巫抖と麗 3
「巫抖って、好きなヤツいんの?」
「え…?」
その一言で今まで賑やかだった空間が一瞬で静かになった。
………
……
…
今日は学校の修学旅行ということで、日中散々観光名所を見て回った。
部活に入っていない俺は普段あまり体を動かさないので、今日一日中歩き回り、体を鍛えないとヤバイと思うほど疲れた。
しかし早く寝たい俺に反して他の男子の体力は底無しって感じで、風呂から上がった後もずっと旅館の部屋で騒ぎまくっている。
絶対に旅館の人に迷惑かかってるんだろーな、と思いつつ、一人だけ寝れるわけもなく一部屋6人に分けられたこの畳の部屋で他の奴等と一緒に騒いでいた。
それから大分時間が経ち、壁に掛けられていた時計は九時を知らせていた。
そろそろ先生が見回りに来るということで俺達は大急ぎで畳の上に布団を敷き詰めた。
真ん中に頭が集まるように左右に三人ずつ並んだ。
嬉しいことに俺は麗と同じ部屋だった。だから当然の如く麗は俺の隣に布団を敷いていて、周りから見ても分かるくらいすごく嬉しそうだった。
もちろん、当の俺も嬉しいのだが。
6人全員が布団に入ったと同時に先生が来た。
「B班、全員いるかー?」
「はーい。」
「よーし、いるな。いいか、絶対に部屋の外へは出ないこと。それからうるさくせずに早く寝ること!」
「はーい。」
「じゃ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
先生が扉を閉めて部屋から離れていくのを確認し、布団に入ったまままた喋り出す。
まぁ修学旅行の夜だしな、必然と恋バナに花が咲くわけなんだけど。
話が盛り上がってきた頃、ふと、何かを思い出したかのようにチクチク頭の平田が俺に視線を向けてきた。
「ところで、巫抖って好きなヤツいんの?」
「…え?」
一斉に視線が俺に向けられた。部屋の中が急に誰もいないかのように静まり返った。
「確かに巫抖って好きな子いるって感じしねーよな。」
今度は隣にいた関谷が声を発した。その言葉に俺と麗以外のやつがうんうんと頷く。
「女子ともあまりベタベタしないしな。」
「部活にも入ってねーからな、こいつ。」
他のやつらも混ざって口々にそんなことを言い合っている。
「う、うるさいな。」
そんなこと、どうだっていいだろ?
ってか、今は麗という大切な人がいるわけで…。
「で?いるの?」
平田が話を進めようと疑問を投げ掛ける。
「…い、いる…けど。」
「マジで!?へー意外!」
「誰々?同じ学年?」
「…うん。」
「どんな子?」
「え…と。」
何で好きな本人がいるのにそんなこと言わなきゃいけないんだ!何の罰ゲームだよ!
吃りながらちらりと麗を見ると、興味津々な顔して皆と同様に俺を見ていて、ばっちり目が合った。
「…基本的に元気で…人懐っこくて。風邪引いたときとか見舞いに来てくれて…。」
おい麗!何ニヤニヤしてんだよ!助けろよ!
「へー!巫抖にそんなヤツいたんだ!誰だ?」
「ってか、風邪のとき見舞いに来るって、かなり仲いいよな。」
「確かに!これは付き合ってる可能性も…」
これ以上探りを入れられてしまったらバレるかもしれない。
そう思い、何か逃げ道は無いものかと視線を壁に向けると時計が視界に入った。
「もういいだろ!ほら、もう十一時だ。俺寝るからな!」
「わ、本当だ!寝ようぜ。」
「えーここで切り上げるのかよー。」
「電気消すぞー!」
不満の声も聞こえたが、なんとか話を終わらせることに成功した。
部屋が真っ暗になると皆それぞれが「おやすみ」と口にし、夢の中へと入っていった。
皆が寝静まるのにそれほど時間はかからなかった。
寝息が聞こえる中、微かに隣から自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
「巫抖、巫抖。起きてる?」
声の主はもちろん麗だ。
「…起きてる。」
体は疲れているし、明日のために寝なくてはいけないのだが、何故か目が冴えてしまっていた。
麗に背を向けながら答えるとクスっと笑う音がした。
「なぁ、一緒に寝よーぜ?」
もそもそと背中の方から麗が俺の布団に入ってくる。
「お、おい!誰かに見られたら…!」
振り返ろうとしたがその前に背中から抱き締められてしまった。
「巫抖の布団の中あったけーな。」
「…っ、」
「巫抖の背中もあったかい。」
先程よりも少し強い力で抱き締められたせいでお互いの体がさらに密着し、緊張して心臓が痛い。
背中に麗の体温と首筋にかかる息を感じてすげー恥ずかしい。
「さっきさ、」
「言うな!」
「はは。まぁ、聞けって。」
さっきの恥ずかしい話を盛り返されそうになり止めようとしたが麗の優しい声がそれを宥めた。
「さっき巫抖が言ってたヤツって…俺のことでいいんだよな?」
「当たり前だろ!恥ずかしかったんだからな。」
そんなことわざわざ訊くなんて卑怯だ。
「うん、でも。…でもなんか言わせたかった。皆の前で。」
「何を?」
「巫抖は俺に夢中ってこと。」
「〜〜ッ!バカか!…ってか、そういうお前はどうなんだよ!」
そうだ。俺ばかり恥ずかしい思いをしているなんて不公平だ。
「俺?もちろん巫抖以外見えてないよ。大好き。」
同じ恥ずかしさを麗に味わってもらおうと思ったが、あまりにもあっさり言われたもんだから拍子抜けしてしまった。なんか、ヤケになってた俺がバカみたいだ。
悔しいが今絶対に顔真っ赤だ。こんな風に言われて普通でいられるわけがない。
「…よくそんな恥ずかしいことさらりと言えるな。」
「そう?これでもすげー心臓ドキドキしてるんだけど?こんなにくっついてるのに伝わらない?」
そう言うと、俺の背中に付けていた胸を強調するように押し付けてきた。
確かに麗の心臓の鼓動を感じる。
俺と同じくらい麗もドキドキしているんだ。
「麗、腕ほどいて。」
「…何で?」
「いいから!」
「トイレ?」
「んなわけねーだろ。」
頭にハテナを浮かべているであろう麗が腕の力を抜いたと同時に体勢を変えた。
ギュッ
「わっ!」
そしておもいっきり麗に抱き付いた。
そう、体勢を変えた今は麗と向い合わせの状態になっている。
「こっちの方が伝わるだろ?…俺の心臓の音も。麗の心臓の音も。」
数秒間俺の行動に驚いていた麗も俺の意図を理解したらしい。腕を俺の体に回して抱き寄せた。
「クス…本当だ。さっきよりも良く感じる。」
真っ赤になっているこんなみっともない顔なんか絶対に見せられない。俺は麗の部活で鍛えられた胸に顔を隠すようにした。
「みーことー。ね、顔上げてよ。」
「…やだ。」
「何で?」
そんなこと、分かってるくせに。
「ハハ、まぁいいや。」
麗の手が俺の髪を優しく撫でる。その手つきが優しくてすごく気持ちいい。
「おやすみ、巫抖。」
頭上から心地よい声が聞こえてきて、俺はいつの間にか眠りに堕ちていた。
【終わり】
翌朝、早く起きた平田に同じ布団で寝ている二人の写真を撮られました。(・ω・)