第六話「愛姫の愛」
次の日の朝。昨日と同じく愛姫ちゃんの寝室でいつも通りUIで時間を確認する。
900/5/7 8:22
いつもよりも大分遅い時刻である。
昨夜の愛姫ちゃんは懸命に俺の責めに応えていた。
愛姫ちゃんのステータスにハートマークが点く日もそう遠くはないだろう。
UIを引き続き確認する。愛姫ちゃんのステータス欄にはまだアイコンは点いていない。
クエストリストからは前回受けた「国王を訪問しよう」のクエストが消えていた。残っているのは「魔物の巣を攻略しよう」のままである。
愛姫ちゃんは隣でまだ寝ていた。
こういう場所で他の女性のことを考えるのは失礼な気がするが、ふと昨夜のジゼルちゃんとの会話を振り返る。
ジゼルちゃんいわく、好きでもない相手に抱かれるなど、たとえ購入されたにしても絶対にイヤだとのこと。
それ以外にも何か条件があった気がするがなんだったかな?そのうち思い出すだろう。
購入された嫁という点ではクロちゃんも愛姫ちゃんも同じである。
クロちゃんに関しては、コレはクロちゃん自ら好きな理由を俺に教えてくれていた。
彼女は直接触れている相手から自分に対しての愛情値を知ることが出来る。
俺が最初からクロちゃんを溺愛していた為、それが嬉しくて同じだけの深い愛を返してくれたという理由だった。
それでは、愛姫ちゃんの場合はどうなのだろうか。
彼女にはクロちゃんのような便利能力は存在していないはずだ。彼女は俺を何故愛してくれているのだろう。
ハーレムモノというのは得てして、必要十分な理由もなく相手に好かれるというケースが多いとされている。俺の個人的な意見としては、作品ごとにそれぞれ必要十分な理由はあると思うのだけどな。
その最たるものは主人公が頑張るその姿勢にヒロインが惚れるというものではないだろうか。
ふと自分を振り返ってみる。そういえば俺って頑張っていたっけ?
神様に一兆円を貰って、それで嫁を三人購入してきたわけだがそれは頑張ってるうちに入るのか?
働いている?…働いていないような気がする。
俺の知る限りではハーレムものの主人公にニートはいない気がするのだが…
理由は明白で、惚れる要素が無い主人公というのはハーレムモノとして扱いに困るからだ。
ヤバイな、なんだか少し怖くなってきた。俺は果たして愛姫ちゃんにどう思われているのだろう。
ジゼルちゃんのようにハッキリ拒否されるならともかく、拒否しないのを良いことに愛姫ちゃんの心を踏みにじってしまったのではないだろうか。
そこまで考えたところで、愛姫ちゃんが起きた。
悩んでいる最中ではあるが習慣なのでおはようのキスをしておく。
愛姫ちゃんはUI確認の為にしばらくぼーっとした顔をする。それが済んだ頃に声をかけてみる。
「おはよう、愛姫ちゃん」
「旦那様、おはようございますじゃ。今日はもうこのような時間なのですな。この時間では既にクロ殿が朝ごはんを作って待っているのではあるまいか?はよう湯浴みを済ませてクロ殿に会いに行ってくだされ」
ちなみに愛姫ちゃんのこの口調なのだが、親しい相手にはこの口調で外行きの時はなるべく畏まった言い方にしているそうだ。俺に対しては親しみを篭めてこの口調を使っているらしい。
昨日ジゼルちゃんとの代理戦闘の為に来た時は随分と別の喋り方をしていた気がする。
「そうだね、早いとこ済ませておこうか。それでちょっと、朝食の後なのだけど少し聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「…?よくはわかりませぬが、旦那様の言うことならば何でも答えまするぞ?」
その後は愛姫ちゃんと一緒にお風呂に入ってから、クロちゃんの家に戻った。クロちゃんにはちょっと怒られたけれども笑って許してくれた。
彼女はいつも俺の愛情値を確認してくる。この数値が保たれている限りは安心だから怒る必要も疑う必要も無いのだそうだ。
果たして数値が下がった時には一体何が起こるのだろうね。不安ではあるがなるべく早めに一度ぐらいテストしておきたいところである。
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朝食後に愛姫ちゃんの家に戻って例の疑問をぶつけてみる。
何故愛姫ちゃんは俺を愛してくれるのか、あるいは今も愛してくれていないのかどうかという件だ。
その途端、愛姫ちゃんの顔が真っ青になった。そしてすぐにガクガクブルブル震えだす。
「そ、それは、その…どうしても言わねばならぬのか?旦那様、後生じゃ、許してたもれ」
「何でも答えるって言ったよね?」
「う、ううぅ、それはその、いやしかし…うぅむ…」
おや、少し震えが止まってきているようだ。
コレは成功の流れか?あるいは開き直られるのだろうか。
「そうじゃな…このことは妾が墓まで持っていく気でいたが、妾と旦那様は夫婦じゃ。夫婦の間に隠し事などせぬ方が良いのじゃろう。話すより先にまず、妾は今は旦那様のことを深く愛しておる。そのことだけは信じて貰えるかの?旦那様に伝わってはおるのじゃろうか?」
ふむ、愛姫ちゃんの愛を現在感じているのかどうか?
質問に対して質問で返されてしまったが、実際どうだろうか。
そうだな、日常の行動だけではちょっと判断材料に欠けるかもしれない。
昨日の決闘代理で愛姫ちゃんがちゃんと来てくれたことはなんだかんだで凄く嬉しかった。しかしそれが愛しているから来てくれたのか、義務で来てくれたのかまでは俺には判断がつかないことだろう。
それよりも、行為の最中のことを思い出してみる。
愛姫ちゃんは最初の頃は随分と堅かったが、しばらくする頃にはとても積極的に応じてくれていた。
俺もそれに応えて最近は随分と激しくなっている。特に昨夜は長時間頑張ったばかりだし、心も体も喜んでくれているという印象を受けた。
この変化がもしも愛によるものだったならば、俺は既に十分に愛を感じているということになるはずだ。
「うん、愛姫ちゃんの愛情を最近はすごく感じているよ。でもそれが何故なのか、その理由が知りたかったんだ。知らないうちに深く傷つけたりしていないか心配だったから」
うん、ちょっと自分で言っていて嘘も方便という単語が思い浮かんでしまった。ジゼルちゃんに言われたからそれを頼りにその考えに思い至っただけなのだが。
こういう行為は最低野郎とか言われてしまうのだろうか。良心がチクチク痛む。
それを聞いて愛姫ちゃんの表情が大分緩くなった。随分とほっとしたらしい。効果はあったのだから許されても良いのではなかろうか。愛姫ちゃんは少しずつ語ってくれた。
「最初の頃は、正直な所愛情は無かったのじゃ。しかしその代わりに旦那様を大分信頼しておった…何故なら旦那様は、妾の体が腕一本から蘇生する様子の一部始終をご覧になったという話を聞いておったからじゃ」
愛姫ちゃんは死んでいたので、自分自身がどのような状態から蘇生したのかまでは自覚していなかった。愛姫ちゃんを購入したその夜に、父であるお殿様からそのあたりの話を聞いたそうだ。
「妾はこの体に自信が持てぬ。見た目という意味ではない、むしろ見た目に関しては妾もかなり自信はある方じゃ。しかし妾は、既に百度以上の死を超えこの体はもはや到底人間のものとは言えぬ状態だと妾自身が思ってしまっておる。妾は人から化け物扱いされるのが何よりも怖い。そして自分自身のことを化け物だと思ってしまっている妾自身の心が悲しい」
愛姫ちゃんの「ニッポンポンのスッポンポン姫」というあだ名も、全ては化け物扱いされるのを回避する為のものだった。
化け物扱いよりは笑い話扱いの方がマシだという苦肉の策である。
「しかしそんな妾の体を、旦那様は貪欲に求めてくださった。妾の蘇生の様子を一部始終見た上で、そんな妾の呪われているかのような体を愛していただけた。妾はとても嬉しかった。しかしそれでもどうしても妾は旦那様を疑ってしまった。許してたもれ。妾はそう、旦那様は自分の為に妾を抱いているのではという可能性を考えてしまった」
性行為による体力スキルアップは、この世界における常識であり非常に重要なことらしい。そしてこのスキルアップの機会は避妊時には一切得られない。だからこの世界では金のある男達、具体的には各国の王や王子達は体力スキルアップの為にハーレムを作り多くの女を孕ませる必要があるのだとか。だから愛姫ちゃんもその為だけに抱かれている可能性を考えたのだ。
「しかしその…行為の最中に、妾は見てしまったのじゃ、妾のスキルばかりが上がっていく様子を見てしまったのじゃ。旦那様は既に随分と熟達しておられた。じゃから妾を抱いてもほとんど意味がない状態だったのじゃ。妾ばかりが一方的に恩恵を受け、凄まじい速度で成長していくのじゃ。すぐに差が埋まるだろうとばかり妾は考えていた。しかし毎日激しく愛されても妾の成長速度は止まらず、つい最近ようやくその速度が落ち始めたぐらいじゃ。妾は旦那様を疑ったことを後悔した。この方は自分の成長の為ではなく妾を純粋に愛してくれている。その証拠と言えるのかどうか、旦那様はいつも絆値が最大まで上がるように妾に合わせてくれている。それを知った時から、妾の心はもう完全に旦那様の物になったのじゃ」
なんだかすごい話になってきた。
どうにも愛姫ちゃんのログウィンドウでもシステムメッセージのスメスさんは大暴れしてスキルアップログを垂れ流していたらしい。
えーっとつまりこれはどういうことになるんだろう。
うん、俺は愛姫ちゃんを自分のスキルアップの為に抱いたわけではない、それは間違いのない事実だ。俺は単純にエロ可愛くて強い巫女ちゃんを襲って俺の子を孕ませたかっただけだ。
しかしそれはさておき、愛姫ちゃんのスキルばかりが上がった理由は何故か?
それは俺がクロちゃんのことが可愛すぎてほぼ一日中クロちゃんとやりまくっていたからである。
クロちゃんが妊娠するその時まで毎日のようにほぼずっとクロちゃんを責め続けていた。
俺とクロちゃんの二人だけだったので俺の成長に合わせてクロちゃんも成長していた。
だからお互いのスキルアップ速度が落ちることもなく際限無しに伸びていったのである。
結論:クロちゃんのエロ可愛さが愛姫ちゃんの心を救った。だから現在は俺のことを深く愛してくれている。
その日から、クロちゃんにお願いして食事の時間以外を愛姫ちゃんと過ごすことを了承して貰った。
愛姫ちゃんが妊娠する日もそう遠くないはずだ。そして愛姫ちゃんが妊娠してしまえばそれ以上は愛姫ちゃんを強化出来なくなってしまう。
だからその日が来る前に、とことんまで愛姫ちゃんの体力スキルアップの為頑張ることにしたのだ。
実際にやっていることはアレなのだが、愛姫ちゃんは喜んで俺の行為を受け入れてくれた。
愛姫ちゃんの体力スキルはどんどん上がっていった。0.4ずつ上がっていたスキルはじきに0.3になり、ついには0.2の数字が出現するようになった。
そんな日々を一週間余り続けた結果。
900/5/15 9:20
ようやく目を覚ましてUIを確認すると、愛姫ちゃんのステータス欄に妊娠中を示すハートマークが点灯していたのだった。
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「ようやく終わったのですのね…正直隣としては良い迷惑でしたわ。昼夜問わずに一日中、特に夜はあんな夜遅くまで声が隣から聞こえて…少しはわたくしの身になって考えてくださいませんこと?」
愛姫ちゃん妊娠の報を皆に伝えているとジゼルちゃんがそう愚痴った。
ここしばらくジゼルちゃんにはまったく会っていなかったのだが、どうやら全て聞かれていたらしい。
わざわざ全部聞く必要も無いと思うのだが、別の家に移ったりしないあたり肝が据わっていると評価するべきなのか?
「ですがヒロ様の行為は何も間違ってはいませんわ。愛姫様の身の安全を第一に考えるのならば、この世界の理において最も正しい行いと言えますわ。愛の深さは男の甲斐性なのです。あんなに激しく愛して貰えるだなんて、戦場に出る女にとってこの上のない幸せと言えるでしょうね。愛姫様は常人と比べて遙かに高い体力を得たことは間違いないでしょう。これならば、魔物の巣で命を落とすことも無いでしょうね」
そう語るジゼルちゃんの表情は随分と柔らかいものだった。心の底からそう考えているらしい。
ジゼルちゃんも少しははぐれモンスターの討伐をして俺には叶わない領域の武芸者である。同じ戦うものとして何か感じるところがあるのだろうか。
「…ひとつ言っておきますが、もしも魔物の巣で愛姫様が命を落とされた場合、お腹の中の子も道連れになってしまいます。愛姫様の死体を回収したならば愛姫様を蘇生することはかないますが、お腹の子までは助かりません。仕方のないこととはいえ、この世界の女にとって子を失うことは想像を絶する苦痛であるそうですわ。それはもう心が壊れてしまうほどに。愛姫様が妊娠した状態で魔物の巣に挑むという決意をなされた以上は、絶対に愛姫様を死なせるわけにはいかないのですわ。死体だけ持って逃げ帰れば良いということにはなりません。例え腕や足をもがれても必ず生還しなければ、愛姫様の心が壊れてしまいますわ」
なんということだろうか。俺は正直甘く考えていたのかもしれない。愛姫ちゃんが命を落とすことにそんなにデカイリスクがあるのか。
それならば愛姫ちゃんは戦わない方が良いのではないか?
そういえばお殿様と最初話した際、俺が愛姫ちゃんを購入した資金は愛姫の率いる軍の強化資金にあてるのだと言っていた。もうその時点で愛姫ちゃんが戦うことが決定していたのか?
俺はそのあたりのことをジゼルちゃんに聞いてみた。
「ヒロ様、ヒロ様は王城でのわたくしと愛姫様の決闘をご覧になったでしょう?愛姫様は生娘の身でありながら果敢に魔物の巣の討伐に参加しつづけ、最低レベルの体力のままにこの東大陸でも屈指の最強クラスの攻撃力を手に入れるまでに自分を磨き上げた方なのですわ。このあたりの情報はほとんど一般には出回らず、人族の王族同士の公然の秘密とされていました。わたくしはその話を少しは疑っていたのですが、実際に愛姫様の技を受けそれが事実だったことを思い知りましたわ。今の愛姫様は間違いなく人族最強の戦士。その愛姫様にヒロ様は弱点であった体力を、これもまた達人の領域で与えてくださったのですわ。…とはいっても、やっていることはあれですしわたくしはそれを聞き届けているのがあまりにも恥ずかしかったのですけれど」
うん、なんか話がちょっとそれたね。
「ともかく!愛姫様は人族最強の戦士であり、その愛姫様が戦線を離脱されては困るのですわ。それでは他の多くのものが命を落とし、命を落とすだけならまだしも死体の回収すらままならず復活することも出来なくなってしまうでしょう。愛姫様がやられた時点ですぐに全力で引き返しているからこそ、ニッポンポン国の兵士はほぼ全員の生還を可能にしているのですわ。我がユーロ国が魔物の巣を討伐する際には、全員の生還などはほぼ叶うことがないのですわ」
なんともすごい話だ。
俺は正直愛姫ちゃんのことを侮っていたかもしれない。彼女は本当にスゴイ人だった。
そしてそんな彼女が今は俺の妻で、そして俺のことを深く愛してくれているのか…
俺はもしかしなくてもとんでもない幸せ者で、それに応える必要があるのではないだろうか。
俺は早速愛姫ちゃんを訪ねた。
既に妊娠中マークがついてしまったが、更に愛姫ちゃんを強化することは出来ないものだろうかと。
愛ゆえの行動ではあったが、愛姫ちゃんは苦笑い。気持ちは嬉しいけれどどうにもならないらしい。
「旦那様、すまぬ、すまぬ。愛ゆえのことじゃというのは妾も本当によくわかった。妾も旦那様のことを深く愛している。しかしどうしても体が言うことを聞かず旦那様を避けてしまうのじゃ。なんとかしたいがこればかりはどうにもなりそうにない。許してたもれ」
ガーン!気持ちだけが空回りしてしまった。
それもそうか。何故ならあんなに俺を深く愛しているクロちゃんでさえ妊娠した途端に完全ノーセックス状態になってしまったのだ。
しかしこの想いどうしてくれよう。フラフラとその足がジゼルちゃんの家に向いてしまった。
ジゼルちゃんはこの流れを予測していたらしく、家に入ってきた俺を思いっきり睨んできた。
そして両腕をクロスさせてバッテンマークを作る。そして大声で言い切った。
「お断りですわよ!」