第1話 【始まりは足音】
この大都市クラウドルで、休日にも関わらず繁華街。
たくさんの人々が他愛のない話でがやがやと賑わいすれ違い。
そんな中場違いなまでの焦りを見せて慌ただしく市場を駆け抜けてゆく青年が一人。
美しい碧《みどり》色の髪の毛は男性にしては艶やかで風に靡くとふわふわと揺れて。
質素な格好なもので、シャツにベスト・ズボンにブーツという洒落気のない適当なコーディネート。
ただ、腰に括り付けられている剣帯は立派で、合っているような合っていないような。
不規則なリズムを刻む呼吸は徐々に上がって、冬場でさらに肺が痛い。苦しい。
それでもただひたすら走りまくる。
時々道を行き交う人々と何度かぶつかったものの、
立ち止まることもなく少し振り向き「すみません」と言うだけで。
流石に18歳の青年でもこれだけの運動はキツいものだ。
走りながらズボンのポケットに手を突っ込み、いつも触る丸いものを手に取り
慣れた手つきで片手でそれを開ける。
「遅れる・・・ってか遅れてる!!」
それはまたしてもこの格好には不釣合いなほどの立派な銀の懐中時計。
飾りは施されていないものの、高級なものに変わりはない。
青年が言う約束の時間は優に超えていて、でもとにかく足の動きは止めずに。
遅刻魔な彼にとって今日という今日は死ぬ覚悟。
蒼い蒼い、雲一つない空で、今日の繁華街にとってはお祭り日和だ。
やっと到着したそこは、《武術クレンドラ学校》。
年齢制限は12歳から20歳までで、武術に関する基礎・実際の訓練・通常カリキュラムが行われる。
武術の腕が良ければ、自分より年齢が低かろうが一緒に学ぶことや、
この学校の名イベントの『対人戦練習試合大会』というもので同じレベルだとすれば
デュエルも行える。
その他にも優秀な成績を残した生徒には学校からの支援とともに、
「警察関係」「政府関係」「騎士団加入」への推薦が与えられる。
勿論一番人気は騎士団だが、武力・知能・パラメータ全てを鍛えなければやっていけないという
とてつもなく難しく困難な組織。だからこそ人気なんだとか。(まあ、目的は多々だが)
「これならまだ間に合う・・・か?」
息を切らして薄いガラスの自動ドアの前に立ち、
軽い動作で横へとスライドしていくそれを何秒間か見つめたあと慌てて中に入る。
入口から見えるのは広いロビーで、壁にはいくつものドアがある。そのうちのほとんどが教室。
そしてこのフロアのど真ん中にあるのは見上げるほどの大きな樹木。
それも、半端ない大きさで20メートルは越してそうな勢い。
この学校が広いから置き場があって良かったものの。
でもその樹木はただ巨大なだけではなく、この世界、『惑星ユリナティア』で
人々が生きるためのエネルギーを出す唯一世界でひとつだけのエネルギー源と呼ばれる《世界樹》と
同じエネルギーを自発的に出すことができる数少ない「木」の一つ。
目を凝らせば見える、葉っぱから出る無数の緑の光。
空気を出すだけでなく治癒能力・魔物侵入阻止の結界の役目もあり、なくてはならない役目を負っている。
―が、なぜこの場にあるのかは謎だが。
可笑しい。可笑しすぎる学校長。どうした学校長。
「また遅刻ね、アレン・・・。今日こそはって言ってなかった?呑気だわ・・・。」
聞き慣れた声。と、目の前に現れた見慣れた姿は紛れもなく彼女だ。
エルナ・エルティス。青年・アレンと同じ18歳で成績優秀な優等生。また、銃の腕前はトップだとか。
そして青年アレン・ラトラスも成績優秀。剣の腕は多くの者に認められている。
「いやぁ・・・結果こうなってさぁ。ははは・・・」
薄く笑うと、エルナに睨まれて即座に土下座。
「でも、本当に大丈夫なの?もうすぐ『対人戦練習試合大会』でしょ?
まあ出るも出ないも自由だけど・・・。」
エルナは出場しないというが、正直アレンも出るか出ないか迷っていた。
対人戦の経験はあるが、今の彼は練習試合よりも学力のほうに力を入れなければ、で。
別に人より劣っているわけでもないがある科目は自信がなく、自習したいとか。
「まだ迷い中だよ。いや、別にまだ良いんだ。もうすぐと言っても大会は2ヶ月後だし。
・・・・・・寧ろエルナが早とちりなんじゃないか?」
「五月蝿いわね」
他愛のないやり取り。いつもこうだがそれがまた楽しくて。
自然と笑顔が綻ぶ中、――事件はもうそこまで来ていた。
ジリリリリリリリリ・・・・・・
突如鳴り始めた警報。
いきなりの事で驚きながらも、2人は何事かと周囲を見回す。
「な、なんなんだ!?」
どうしていいか、身動きも取れずひたすら焦る。
一体なんの騒ぎなのだろうか。
『学校内の生徒の皆さんは、すぐに武器を装備してください。
何者かが敷地内に侵入しました。身を守るために武器を装備願います。
繰り返します――』
突然のアナウンスに少々驚きながら武器を装備する。
アレンは愛用の剣を、エルナは相棒の銃。
「侵入者?なぜここに・・・?・・・っていうか、生徒も捉えるのかしら、侵入者。」
まぁ確かに生徒にとっては実戦のようなものなので焦るが念のため。
相手が銃を持っていたら――。
その時。
遠くから何やら騒がしい何かが――足音が聞こえる。
それも、休み無い足音で、到底人間のスピード的な足音ではない。
だとしたら犬あたりの獣だろうか?
其方の音に警戒し、2人で武器を構えてその方向を見つめる。
そして現れたのは・・・・・・。
「「え。」」
2人同時に、驚愕。