彼と少女の日々
「今日さ、私の誕生日なのよ」
「へぇ……」
ある朝の教室。
教室中で、よくある光景が流れている時に、廊下側一番後ろの席に座る少女が、その前に座る少年に話し始めた。
まあ、特にこれと言って興味があるようには聞こえない返答で、彼は少女に返事をする。
実際興味は無さそうだ。
この二人、特に深い関係がある訳じゃない。
幼馴染でも義理のきょうだいでも近所に住んでいるでも中学が同じだった訳でも転校生として彼が転校生の少女を案内した訳でもない。高校に入学して、ただ席が前後だっただけだ。ましてや彼氏彼女の関係でもない。
だが、よく話しをする。それだけだが……。
そんな相手に、ただ「誕生日なんだ」。と言われようとも、彼にとっては「そいつは良かったな」程度にしか思わない訳だ。
「へぇ……って、他に何か言う事はない訳?」
「ない。てか、それをカミングアウトされて、私めに何をしろと?」
「え………………。そう、ね」
考えてなかったのかよ! という言葉を飲み込み、少年は軽く教室内を見回す。
よく話す友人と目が合ったが、直ぐに逸らされた。少年が非難の視線を浴びせるが、そんなの知ったこっちゃないと言ったように、各々のやってることに戻っていった。
裏切り者! と心の中で呪詛を吐き、彼は少女――渡 李華―—に向き直る。
「あっ、諭吉を寄越しなさい」
「お前はどこの取り立て屋だ。それともカツアゲか?」
「そんな訳ないじゃない。そうじゃなくて、誕生日プレゼントにちょうだい」
「アホか。何で俺が、お前に諭吉を使うほどのプレゼントを渡すかよ」
心底呆れた。と言った風に、彼は溜め息を吐いた。
その仕草が気に障ったのか、李華はそのスラッと伸びた足を振り上げて、彼の座る椅子の足を蹴りつけた。
余談だが、その時男子一同の目は李華の脚に注がれていた。まあそこは絶対領域。その上は完全にガードしていた。
「おふっ!」
李華の蹴りにより、僅かに前方に押し出された椅子の背凭れが彼の脇腹に喰い込んだ。
そのせいで変な声を出した彼に、周りのクラスメイトは微妙に笑ってしまうが、彼にとってはたまった物じゃない。
「てめ、何しやがる!」
「アンタこそ、なに寝ぼけたこと言ってるのよ。私の為に、諭吉の一人や二人どうにかしなさい!」
「寝ぼけてんのはどっちだよ。百円でもやるからジュースでも買って来い。それが俺からのプレゼン……とおぉっ!?」
言葉の途中で、李華の拳が彼の顔の真横を横切る。彼が寸での所で避けなければ、顔面に綺麗に減り込んでいたことだろう。その威力は、この高校の空手部主将(全国準優勝)が認める程だ。
「この……。さっきから何なんだよ!」
「いいから、私にプレゼントを寄越せ! そうじゃないと、アンタの顔面凹ますわよ!」
「何だその脅迫は!?」
「いいから、出せぇ!!」
李華の拳を、紙一重で彼は躱す。椅子から立ち上がり、逃走する。
「逃げるな!」
「逃げるわ!」
一文字違うだけで、追う側と追われる側に様変わりだ。
彼は逃げ、彼女は追う。いつも通りの朝の光景。
ただし、彼は本気で逃げている。つまりマジだ。
彼女も本気、本気で、彼からのプレゼントを望んでいる。
そんな訳の分からない二人は、今日も廊下を走って、仲良く教師に目を付けられる。
こんな、普通の日常。
どうも、作者のカレーパンです。
特に何の意味もない短編投稿です。
彼女――渡李華のイメージは、ハルヒと声優の風音様ですね。それっぽく書けていたらいいですが……。