二十歳で年齢が止まっていたけれど、今後は歳を取るしかないわけだな。だから大体は保留していた。なんでも、ハゲたらその時にはハゲを抑えてふっさふさに戻したり、精力減退して辛くなった時にはビンビンに戻したり出来るらしいよ。ちょっとずつ小さい報酬で受け取ることにしたみたい。まぁそういうのもアリだよね。
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他の娘達や息子達がそのように報酬を選んでいた一方で、問題となるのは二人。
マリーとブロントである。
ブロントは俺を避けている様子だったのだが、しかしマリーに引きずられて俺の前までやってきた。……これから起こる出来事は色々とアレなのだけれど、しかし避けては通れない。俺も覚悟するしかないよな、うん。
「おとーさん!ブロントを連れてきたよ」
「うん。別に父さんは連れて来いだなんて言ってないけどな」
「うん、わかってる。けれど、ブロントのいない場所で実行するわけにはいかないから。お父さんもそろそろ覚悟決めてよね!」
「お、おう」
うむ。覚悟、覚悟ね。それは何の覚悟かな。恨まれる覚悟ということで良いのか?
俺の正面に立ったブロントは、こちらを凄い顔で睨みつけてきた。うわっ、めっちゃ怖い。すっげー恐ろしい。なんという表情をしやがるんだ、この息子は。
「父さん……いや、親父。お前、考え直す気は無いのか?」
「うむ……無いな。これは前から決めていたことだ。今更撤回する気など無いぞ」
「くっそ。俺の人生って、なんだったんだよ。このままでは俺の寿命がストレスでマッハなんだが。俺、あんなにも頑張ったのに不老長寿報酬は選べないんだぜ?俺がこれまでどれだけ頑張って来たのか、親父は理解しているのか?」
「理解はしているんだが……すまないな。父さんにも譲れない部分があるんだ」
俺がそう強い眼差しで返してやると、ブロントは軽く舌打ちしてから今度はマリーの方を見ながら続ける。
「なぁ、マリー。俺達、今までずっと夫婦をやってきたじゃないか。俺は俺なりに一生懸命、誠意を持って君を愛し続けていたよ。君がずっと父さんのことを見ていたことぐらい、わかっていたさ。それでもいつかは通じてくれるだろうと思って、俺なりに一生懸命思いを伝えてきていたんだが」
それは確かにその通りだった。ブロントはずっとマリーの傍で戦い、彼女を守り続けてきた。ナイトとして本当に立派に仕事をしてきたんだ。俺の代わりにずっとマリーの傍についていてくれて、そのおかげでマリーは俺と離れていても寂しくならず戦い続けられたはずだった。
ブロントは、俺とリースの最初の息子は本当に紳士的だったんだよ。心の中では裏切られているのに、それがわかっているのにマリーを抱いていた。この世界では、性行為を行わなければHPが上昇しない。だからブロントはマリーのHPを上昇させる為に、いくら抱いても子供が出来ないのに、ずっと彼女を抱き続けていた。
それに、最初のハーレムの妻達が歳を取って子供を生むのには不適合になって実家に帰っていったけれども、ブロントは新たにハーレムを作ることはせずにずっとマリーと一緒に戦い続けていたんだ。ここまで尽くしても心が通じず裏切られるというのだから、こんなに非道い仕打ちは無いのではなかろうか。
だからマリーは、このように返す。
「……うん、わかってる。ブロントは本当に私のことを大切にしてくれたよね。お父さんも言っていたけれど、貴方は本当に素晴らしいナイト様だった。だから――本当にごめんなさい。謝って許されることじゃないのはわかってる。けれど、ごめんなさい。――お父さん、だから、決断をお父さんに委ねても、良いかな?」
おや、どういうことだろう。
「お父さん、お願い。私をお父さんのものにするか、それともブロントの為に私を譲り渡すのか、お父さんが決めて」
……ふむ。
あの。
つまり俺が全部の責任を丸被りしろってことなんですかね。
「えっと」
「お父さん」
「……父さん」
「うむ……なんというかその……」
まぁ、うん、ここはズバリ言うしか無いよな。ごめんな、父さんごめんな。
「ごめんなブロント。父さんはやっぱマリーのことが好きだから、自分の物にするわ」
そう、言い切ってやった!
その瞬間、マリーの身体が輝き出す。ついでにブロントの身体も輝いた。何やらガラスが砕けるような音がパリンパリンと鳴り響いている。これは何が起こっているんだろうな。大体の予想はつくが。
俺はマリーと以前から話していた。この世界のクリア報酬には、マリーの心と体の両方を処女の状態に巻き戻す報酬があるのだと。そしてその報酬は、結婚状態も解除し全てを無かったことにする。全てを吹き飛ばして!ってことらしい。
光が納まると同時に、マリーは俺の胸の中に飛び込んできて、ブロントはその場に膝をついて苦しんでいた。
「おとーさん!これで私はおとーさんのものだよ!」
「そうかそうか」
「えへへへへー」
「……ところで、ブロントの方には何が起こったんだ?」
膝をついて苦しむとか、明らかに何かが起こっているはずだが。
「えっとね、私はなんだか身体がすっきりしたのと、何か色々全部記憶が飛んじゃったみたいだよ。確かおとーさんと一昨日すっごいお楽しみしたはずなのにそのあたりの記憶まで含めて全く思い出せなくなっちゃってるの。おとーさんとのことはまだかすかに覚えているんだけれど、ブロントと何があったのかは綺麗サッパリ忘れちゃったみたい」
「……ふむ?」
「……親父、これ、えげつないわ。百年かけて愛を育んできたはずなのにその記憶がほとんどぶっとんじまってるんだが?何故マリーのことを愛していたのかまで思い出せなくなっちまってる。俺の思い出がごっそり持っていかれちまったみたいだ。なんてことしてくれやがる」
「そ、そうか。なんというかすまんな」
「……」
ブロントがこちらを凄い表情で睨み付けてきていた。うん、こえーわ。元の顔が彫りが深くて男前な分すっげー怖いわ。それ心の弱い人なら目だけで殺せるんじゃね?
「……よし、俺も報酬決めたよ。親父、いいよな?」
「ん?何がだ?」
「素直に受け取ってくれよな?」
ブロントはそう言いながら、自分の首のところに手を回していた。何をするのかなぁと観察していたが、どうやらネックレスを首から外していたらしい。
ブロントのネックレスとは何か?それは以前マリーに呼び出されて最初に見せて貰った、ダイヤの結婚指輪のネックレスである。ハーレムのお嫁さん達、マリー以外の三十六人分のダイヤの結婚指輪をネックレスに全部くっつけてまとめてあるのだ。妻達とのペアリング全てを指に填めることは出来ないということでブロント自身が考案したものだったのだが。
ブロントはそのネックレスを器用に指に絡ませるように固定して、それからこう宣言してきた。
「親父!歯ぁ食いしばれぇェェ!」
「えっ?」
俺の視界の中で、スローモーションでブロントの右手が迫ってきた。その手にはガッチリと、まぁ三十六個分ダイヤの結婚指輪がついているようで。あ、これ殴られたら痛そうだよな。でもこの世界ではPK禁止だしそんな殴って痛くなるようなことは無理だよなぁ、などと考えていたのだが――
俺はそのまま、HPバリアなんて無かったんや!って勢いで殴り飛ばされた。ええそれはもう、数メートル吹っ飛ぶ感じで。すっごい痛い。痛いなんてものじゃない。ナンデ?この世界じゃそんなこと起こらないはずなのに、ナンデナンダゼ?
ちょっと理解出来なくて苦しんでいる俺のところにブロントがやってきてこう告げる。
「ふぅ、一発殴ってすっきりした。俺が選んだ報酬はな、親父を殴れる権利だよ。このPK禁止の世界では、親父を殴る為にはわざわざ報酬で受け取るしかなかったんだ。ルールを超越する分、決して安くはなかったけどな。……あばよ、親父。マリーのことを大切にしてやってくれよな」
ブロントはそう言い捨てて、どこかに去っていくようだった。俺は床とキスしてたからわからんけども。あー、なんだこれ。すっげー痛い。めちゃくちゃ痛い。HPバリアのあるこの世界じゃ、以前ルナに殴る蹴るされてもまったく痛く無かったのになぁ。あぁ……ある意味新鮮だわ、うん……
そんな感想を頭に浮かべつつ、俺の意識は闇に落ちた。奥歯が揺れるどころか普通に意識刈り取るだけの威力があったよ、ダイヤの結婚指輪のネックレス。
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このようにして、俺達一族の物語は終わりを迎えた。
娘達や息子達はそれぞれにこの世界のクリア報酬を受け取り、それぞれの道を歩んでいく。妻達はこのまま俺の妻でいてくれるみたいだし、マリーはこれからずっと俺と一緒にいてくれるみたいだけれども。
マリーの個人カードは、ブロントとの婚姻関係が綺麗に消去されて初期状態に巻き戻っていた。だから次の日には急遽結婚式を挙げてマリーと結婚した。そうしてから処女に戻った彼女を改めて抱いて、自分だけのものにした。性行為の知識が全て吹き飛んだ我が娘は、とても初々しくてそれはもう燃え上がった次第で。
神様から再び連絡が届くまでの数ヶ月、マリーを加えた妻達と改めて幸せな時間を過ごして、そうしてからようやく神様から再び連絡が入った。そして様々な能力が付与されて。俺は元の世界に戻る力を得た。
今住んでいるこの宮殿も、俺にとっては帰る場所、大事な家なのではあるが。しかしそれでも。
さぁ、元の世界に帰ろう。




