恐怖‼ 悪役霊ジョー ~毎週届く恐怖情報に婚約破棄を予告された私、今度は悪霊に取り憑かれてしまったのですが!?~
ここはシンレイン王国の王立キヨフ学園の女子寮。
築数百年の古びた建物は、どこかおどろおどろしい雰囲気を漂わせている。
夜明け前の空は厚い雲に覆われ、辺りはまだ薄暗い。
その三階の一室から、女子の悲鳴が闇に響く。
「ひ……ひいぃぃーー!」
女子の名はレイ=アックヤール。
アックヤール公爵家の長女である。
小さい頃から普通の人たちには見えないものが見えていたレイは、いわゆる霊感が強い体質であった。今の年齢になるまでに何度も霊的な現象に遭ったことがある。
その彼女の手に、B4サイズの紙が握られている。
「ま、また来たわ……」
紙には「週刊 恐怖春秋」と書かれている。
レイの元にこの恐ろしい紙が届くようになったのは一ヶ月前。内容は「学食の日替わりメニュー! 今日麩のスープ!!(恐怖のスープ)」や、「学園裏のウラノ文房具店新装開店! 開くの十時か?(悪の十字架)」だったり、割とどうでもいい話題が多かったのが……
「公爵家長女レイ=アックヤール、卒業パーティで婚約破棄される……」
「週刊 恐怖春秋」の見出しを読み上げるレイ。
今日の見出しはいつもと違い、レイにまつわる不吉な未来が暗示されていた。
公爵家の長女であるレイは幼少期に王太子であるアトテューリ=オウケンジットと婚約をしていた。婚約破棄とは、アトテューリとの婚約のことを指しているのだろう。
確かにレイには思い当たることがあった。
そもそも婚約と言っても形ばかりのもので、派手好きなアトテューリは地味で引っ込み思案のレイには目もくれず、いろんな少女と浮名を流していた。
(最近の殿下は聖女様にご執心というし……)
聖女というのはダンチャック男爵家の一人娘セイ=ダンチャックのこと。
三年前に教会から聖女判定を受けたセイは、けが人の治療をするなど、聖女として王国の人々を癒していた。その清楚な出で立ちは真の聖女との呼び声も高く、国民から絶大な人気を誇っている。それはアトテューリも同様で、セイが入学してから猛烈なアプローチをかけ続けていたのだ。
(まあ、婚約破棄は仕方がないのかもしれないけど、みんなの前で悪目立ちするのは嫌だなぁ……)
「ならば、その婚約破棄、無効にしてしまえばよいのだ!!」
邪悪に満ちた声が聞こえたかと思うや否や、レイの体に電気のような衝撃が走り、全身から闇色の瘴気が立ち上る。顔を上げたレイの表情はまるで悪魔のようであり、カッと見開いた両目からは赤い光を放っていた。
「許すまじ! 王太子、そして聖女!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
レイが気付いた時、そこは夜の学園の中であった。
「私は一体……」
自分の部屋にいたはずなのに、いつの間にか学園に来ていたレイだが、全く記憶にない。気味が悪くなったレイは、いそいそと自分の部屋へと戻って行く。
(一体何だったんだろう、それにあの恐怖春秋の記事……)
部屋に戻ると奇妙なことに、件の「週刊 恐怖春秋」は跡形もなく消えていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日、朝から学園は騒然としていた。
あまり眠れなかったレイが少し遅れて登校すると、女子たちの金切り声が聞こえてくる。
「まあ! 聖女様、いったい誰がこんなひどいことを!?」
「靴を履く前に気づかれて、良かったですわ!」
「皆さん……心配してくれるのはありがたいのですが、あまり大事には……」
周りの噂話を聞いていると、どうやら誰かが聖女セイのダンスシューズに画びょうを入れたみたいだ。事前にセイが気づいたので大事には至らなかったというわけだ。
(一体誰がそんなひどいことを……)
我がことのように憤りを感じるレイだったが、何か視線を感じる。
視線を移すと、人々の間からセイがじっと見つめているではないか。
(えっ? 聖女様がなぜ私を……?)
そのすべてを見透かすかのような目に、レイは底知れぬ恐怖を感じるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
この日からレイの身の上に、この間と同じ現象がたびたび起こるようになった。急に記憶がなくなり、気づくと自分がまったく知らない場所に移動しているのだ。そしてこの現象が起こった時には、必ず聖女の身にも何か悪いことが起こっているのだ。
ある時は聖女の机の中におもちゃのゴキブリが入っていたり、ある時は女子寮の聖女の部屋のドアの前にバナナの皮が置かれていたり、ある時はトイレの壁に「聖女の母さんデベソ」と落書きがしてあったりと、まるで小学生の悪戯のような事件が起こるのであった。
しかし聖女の能力なのか、今のところはいずれも大事には至っていなかった。
しかし、こうも偶然が続くと、さすがのレイも自分の記憶喪失と、聖女への嫌がらせに何か関係があるのではないかと思い始める。
(あの時、頭の中に聞こえた声…)
「許すまじ! 王太子、そして聖女!!」
霊感が強い自分に、何かの悪霊でも取りついたのではないか?
そう思うレイだったが、自身に降り注いだ災厄を確かめる勇気はなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
これ以上聖女に何か起こるのが怖くて、レイは3日間部屋に引きこもっていた。そのレイの元へアトテューリからの使者が一通の手紙を持ってやってきた。その手紙には、明日の卒業パーティで自分には絶対に近づくな、という内容が美辞麗句交じりに書かれていた。
(きっと婚約破棄の話よね……聖女様もそばにいるのかしら……?)
レイにとっては婚約破棄よりもむしろ、どんな顔をして聖女に会えば良いのか、そちらの方が大事であった。あの清楚な瞳に自分はどれほど醜く映っているのか……そう考えるだけでいたたまれなくなるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
卒業式当日——
式は恙なく終了し、パーティーが始まった。
お偉方の挨拶が終わるや否や、アトテューリがセイを従えて、レイの傍までやってきた。
「公爵令嬢、レイ=アックヤール! 本日をもってお前との婚約を破棄する!!」
パーティー会場にいた全員の目がレイに集中する。悪目立ちどころの話ではない。
俯いて押し黙るレイに、構わずアトテューリが畳みかける。
「お前は聖女セイ=ダンチャックに数々の嫌がらせをしていたそうだな。聖女は国の宝、お前の行いは謀反に等しい!!」
「お待ちください! それは誤解です! 多分……」
「多分とはどういうことだ!? バカにしているのか!!」
肩を竦めて縮こまってしまうレイの目に涙が浮かんでいる。
ここでセイが口を開いた。
「そう……確かに私はアックヤール様の嫌がらせを受けていました」
「そんな……」
セイの答えに愕然となるレイに、ドヤ顔のアトテューリが追い打ちをかける。
「それ見たことか、婚約破棄だ! 私は聖女セイと結ばれるのだ!!」
アトテューリの言葉に一瞬顔を歪めるセイだったが、その言葉はスルーして話を続ける。
「でもそれはアックヤール様が悪霊に取り憑かれていたせい」
「えっ?」
セイの言葉に驚愕するレイ。
「出てらっしゃい! カーーツッ!!」
セイの手から出た魔法陣がレイを包み込むと、背中から黒い瘴気を纏った黒髪に黒服の少女が浮かび上がった。
「名乗りなさい! この悪霊!!」
「我は悪役霊ジョー、貴様らに捨てられた恨みを晴らしに来たのだ!!」
そう叫ぶとジョーに操られたレイが、ジョーと共にアトテューリの元へ飛んで行く。狼狽えて逃げようとするアトテューリの首を後ろからレイが締め上げる。アトテューリの顔が苦痛に歪む。
「や、やめろ……何でもするから、俺だけは許してくれ」
「なんだと!?」
「女二人はどうなってもいい、俺は王になる男だ……助けてくれたら悪いようにはしない」
「このクズがーー!!」
悪役霊ジョーの目が赤く光り、首を絞める手にさらに力が入る。
「な、何をしている!? 誰か助けろ!!」
叫ぶアトテューリだが、皆ひるんで前へ出ようとしない。
そんな中、セイが口を開く。
「どーしよっかなぁー? ただでは助けられないわよねー」
「セ、セイ?」
虫の息で、もはや返事もまともにできないアトテューリ。
「ねえ、助けたら私の欲しいものは、なーんでも買ってくれる?」
「わかった……わかった、から……助けて、く……れ……」
「ハーイ!!」
満面の笑みで返事をするセイを、アトテューリが恨めしそうに睨みつけるが、セイは全く意に介さない。目をつぶって呪文を唱えると、セイの背中から大きな魔法陣が出現し、神話に出てくる神のような髭を蓄えた男がそびえ立つ。
「私の守護神、後ろのヒャーク=パウロよ! ヒャークお願い!!」
ヒャークが両手を差し出すと光がジョーを貫き、ジョーがレイから引き離される。
「うぎゃーーー!!」
白い蒸気に包まれたジョーが苦しみ始めると、レイはようやく正気に戻った。同時に、ジョーの記憶がレイの頭の中に入り込んでくる。
それは100年前のシンレイン王国で起きた悲劇。隣国の王女ジョー=アークレーは、当時のシンレイン王国王太子と婚約を結んでいた。幼い身でありながら、少数の侍女や家来たちとシンレイン王国へ輿入れのため訪れていたジョーだったが、王太子と聖女の企みで濡れ衣を着せられ切り捨てられる。そしてその濡れ衣を理由に戦争を仕掛けられた隣国も滅んでしまったのだ。
「なんて酷い……」
「そうね、でも百年も恨み続けるなんて、いくら悪霊でも辛いことよ。このままでは永遠に彷徨い続けることになるわ……」
「そんな!」
「これで長い苦しみから解き放ってあげましょう……」
ヒャークの浄化の光がジョーを包み込む。セイが呪文を唱え始めると、黒い瘴気がどんどんと天に昇っていく。
残されたのは穏やかな顔で眠る小学生くらいの少女。
「子供の霊だったのね……だから嫌がらせも子供じみていたのか」
「私たちのご先祖が辛い思いをさせて、ごめんね……」
少女を抱きしめたレイの口から、自然に謝罪の言葉がこぼれる。
その言葉に反応したのか、少女の目から落ちた涙が一筋の線を描いた。
セイが再び呪文を唱え始めると、少女の体が光り始める。
「安らかにね……」
レイとセイは心からそう祈るのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
卒業パーティーから一週間が経過した。
あの事件以来、セイとレイは急速に仲良くなった。今日も街中のカフェで、二人でお茶を飲んでいる。
もともとアトテューリのことをよく思っていなかったレイは婚約破棄を受け入れ、セイがアトテューリの婚約者となったのだ。
「でもセイ、良かったの? あんな男が結婚相手で」
「ふふ、あれくらいの方が操りやすくていいわよ」
「出たよ! ブラック聖女が」
「気弱な公爵令嬢よりはマシよ」
「もう!!」
そんな軽口を言えるまでは仲良くなった二人。どこか暗さが見え隠れしていたレイも、今はすっかり明るい少女だ。まるでアトテューリという憑き物が落ちたかのように。
「でも、レイ……あなたの憑依体質、強力過ぎない?」
「え、えーーと……」
気まずい顔のレイの後ろで、何やら少女が騒いでいる。
「わーー! 犬だー!! 犬は苦手なのーー!!」
成仏したと思われたジョーだが、レイの強力な憑依体質のおかげでこの世に残ってしまったようだ。
その際、どこぞのお化けの気質も引っ張ってきたらしく、犬が大の苦手になってしまったのだ。
「レイちゃーーん! 助けてよー!!」
「よしよし」
レイは抱き着いてくるジョーの頭を優しくなでてやる。
「でも大丈夫なの、もとは強力な悪霊よ?」
「うん、別に害はないんだけど……」
「なによ?」
「なぜか、毎食ごはん十杯は食べるのよねぇ……」
オバケのジョータローか!? 聖女セイは心の中で謎のツッコミを入れるのであった。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
元ネタを知らないと、何が何だかわかりませんね(苦笑)
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次回も異世界昭和シリーズを投稿予定です。
タイトルは「ガッツスライム・ポヨン」
防具に張り付いた黄色いスライムが活躍する話です。
9月28日(月)公開予定、お楽しみに!




