第十一話「天罰」
今まで改めて説明する必要もないので繰り返し説明してこなかったことであるが。
俺の左手の薬指には、宝石が嵌め込まれていない、模様だけが刻まれたプラチナリングが填められている。クロちゃんを購入した初日に、ホテルに行く前に購入したものだ。
この世界では結婚指輪、ウェディングリングに相当するものはあまりメジャーなものではない。この世界における結婚は、指輪の交換ではなく個人カードと結婚魔法を用いて行われる。
一般人については簡単な内容の、ただ結婚しているという関係を記すだけの結婚魔法をかけるらしい。
俺が今まで経験してきた結婚魔法は一般人がそう易々とは用いない強制力の強いもので、そちらの結婚魔法をかけた場合のみ互いに絶対に離婚不可能になるのだという。
上位の結婚魔法は相手を購入した場合にのみ使用が許可されており、主に愛玩奴隷という名の婚活女子を金銭にて購入する際にのみ用いられる。そう、クロちゃんの時のように。
一国の姫に対して上位の結婚魔法がかけられることは基本的にはあり得ない。
理由は二つ、まず一つ目は一国の姫を購入するだけの資金を用意出来るものがほとんどおらず、そして一人の女に対してそのような高額を払うようなことは体面上許されるはずがないということ。
二つ目は資格だ。各国の姫を購入する資格というのは相当の功績を挙げなければ得られないものであるらしい。特に一般人がその資格を得ることはその生涯を費やしてもまずムリであろうということだ。
神の使徒は、人を購入する権利を初めから高い状態で所持しているらしい。つまりそれが神から与えられた神の使徒の特権である。
しかしそんな神の使徒であっても、何の功績も無しでは各国の姫を購入可能な領域にまでは届かない。この世界の異常に強い魔物の、それも大量に魔物がひしめく魔物の巣を攻略することで初めて、各国の姫を購入する資格を得るのだ。
話が逸れてしまった。今は指輪の話である。
今は北大陸にきており、愛妻のクロちゃんは東大陸の屋敷に置いてきた。クロちゃんからの手紙には、俺の帰る場所、俺の居場所を守るのだと書いてあったが。
今はクロちゃんとは会えない、だからこの指輪が、手に触れられる距離にあるクロちゃんとの絆である。
繰り返すが、この世界では結婚指輪はメジャーなものではない。
俺は既に愛姫ちゃん、ジゼルちゃん、それに加えてトルッコのフリマさんの三人と結婚してしまっているが、結婚指輪はこの最初にクロちゃんと出会った時に買ったこの1つだけである。我ながら、元の世界の基準で考えれば酷すぎるのではないかと思う。
しかし、クロちゃんとの指輪だけで良いかな、とは心のどこかで考えてしまっていた。
愛姫ちゃんやジゼルちゃんのことも、俺は深く愛している。
それは事実なのだが、心のどこかでクロちゃんよりも次になってしまっていることは確かだった。
フリマさんに関しては、彼女の要望で彼女の為にトルッコ王族の次代を担う男児を愛の奇跡により狙って孕ませたものの、そこまで深くは愛してはいないことも自覚していた。
嫌いではないし、好きかといえば確かに好きなのだがそれほどでもない。我ながら本当に酷い奴だと思う。
しかし、リースは、
リースとの結婚指輪は、欲しいと考えてしまっている自分がいた。
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目を覚まして俺は、UIで時間を確認する。
900/7/17 9:47
大分遅い時間ではあるが昨日よりも早い。隣に目をやると、リースが優しい笑顔でこちらを見ていた。
「おはよう、リース」
「おはよう、ヒロ」
昨日指摘されたことを思い出し、リースに朝の挨拶のキスをする。彼女はそれに素直に応えてくれる。
キスをしながら、彼女からの深い愛を感じていた。
まだ出会ってから三日目だというのに、彼女の存在が俺にとって必要不可欠なものになってしまっている。
口を離した後、しばらく彼女と抱きしめ合う。彼女の体の柔らかさと温もりが俺に伝わってくる。
今まであまり意識したことはなかったが、この間寂しがりやだと指摘されたことでそのことを考えていた。
俺にとってこの人肌のぬくもりは無くてはならないものだった。リースとの初めての夜の際、彼女を抱く前にそのことを指摘された。何故か彼女は俺以上に俺のことがわかってしまうらしい。
抱擁を緩めた。リースが俺の顔を見ている、視線と視線が交わっている。
俺は前世では人と目を合わせることが苦手だったのだが、この世界に来てからは大分変わってきていた。俺のことを愛してくれている相手からの視線には、確かな愛を感じる。俺自身にはわからないが、俺の視線も相手に対してちゃんと愛を伝えられているのだろうか。
リースがそのまま、俺に対して語りかけてくる。
「ヒロって、割と忘れっぽいでしょう?」
「え?うん」
そう、俺は前世でも忘れっぽいとよく言われていた。
あれこれ何でも忘れることで己の心を守っているという側面があったことも自覚していたが。
「ヒロは私に前世の話をする前に、この世界でのこれまでのことをほぼ全て話したつもりだったでしょう?でも色々と抜け落ちているわ。大事でないことならばそれでも良いのだけれど、大事なことまで話し忘れるのはあまり褒められた話じゃないと思うわよ」
そう語るリースの表情はどこか拗ねているようにも見える。そんな彼女の一面もすごく可愛くて愛しかった。しかし今はまず彼女の言葉の意味を考えてみる。
ふむ、一体なんだろう?。彼女に伝え忘れていた大事なことは何があっただろうか。
「指輪よ」
指輪?…あっ!
「貴方、いつも左手の薬指に指輪をしているでしょう?ちょっと妬けちゃうじゃないの。一昨日の話では指輪のことなんて一言も言ってなかったじゃない。今日はそのことを話して貰うわよ」
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リースと一緒にお風呂に入り、少し魔法の練習をしてから昼食を食べた。昼食後は城の庭園に移動して昨日や一昨日と同じく芝生の上に座る。そうして彼女を後ろから抱きかかえる姿勢を取る。
元々は昔から相思相愛だった隣国のハイエルフの国の王子と結婚する予定だったリースである。本来は俺が極悪非道の悪者であり、彼女は俺を憎んでいるはずだった。
今はそれどころか深く愛し合う仲になっているが、周囲からは状況だけを考えればきっとそうなっているだろうと思われているだろう。
なので、城内で実際に俺とリースが仲良くしている様を見た人は皆同様に驚愕している。軽く驚くというだけではなく、体まで動いてものすごく驚く人ばかりだ。エルフ族が身体的接触を伴うコミュニケーションを苦手とすることも関係している。
「前にも話したかしら。エルフ族はね、獣族のような身体的接触のコミュニケーションは苦手としているのよ。その代わりに心と心で触れ合うコミュニケーションを密にする傾向があるわ」
「ふむふむ、それって実際にはどれぐらい?」
「そうね、すごく仲の良い夫婦でも行為の最中以外は手と手を繋ぐのがやっとなんじゃないかしら。公衆の面前で腕を組んだり抱きついたりなんて出来る人は滅多にいないわね」
ふーむ。随分と奥手というかウブというか。これなら確かに、エルフ族と獣族がわかり合えないのもムリは無い気がする。しかしその割にはリースは俺の行為を普通に受け入れてくれるのは何故だろうか。
「えっと、リースは恥ずかしくないの?」
「聞きたい?」
「うん、聞きたい。初日は手を繋いだだけで震えていたし」
「ええ、そうよ」
おや、どういうことだろうか。
「恥ずかしいわよ。今こうしていることだってすっごく恥ずかしいわよ。でも恥ずかしいのに恥ずかしくないの。だから耐えられてるのよ」
「どうして?」
「嬉しいからよ。ヒロのことを信頼していて、愛しているから、嬉しいから普通にしていられるのよ」
うわー。今度は俺の方が赤面してしまった。やばい、本当にリースは可愛いなぁ。後ろからぎゅーっと抱きしめてしまう。
彼女は俺の抱擁を黙って受け入れてくれる。うん、そのことも嬉しい。
しかし抱きしめられながらも、リースが話を続ける。
「そろそろ話を戻すわよ。指輪についての話をしなさい」
「ああ、うん」
俺はリースに指輪のことについて話した。
ユーロ国だけではなく人族全般がこの世界では何故か宝石を嫌っている。西大陸に住むドワーフが宝石を産出する関係で、西大陸に住むドワーフと東大陸に住む人族との間の仲は悪く、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いということなのか、人族は宝石を嫌ってしまっている。。
だからそれが原因で、こんなにシンプルな宝石無しのプラチナリングになってしまったことを話した。
それに加えて、俺が元いた世界では指輪はメジャーであったことも話す。そうして、それを知っているにも関わらずクロちゃん以外との結婚指輪を買っていないことも話した。
となれば当然、話はそちらに向くことになる。
「ねぇ、私とは?」
「ん?」
「ん?じゃないわよ。私との指輪は欲しくないの?クロちゃんは良くて私とはいらないの?」
「えっと、それは」
「真剣に考えてね。いい加減な気持ちでリップサービスで言われても何も嬉しくないわ。私との指輪が欲しいのか欲しくないのか、貴方の本当の気持ちを私に聞かせて?」
うん、それはその。
リースは本当にそのあたり抜け目が無いな、などと考えてしまった。本当に俺の心が俺以上にわかってしまっているのだろうか。勝てるとわかっているからこそこのように攻めてくるのだと思う。
「欲しい」
「どれぐらい欲しいの?」
「すごく欲しい。リースとの繋がりを示す証拠として、心の底から君との結婚指輪が欲しい」
そう、それが今の俺の素直な気持ちだった。
リースが俺の腕を抜け出して俺に対して向き直るように芝生に座る。両足を左右の外側に折り畳んでペタンと座っているその姿勢も凄く可愛くてステキだ。距離はかなり近い。すぐ目の前に彼女の顔がある。
「合格よ。明日あたりすぐに買いに行きましょう。でも今日はダメよ、私にも私なりの準備というものがあるのよ」
「うん、わかった」
「愛してるわ、ヒロ」
リースはそういうと正面から俺にキスしてきた。俺はそんな彼女を抱きしめた。
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その後は、リースと密着しながら魔法の修行を続けた。密着するのはもちろん、そのことによりMPの自動回復量が大幅に加速する為である。
リースいわく、一切何もしなくても全ての人のMPは徐々に回復していくものらしいが、すぐにガス欠を引き起こしてしまうので使用回数が限られてしまうらしい。
相思相愛のラブラブカップルのみが高速のMP回復を頼りに魔法を連発出来る。
ただしこの世界には攻撃魔法が一切存在しない為、攻撃魔法無双は出来ないのだが。このあたり良く出来ていると思う。神様は無双ゲーに反対しているらしいな。
俺はちょっと気になったので、リースをからかいたくなったのもあるがこんなことを言ってみた。
「なんだかこの世界の魔法って、恋の魔法というか愛の魔法って感じがするね」
「私もそう思ってはいるけれども、それを口にしちゃ絶対にダメよ。限られたMPで止血魔法を前線で施す独身男性の救護班の方もたくさんいるのだから、その人達に失礼よ」
「あー…そういうことになるのか」
なるほど確かに魔物の巣攻略時にもたくさん男性の救護班を見かけたのだった。
確かに愛の魔法だとか言っていたら、この世界ではPK不可能なので後ろから刺されないにしても、呪い殺したくもなるだろうな。うん、絶対に口に出さないようにしておこう。
魔法の強度や俺とリースのMP量は昨日よりも大幅に増えているようだった。体感で五割増しぐらいだろうか。
リースが使うラブラブカップル限定の避妊魔法は、確かに実益の面において効果絶大であるようだ。しかしなんだろう。濫用すると確か天罰が下るのでは無かったか?。
少し不安ではあるが、リースから説明してこないというのならまずは彼女のことを信じよう。
その日の夜も、リースと激しく愛し合った。何故か行為の前にしばらく別室で待たされたがそれはなんだったのだろうか。
その夜のリースは昨夜よりも更に積極的になっていた。俺はリースと深く愛し合い、魔力としてその全てを彼女に注ぎ込んだ。
「明日が楽しみね。おやすみなさい、ヒロ」
そんな彼女の言葉を最後に聞いて、俺はそのまま気を失った。
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目を覚ました俺は、UIで時間を確認する。
900/7/18 9:12
隣に目をやると、今日もやはり既にリースは起きていてこちらを見ていた。俺に対しての確かな愛を感じる彼女の視線。
声をかけるよりも先に彼女に朝の挨拶のキスをする。それから声をかけた。
「おはよう、リース」
「おはよう、ヒロ。挨拶よりもキスが先なのね、覚えておくわ」
彼女と軽く抱擁しあう。しかし今日は何か伝えることがあるみたいだ。
「ねぇ、ヒロ。貴方、UIはちゃんと確認しているの?UIの確認は大切なことよ。私の相手をしてくれるのは嬉しいけども、忘れてはいけないわ」
「え?うん」
「この世界の神様は意地悪よ。私もこれまでもとんでもないクエストをやらされて辟易しているわ。でも、もしもやらなかった時のことを考えると恐ろしいのよ。神に背後から一突きされるだとか、そんなことあるはずもないとは思うけど怖いのよ」
「そうか、そこまでは考えたことが無かったよ」
考えてみれば不思議な話である。普通はゲームのクエストといえばクリアすることにより何かしらの報酬があるものだが、神からのクエストには直接の達成報酬が存在しない。実際にはクエストを進めていく内に俺は十分な報酬を受け取ってはいたが、それが直接のクエストの報酬とは言えないのではないだろうか。
何故この世界の人々はクエストを素直にこなすのだろう。ただ俺は今までクエストをこなすことで、随分と展開がご都合主義であるな、とは感じていたが。
「とにかく、UIはちゃんと確認しておきなさい。何かあってからでは遅いのよ」
「うん、そうしておく」
素直に彼女のいうことを聞いてUIを確認する。
まず最初に確認したのはクエストリストだ。前回受けたクエスト「略奪愛」は既に消滅していた。何とも非道い、極悪非道なクエスト内容ではあったがそのおかげで最愛の人、リースを手に入れることが出来た。彼女は絶対に他の相手には渡したくない。彼女を手に入れられたことについては、あのクエストに感謝するべきなのだろうか。
ともかく、今のクエストリストには何もない。次にパーティーリストを確認する。
そこには当然俺の名前があり、その下にリースの名前が出ている。ヒロ=アーゼス。リース=アーゼス。夫婦であることを示すその名前表示が、二人の繋がりを示しているようで少し嬉しい。
右上の地図を確認する。そこには二つの地図が左右に並んでおり、右は周辺地図、左は世界地図になっている。
左の世界地図において、北大陸を示す扇形のうち、右側中央部に現在位置を示す星マークが表示されていた。
この表示を見ると、改めて俺がこの世界に降り立った東大陸ではなく北大陸に来たことを感じさせられる。
なんとも形がシンプルな世界ではあるが、シンプルであるがゆえにとんでもない仕掛けがあるということは、魔物の巣討伐時に大陸中央部の神が作った銀色の道「国道」が中央大陸に向けて伸びた時に、確かな予感として感じさせられた。
色々と感じるところは多いがUIは普段通りその情報を表示しているようだ。特に、クエストがまだ発行されていないことだけは確かである。
「うん、大丈夫みたいだ。クエストも今は無いみたい」
「本当に?もう一度良く確認してみなさい。時間差攻撃をしてくることもしょっちゅうあるのよ」
「そうなのか」
うん、確かにそこらへんの意地の悪さはこれまでも経験しているような、していないような。決して油断出来ない相手だという印象はある。最近のシステムメッセージのスメスさんは、主に夜のリースのスキルアップを伝えることがメインの仕事になっているが。
UIを再び確認して目を走らせてすぐに、例の黄文字がログウィンドウに飛び込んできた。
Smes:新たなクエストが発行されました。クエストリストよりご確認ください。
…来たか。確かに新たなクエストが来た。リースはまるで俺にクエストが来ることが分かっていたかのようだ。早速クエストリストを確認してみる。
クエスト:天罰
目標:この世界における天罰についての知識を得ること
…なん、だと?
クエスト:天罰
この世界における天罰についての知識を得てください。この件に関しても極秘事項であるがゆえにTIPSには載っていません。通常通り生活する限りにおいて天罰が下ることはほとんど起こりませんが、知識としては知っておくことを推奨します。
天罰か。これはやはりリースの避妊魔法に関するクエストだと見て間違いないのだろうか。
俺がUIの確認を終了すると、俺に何かあったことを察したリースが真剣な面持ちで話し掛けてきた。
「何かあったのね」
「あぁ、新たなクエストが発行された」
俺は正直に話すことにする。リースに何か隠し事をする必要も無いだろう。彼女は俺のかけがえのないパートナーだ。
「そう、クエスト名を言いなさい」
「天罰、だった」
「クエスト内容は?」
「天罰についての知識を得ること。知っておけと書いてあった」
「そう、私と同じね」
「そうなのか?」
リースが俺にしつこくUIを確認しろと言ってきたのは、彼女が同じクエストを受けていたからなのか?しかしそれは何かおかしいだろう。彼女が天罰についての内容を知らないだとは到底思えない。
「クエスト名は同じよ。ただし。私のクエスト目標は、天罰を甘んじて受けることだったわ」
俺はリースに天罰の内容について聞こうとはした。しかし彼女は教えてはくれなかった。甘んじて天罰を受ける以上、俺にそのことを教えるわけにはいかないらしい。
「ヒロ、私を信じて頂戴。悪いようにはしないわ。私にとっては辛いことだけれど、天罰を乗り越えさえすればきっと今よりも幸せになれるはずよ」
そうして、朝のベッドでの二人の会話は打ち切られた。
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900/7/18 11:02
今日はリースとの結婚指輪を買いに行く約束をしている。だから二人仲良く首都ロンロンの王城から外に出た。
彼女はクロちゃんと同じように、左から抱きついてきていた。
左であることに何か意味はあるのだったかな?心臓とか利き手とかが関係していただろうか。俺は左手を彼女の腰に回した状態で彼女と共に歩く。
「指輪を買いに行くのは最後よ。今日は色々と回らないといけないから」
リースはそう言っている。心なしか割と真剣な表情である気がする。
どこに行くのかと思いきや、最初に連れて来られたのはこのエルフの国アルフヘイムの首都教会だった。
「一階は、相変わらずね」
リースがそう表現するように、首都教会1階のハローワークは大混雑しているようだ。しかしユーロ国首都の首都教会の一階を見た時よりはやや人が少ないようにも見える。
リースの腰に手を回した状態で歩いていると、随分と周囲の人の目を引くようだった。チラ見ではなくガン見されている。周囲を歩く人を多少観察はしていたが、いつぞや聞いたように手を繋いでいるカップルですら稀だった。
リースと共に首都教会のエレベーターに乗る。異世界なのにエレベーターが存在するとかこういった面は便利で助かる。何階に行くのかと思いきや四階だった。
ユーロ国の首都教会では一階がハローワーク、二階が銀行、三階が役所、四階が不動産屋だったが、このアルフヘイムでも同じ構造になっているらしい。
となると、四階で降りるということは家を買うのか?何故だ。
「ヒロ、家を買うわよ」
「えっと、それは」
俺は東大陸の屋敷以外に、しっかりとした拠点を構えるのは避けようと考えていた。
「わかっているわ。あくまで一時的なものよ。買うとは言っても用が済めばすぐに売り払うわ」
「そ、そうか」
では何の為に家を買うのだろうか。そもそもどの程度のサイズなのだろう。そのあたりのことをリースは既に見抜いているのか、的確に教えてくれる。
「王族が住むにはほんのささやかな、お手伝いさんも無しの二人だけの家よ。そういうのヒロもキライじゃないでしょう?」
「えーっと、うん。キライじゃない。二人の愛の巣、みたいな?」
「そうね。その通りになると思うわ。とにかく早く手続きを済ませて、明日から引っ越すわよ」
むぅ。俺はかなり恥ずかしいセリフを言っているはずなのだがリースには普通に受け止められてしまう。もうちょっと恥ずかしがったりはしないのだろうか。しかし彼女の表情は真剣そのものだから、きっと深いワケがあるのだろうと判断した。
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首都教会ではささっと明日から住む家の購入手続きを済ませた。費用は全額俺持ちである。少しはひっかかるがそんなものなのだろう。だって俺と彼女の二人の愛の巣予定らしいからな。
リースと二人で色々買い物をして回った。色々と必要なものを選ぶ彼女はとても楽しそうだ。街ゆく人々にはガン見されているがもう気にしないことにした。
「ヒロのやった悪行は国中に広まっているはずよ。私のことを強奪した極悪非道の神の使徒だってね。誰も私とヒロが相思相愛だなんて想像も出来ないはずだわ」
歩きながらリースにそう言われた。もちろん俺の左手は彼女の腰に回しているし彼女もそれを受け入れてくれている。どこからどうみてもラブラブカップルなことは間違いない、特にこのエルフの国においてはそうだ。
「次はお土産を見て回るわよ。貴方のお嫁さん達にも、もっとエルフの国の良いところを知って貰わないとね」
リースに連れられて色々な店を回る。木彫り細工などもそうだが、牛関連の畜産製品が結構多いらしかった。食肉だけでなくバターやチーズなどの加工品もあるが、やはりオススメの品はこの首都ロンロンの名前を冠した牛乳であるらしい。牛乳ビンには笑顔のアルベロン国王のマークが描かれている。
「このお父様のマーク、わりと可愛らしくて気に入っているわ。意外に思うかもしれないけれどこの国は国王主導で畜産に力を入れているのよ。とはいっても、ある程度は国王の意志が反映されるものの教会がほとんど管理してしまうのだけどね」
うん、前からそんな話を聞いていた。教会は様々な重要な業種を差し押さえしてしまっているらしい。その分十分な人数を雇用はしているらしいが、だからといって自由に事業を開始出来ない完全管理社会というのも恐ろしいものだ。
何故か文房具屋にも寄った。リースは色々と筆記具や便せんなどを購入していた(ただし俺が払った)。俺もクロちゃんに手紙を書く為に何か買うべきだろうか。
「慣れないことはするものじゃないわよ。クロちゃんにも無理に返事はしなくて良いって言われたでしょう?お返事する代わりに今日色々とお土産を選んでいたのだから、そこまでする必要はないわ」
そうか、そういえばそうなのかもしれないな。深く考えるのはやめることにした。
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買い物が大体済んだので、最後は宝石店である。もちろん二人の結婚指輪を買う為だ。
ユーロ国の宝石店?には宝石が一切無かったが、この国の店にはしっかりと宝石が並んでいた。元の世界にあった宝石は一通りあるようだが、さて、どの宝石が良いだろうか?
しかしリースは既に買うものを決めていたようだ。
「ヒロの誕生石はダイヤなのでしょう?だからダイヤにするべきだわ」
前に俺の前世の話をした時にそのあたりのこともリースには話していた。しかしよく覚えているものだ。あれだけ多くの内容を一度に全て記憶しているのだろうか。しかし憶えていて貰えることは嬉しいことだ。
「リースの誕生石じゃなくても良いの?」
「あのね、ヒロ。ヒロの元いた世界には誕生石があったみたいだけどこの世界には無いのよ。もしそんなものがあったら人族の国がパニックになっているでしょう?」
「あぁ、なるほど」
うん、確かにそれもその通りである。人族は宝石全般がキライなのだからどうしようもない。
俺と彼女はダイヤリングを共に選んだ。色々悩んだ結果選んだのは比較的シンプルな小さなダイヤの並んだ七連リングだった。台座はプラチナである。
「余り目立ちすぎるのを選んでも人族の国で困るから、このぐらいのもので良いと思うわ。ヒロの世界でも七という数字は幸運のキーワードだったのでしょう?これぐらいで丁度良いと思うわ」
そんな流れで随分とあっさりと決まってしまった。丁度サイズの合う在庫があったようでその場で買うことにした。
宝石の値段は俺にはよくわからないが、随分と安かった気がする。プラチナリングとさほど値段は変わらないのではなかろうか。
なんでもこの世界ではドワーフが大量に宝石を産出する為、宝石自体は非常に安く手に入るらしい。
購入した指輪をさっそく着けることにする。
「ヒロが私に、私の分を填めてね」
「うん」
俺はリース用のダイヤリングを手に取り、彼女の左手の薬指に填めた。彼女は優しく微笑んでくれる。
「それじゃあ、次はヒロの分を私がつけるわよ」
「うん」
そういって彼女が俺の左手の薬指にダイヤリングを填めてくれた。クロちゃんのプラチナリングの次にリースのダイヤリングが並んだ。
「もう。他の人からはコレを見ただけで二人の正妻がいることがばれちゃうわね。でもいいでしょう?それぐらい。男は堂々としていればいいのよ」
ん?今さらりと何か言われた気がするが。
「今、正妻って言った?」
「そうよ、違うの?」
「えーっと、それは」
ふむ、どうだろうな。
クロちゃんは正妻である。ではリースはどうだろうか。
答えはイエスだ。
「あぁ、そうだな」
その時をもって、俺の正妻が二人になった。
その後は城に戻り、ここ数日と同じように過ごす。夜リースの寝室に入る前にやはり別室で待たされた。
何かしら理由はあるのだろうが、きっと聞かない方が良い結果になるのではなかろうか?リースが俺に説明してこないということはきっとそういうことなのだ。
しばらくして寝室に呼ばれ、今夜も愛し合う。
「来て、ヒロ」
リースは昨晩同様、激しく俺を求めてくれた。あまり気にしていなかったが昨日よりも激しかったのだろうか。俺の愛の全てが魔力に変換されて一気に彼女の中に吸い込まれていった。
「おやすみなさい、ヒロ」
そんな声を聞きながら、俺はそのまま気を失った。
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900/7/19 8:44
やはり徐々に気絶している時間は短くなっているらしかった。今朝は特に変わったことは起こらなかった。今日は昨日購入した家に引っ越すことになっている。
900/7/19 11:51
リースと二人、新居に到着した。本当にお手伝いさんは誰もいないようである。
それにしても随分とおかしな場所だった。ほとんど何もないところにぽつんと家が一軒建っていた。周辺はほぼ牧草地になっており、牛の姿が見える。
「なんか周辺にほとんど人いなくない?ここ」
「そうね。そういう物件を選んだのだもの。二人の愛の巣としてはピッタリでしょう?」
「確かに」
これならどれだけ騒ごうが誰の迷惑にもならないだろうなは思った。何故かこの家もガス電気水道っぽいものはしっかりと完備されていた。
いや、便利なことは素晴らしいのでこのうえなく助かるけどね。
しかしこんな場所でどうやって食料を調達したら良いのだろうか。どこにも買いに行けないわけだが。
「クロちゃんに頼んでみたら?何か必要なものがあったら頼るようにと、手紙で言われていたでしょう?」
むむむ、そうきたか。俺はクロちゃんに食料を要請することにした…二人分。
何か色々言われるんじゃないかと考えたのだが、特に返信も無しでその日から二人分の食料が共有インベントリに供給されるようになった。よくわからないけれどクロちゃんが何も言わずにそうしてくれているのは愛ゆえになのだろうか。今はクロちゃんの好意に素直に甘えることにする。
日中は一生懸命二人で密着してMP回復しながら魔法の修行をし、夜は愛し合う生活になる。とはいっても1回で全て魔力として放出してしまうのだが。
そんな生活の中で、俺は何かがおかしいかもしれないとは考えていた。
こちらに移ってから、夜のリースの態度が更に積極的になった。なんだろう、場所の変化によって何か今まで我慢していたものが解放されたのだろうか。激しく求めてくれることは素直に嬉しいのだが、どうにも違和感を感じる。
日中は魔法の修行をする。魔法は日に日に確実に成長しているようだった。
とはいえこの世界に攻撃魔法は存在しないので、全て回復魔法や強化魔法、妨害魔法などになる。
生活関連の魔法も色々あるらしい。
「恋人の性欲を高める魔法もあるわよ」
「へぇ、試してみてもいいの?」
「ダメよ、怒るわよ」
すんなり受け入れて貰えるかと思いきや怒られてしまった。
900/7/27 21:17
最近の夜のリースは、どんどん積極的になってきている気がする。これなら確かに魔法は必要ないかもしれない。
しかし俺にはまるでリースが何かの魔法にかかっているかのようにも見えるのだが。あと、行為を行う時間帯が段々と早い時間にずれこんできている気がする。
日中は相変わらずリースと密着しながら魔法の修行をしているが、最近の彼女は普段から随分と色っぽい。こちらをとろんとした目で眺めている時がある。
「ええっと、押し倒してもいいのかな?」
「ダメよ。集中しなさい」
俺にはリースの方が集中していないように見えるのだが。
---
900/8/1 20:13
今日のリースはもう完全におかしくなっていた。日を追うごとにおかしくなっていることはさすがに俺も既に気づいているが、リースはその理由を説明してくれない。だから俺から聞くことはやめておいたのだが。
日中魔法の修行をしている際、リースは完全に俺に抱きついてきていた。そして魔法は一度も使わなかった。上気した顔で息も荒い。しかし彼女曰く風邪ではないらしい。
夜、とはいっても夜というにはまだ早い時間だ。今は夏であり昼間の時間は大分長めである。しかしこの時間からもう今日は始めるらしい。
「ねぇ、ヒロ。今日は思いっきり激しくしてね」
リースが改めてそんなことを言う。何故だろうか。彼女に優しくキスをしてから、行為を始めることにする。
Smes:リースの体力スキルが0.5アップ!
Smes:リースの体力スキルが0.5アップ!
Smes:リースの性交スキルが0.5アップ!
Smes:ヒロの体力スキルが0.1アップ!
Smes:リースの体力スキルが0.5アップ!
Smes:リースの性交スキルが0.5アップ!
システムメッセージのSmesさんは、今夜もやはりスキルアップログを垂れ流していた。避妊魔法の影響で、最近は全然俺のスキルは上がっていない。
その割になにかちらりと見えた気がするが俺の気のせいか?
Smes:リースの体力スキルが0.5アップ!
Smes:リースの性交スキルが0.5アップ!
Smes:リースの性交スキルが0.5アップ!
Smes:ヒロの体力スキルが0.1アップ!
Smes:リースの体力スキルが0.5アップ!
Smes:リースの性交スキルが0.5アップ!
また見えたような気がするのだが、これは果たして気のせいなのだろうか。もう既にクライマックスでありフィニッシュが近い。
Smes:ヒロの精力スキルが0.1アップ!
Smes:ヒロとリースの絆値が0.5アップ!
Smes:ヒロの愛がアップ!
Smes:リースの精力スキルが0.5アップ!
Smes:ヒロとリースの絆値が0.5アップ!
Smes:リースの愛がアップ!
んん?さすがにこれはおかしい。もはや見間違いじゃないよな?コレは。
あと、フィニッシュしたのにいつものような魔力放出が開始しないようだ。
つまりどういうことだ?
「あれ?リース?」
「ヒロ、早く。もっとして」
「ええ?いや、ちょっと待って」
何かがおかしい。これはリースは避妊魔法を使っていないのではないのか?
俺がリースをじっと見つめると、彼女はこくん、と頷いた。
「もう我慢出来ないの。限界なの。これが天罰なのよ…早く私にヒロの子供を頂戴」
その晩の行為は、彼女が気絶するまで続いた。
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リースが使っていた避妊魔法は禁呪である。
本来避妊していたらスキルアップのチャンスは無いはずなのにリース側の体力スキル等がアップし、更にフィニッシュ後にお互いの魔法スキルがアップするという副次的効果までついている。
そして魔法の発動条件は、お互いが心の底から深く愛し合い互いの子供を心の底から欲しがっているカップルに限り、発動可能となっていた。
つまり、リースは俺の子供が心の底から欲しいと考えているにも関わらず避妊をしているという、その時点で矛盾することを行っていたわけだが。
「この魔法は最初から矛盾していたのよ。だからそこに無理が生じてそこに天罰が起こったの。本当は避妊したくないのに避妊を続けていたら、どんどんヒロの子供が欲しい、避妊したくないって気持ちが膨らみ続けて、最後には決壊したの」
比較的落ち着いているタイミングで、彼女がそう教えてくれた。その後すぐに行為に戻った。
既にリースは半狂乱の状態に陥っていた。どうにも、子供を妊娠するまでは常時発情状態のままらしい。
その日からは一日中愛し合う状態が続いた。しかし彼女はなかなか妊娠しなかった。そのあたりまで含めて天罰だということだった。
インベントリには何故かクロちゃんから毎日直接食べられるものが届けられていた。何かしらの調理が必要なものは含まれていなかった。
二十日が過ぎてもリースはまだ俺の子を孕まなかった。しかしそんな時にリースが突然こんなことを言ってきた。
「ヒロ、お願いがあるの」
こんな状態で一体どんなお願いがあるというのだろうか?
「私、男の子が欲しい」
「どうして?」
「ヒロは、愛の奇跡を使って生まれてくる子供の性別を操作出来るのでしょう?だから、私男の子が欲しい」
しかしどうして男の子なのだろうか。
「男の子が生まれてきたら、ヒロも私もきっと嬉しいはずよ。だからお願い、男の子にしてね」
「ああ、わかった」
その日からは愛の奇跡を使ってリースを抱いた。確か通常の五倍程度消耗するはずだったがなんとか続けることが出来た。
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目を覚まして俺はUIで時間を確認する。
900/8/27 8:31
ここ最近はその後すぐにパーティーメンバーリストの方確認するようにしていた。受けていたクエスト「天罰」については既に随分前に消滅していた。天罰の内容を知った時点で消滅していたのだろう。
パーティーメンバーリストを見れば、そこには俺の名前と彼女の名前、ヒロ=アーゼスとリース=アーゼスという名前が並んでいる。
そしてリースの状態表示欄に妊娠中を示すハートマークと、性別を示す♂のマークがついていた。愛の奇跡の効果は無事発動したようだ。
俺の隣で寝ていたリースが起きたようだ。朝の挨拶のキスをする。
その時点で既に気づいているのか、UIを確認せずに俺に話し掛けてきた。
「おはよう、ヒロ」
「おはよう、リース」
「見なくてもわかるわ。成功したってことが。ありがとう、ヒロ。もう大丈夫よ」
リースはこちらをじっと見つめてきていた。何か言いたいことがあるらしい。
「私とヒロの赤ちゃんの名前、しっかりと考えておいてね」
そういって彼女は笑顔になった。クロちゃんにも負けないであろう最高級の笑顔であった。




