タイトル未定
言葉があった。言葉は積み重なって物語となる。記録されていた膨大な物語が紡ぎ出した世界を想う彼の体は今、力無く床に垂れていた。家具が見当たらない四畳の賃貸で、取り付けられた合金の窓枠に手をかけて、黒のキャンパスに白と青と黄色の球がポツポツと浮いている世界を彼の瞳は正しく映していた。彼が乾燥した唇のまま項垂れるように吐き捨てた。
「どうして終わらなかったのだろう。僕は最後まで自分を貫いたのに。世界はあまりにも残酷だ。」
窓を隔てて輝く色とりどりの球は消えることなく煌めいている。けれど合金の窓枠の錠は重い。項垂れた体の彼にそれを開けることはできない。再び力無く乾いた唇が擦り付けられた。
「あんなに僕たちは懸命に生きたのに、その最期が語られないなんて酷すぎる。本当に、なんでこんな悲しいことを黒葉はしちゃったのかな。」
窓に映る顔は彼の顔。瞳は黒く、体には力が入っておらず、背中は丸い。四畳の部屋には灰色のシーツがかけられたベッドだけで、他にタンスも卓も何もない。ただ大きな窓が壁にあるだけ。
「僕も、黒葉も、鳥も、獣も、神も仏も怪奇もぜんぶがぜんぶそれぞれを知らんぷりして隔てあって嫌いあう。それで今の世の中が出来たのなら、僕はそれを喜んだりしない。だってこの世界は僕が知っていたあの日とは比べられないほどに冷たいから。ねぇ、君もそう思うでしょう?黒葉。」
彼しかいてはいけない部屋の隅に妙に黒い影が堕ちていた。その影が何故か小刻みに揺れた。
「共生の時代は終わった。今や、皆がそれぞれの時間を生き、おのおのが静かに世を去る。それだけの話。君の怒りも呆れも決して私は受け付けない。心の迷いは時間に解決させよう。」
「それだけの話じゃないことは君も気づいているだろう?このままでは彼女が反逆をする。否、数多もの確率世界で彼女は統合を完成させた。それを止めるには方法は一つ。あの時をいつまでも続けるんだ。」
彼の瞳は隅の影に向いていた。影だけでなく、彼の瞳も揺れていた。窓の奥には未だ白と青と黄色の球が浮いている。それらが消失することは、ない。
「白色巨人も世界樹も介入者も悪鬼も誰も暴れることがない世界で僕は君といつまでも笑い合いたい。君はそれを拒むか?僕の思いから逃げるか?」
返答は無く、隅で揺れていた影は去った。『彼は何もない部屋で一人、窓を眺めていたのであった。』
そう記録されて物語になってしまうことを、彼はいつまでも拒み続ける。
「どんなに時間がかかっても、僕だけは忘れてはいけない。あの日に出会った怪記師を。」




