出発~たびだち
「お早うございます、リタ様。」
「お早う、エルちゃん。」
「あの、タークは?」
「それがねー、昨夜ウチの人と遅くまで呑んでたみたいでね、今カリンが起こしに行ってるの。ごめんなさいね。」
「あ、いえ。それじゃ待たせて頂きますね。」
「そう言えば、まだちゃんとお礼を言って無かったわね。」
「はい?」
「ウチのバカ息子と一緒に行ってくれなんて、図々しいお願い聞いてくれて。ホントにありがとう。」
「そ、そんな。お顔をお上げください、リタ様っ」
「いいえ、本当に感謝しているの。貴女にも、貴女のお母さんにも、ね。」
「わ、私はただ、その、心配だから・・・」
「ううん、こんな危ない話、普通女の子に頼める事じゃ無いんだけれど・・・。
あの子を一人で旅に出したりしたら、どれだけ羽目を外しまくる事やら、と正直不安だったし。
でも貴女が付いて行ってくれるなら、安心だわ。」
「リタ様・・・」
「あの子の事、お願いね。
本当に、貴女みたいなしっかりした娘さん、ウチの息子には勿体無さ過ぎだわね。」
「え?!あ、あ、あの・・・」
「うふふ・・・。
あの子はウチの人に似ていてね。本当になんでこんなトコ似ちゃうんだろう、とか思うんだけど・・・
ニブいから。本っっっ当にニブいからっ。」
「え、あ、はい・・・。」
「頑張ってね。応援してるのよ。私も、貴女のお母さんも。」
「えっと、あ、あの、その、母も、って・・・」
「あ~早く孫の顔が見たいわぁ♪」
「あうぅっ///」
「お兄ちゃんっ!起きてっ!」
「んぁ?あと5日・・・」
「むうっ、さっさと起きなさいっっっ!エルお姉ちゃんもう来てるんだからっ!」
「ぐふぁっっ!?」
「・・・カリン、愛しい兄に対してフライングニードロップ鳩尾直撃は酷いんじゃないか?」
「愛しいお兄ちゃんだからこその、愛の鞭ですっ!ほらさっさと着替えて!」
「くうっ、あの可憐で素直で愛らしかった妹はもう居ないんだな・・・。」
「はいはい、寝言はもう良いから、とっとと仕度しなさいよねっ!」
「グス・・・へ~い・・・」
「お~エル、お早う。待たせて悪かったなー。」
「お、お早う・・・。」
「ん~?顔赤いぞ、お前。風邪か?」
「ちっ、違うからっ!」
「そっかぁ?まー良いけど。んじゃ行くか。」
「もうっ、寝癖付いてるわよっ、ほら、じっとしてっ!」
「あ?良いよそんなの。」
「ダメ!」
「・・・へ~い・・・」
「そんじゃ母さん、カリン、行ってきます。」
「リタ様、カリンちゃん、行ってきます。」
「今さらだけど・・・気を付けて、ね・・・。」
「・・・お兄ちゃん、エルお姉ちゃん、たまには帰って来てよね?」
「あぁ、お土産買って来てやるから良い子にしてろよ、カリン。」
「も、もう子供じゃ無いもんっ!」
「はいはい、んじゃ行ってくるよ。」
「「行ってらっしゃい!」」
涙を隠せない母さんと妹に見送られながら、住み慣れた我が家を後にする。
オヤジは仕事でもう登城しちまった。
まぁ昨夜随分付き合ったし、男親としては涙を見せたくは無いだろう。
俺も泣いちゃいそうだし、ね。
涙こそ見せてないものの、眼が真っ赤なエルと並んでドアを潜った。
『冒険者ギルド』
まー要するにお馴染みのアレだ。
ココで登録しておかないと、ただの野盗や山賊に間違われても文句は言えないしね。
受付カウンターのお姉さんに声をかけて、新規登録したい旨を伝える。
ちなみにお姉さんの顔じゃなく谷間(どこのとか訊くな)に話し掛けていたりする。
足の甲に激痛を感じると、隣でエルが微笑んでいた・・・怖い。怖過ぎる・・・。
ギルドで登録すると、冒険者としてのランクが貰える。
これもお馴染みのF~SSSの9段階。
普通俺ら駆け出しルーキーはFからなんだが、騎士学校・魔法学院卒業生はそれなりに実力があるとされて、2コ上のDランクから始められる。
名前やらクラス(剣士とか魔法士とかのことね)を申告して、卒業時に受けた試験の結果票を提出。
普通は魔力検査とかあるんだが、卒業生はこの結果票で済ませられるから楽だな。
申請を済ませて、金属製のギルドカードが出来るまで、待合室でお茶することにする。
「ねぇターク、依頼とか受ける?」
「ん~、護衛とか有れば良いんだけどな。取り敢えず別の街行きたいし。」
「でも護衛って、私たちみたいな新人じゃ断られるんじゃない?」
「そーなんだよなー。俺もお前も傍から見ればド素人同然だもんな。」
「何それ。実際素人でしょ、私たち。」
「そいやそーだな・・・はっはっはっ」
「全く能天気なんだから・・・」
まー俺の中身は勇者レベルも超えてるんだけど、エルは知らんしな。
それに自覚は無いみたいだけど、俺の目で見てもエルは強い。マジ強い。
実戦経験が無いのはアレだけど、経験を積んでいけばスゲー事になりそうな悪寒いや予感。
・・・そうなんだよな、こいつが強くなると、俺に対するダメージも比例してデカくなるんだよな。うーむ。
なんて深い?悩みに頭を使っていたら、お姉さんに呼ばれた。カードが出来たらしい。
「あの・・・この結果票、間違いじゃ無いですよね?」
「は?なんか問題でも?」
「いえその、問題と言うか数値が・・・あとお名前なんですが・・・」
「あー、そのですね。内緒にして頂きたいんですが、俺の父はクルーゲ公爵なんです。」
「ええええぇぇっ!?」
「あー、お静かに・・・」
「す、すすすすみませんっ!」
やっぱオヤジの名声は大したもんだなー。お姉さんテンパりっぱなしですぜ。
おー、お辞儀とともに揺れるおっぱいが、おっぱいが、おっぱ・・・
「いやだから、落ち着いてくださいよ、乳揺れお姉sげぼらぁっ!」
「・・・連れが失礼しました。私の父はバルクホルン伯爵なんです。連れと同じく秘密にして頂けると助かるのですが。」
暗に
「秘密にしないと公爵家と伯爵家が黙ってないぞ。」
っつー脅しを込めて、エルが乳揺れお姉さんを見つめていた。
こーゆートコ頼りになるんだよなーこいつ。
っつーか床に倒れてる俺は無視かよ・・・
いや、この角度だとエルのスカートの中が丸見えだし、しばらくこのままでいよう。
・・・縞じゃ無ぇのか、まぁ白でも良いや。
しっかし脚綺麗だなこいつ・・・。
「・・・かしこまりました。お二方の本名は秘させて頂きます。」
「ターク・カリウス様。クラス剣士、ランクD」
「エル・プリーン様。同じく剣士、ランクD」
「これで間違いございませんか?」
「はい、間違いありません。」
ぱんつ覗かれてるのに気付いたエルに、無言で鳩尾に踵を落とされて再び沈んだ俺は、衆人環視の中を待合室までエルに引き摺られていくとゆー羞恥プレイをするハメになった。
「無いわねー。」
「無いなー。」
待合室の依頼掲示板を冷やかしてみたんだが、護衛とかの依頼はほとんど無かった。
あっても”ランクB以上”とか縛りがあって、俺らには受けられない。
薬草採取とか魔獣討伐あたりがビギナーの定番なのだが、ここ王都の周りにはそれほど自然は残っておらず、魔獣も少ない。加えて大都市だけに流通は十分に整っており、わざわざ採りに行くより店で買うほうが早いし安全である。
「しょうがない。まだ昼前だし、メシ食って隣町のオルセンに行こう。」
「そうね。ここでボーっとしてても意味無いもんね。」
「オルセンなら半日で着けるし、まぁここよりは仕事あるだろ。」
「うん。決まったならさっさと行きましょ。なるべく早く向こうに着きたいしね。」
エルは当たり前のように俺の左腕にぶら下がると、俺を引き摺るようにしてドアを抜けた。
「おいおい、そんなに引っ張るなよ。」
「良いでしょ。お腹空いたの私。」
「今でもこれだけ重いのんぼらぁっっ!」
「ホンット、デリカシー無いんだからっ!!」
結局またエルに引き摺られて、晒し者の悲哀を味わいながら、俺は酒場兼食堂のドアを潜った。