011 袋のねずみだ!
「せ~ん~ぱ~い、遅いよっ!」
スタート地点に戻ると、リンチェとユルナが待っていた。
「なにか掴めましたか?」
「……いいや。見てきたが、あいつら特別な仕掛けとかは使ってない。ネズミは真っ当な方法で捕獲してるだけだったな」
「そうですか……やはり、地道に数を積み上げるしかなさそうですね」
リンチェが小さく肩を落とす。
現時点でこちらの捕獲した数は33匹。
ようやくペースが伸びてきたとはいえ、樹王との一戦で止まっていたアムルたちも、これから動き始めるだろう。
せっかく狭まっていた差が、また開くかもしれない。
あれ、これ勝つの結構きつくないか……?
そしてさらに時間経過。
「残り時間、30分でーす!!」
森全体にギルドのお姉さんの声が響く。
ネズミが入ったカゴを置き、スコアボードに目をやった。
・キャッツ――57匹
・スカーレット団――69匹
69匹!?
あいつらそんなに獲ってたのか。
接戦かと思いきや、意外と差をつけられていたことに愕然とする。
「なんか、向こうのほうがわたしたちより効率良いみたいだね」
「うーん……何か対策しないと、このままだと普通に負けてしまいます」
ユルナとリンチェの言う通りだった。
このまま同じ行動を繰り返してもジリ貧なのは明らかだ。
しかし、こんな時一体どうすれば。
考えろ。
静かに思考が沈む。
数字、地形、ネズミの性格……
その時、ばらばらだった情報が、一気に収束する。
ひらめいた!
「そうだ、風魔法使いと土魔法使いがいるのに、なんでこれに気が付かなかったんだ!」
俺は急いでリンチェ、ユルナ、マヤの3人を集める。
「今からでも形成を逆転するとっておきの秘策が一つだけある」
「本当ですか? ぜひお聞かせください」
「いいか、ネズミの特性を逆手に利用するんだ」
「特性を?」
「どういうこと?」
「お前ら、『ネズミのいる家は火事にならない』って言葉、聞いたことあるか?」
「「「 ?? 」」」
3人はきょとんと首を傾げた。
結構有名な言い伝えだと思ったんだが、知らないらしい。
俺は一から作戦を説明することにした。
・・・・・・・・
「制限時間、あと15分です。う〜ん、双方とも動きがありませんねぇ」
わたくし、ウェンディ(26歳・彼氏ナシ)はこの決戦の結末を見守っていました。
残り時間、ラスト10分……
このままいくと、勝利は完全にスカーレット側のものとなるでしょう。
「! おーっとここで、スカーレット陣営が戻って来ました! これでスコアは+3。ですが時間帯的に、これが最後の獲物でしょうか?」
リーダーであるアムルさんが、私の前へと歩み出ます。
「はぁ……はぁ……どうよ! これで勝ったも同然だわ!」
彼女は背筋を伸ばし、勝ちを確信したような笑みを浮かべました。
スカーレット団の皆さんもよく奮闘されました。
途中で謎の魔物、樹王との一騎打ちで一度は完全に崩れかけたはずの彼女たち。
ですが、そこから立て直し、このスコアまで持ってきたのは見事というほかありません。
特にリーダーのアムルさんのカリスマ性は光るものがありますね。ギルドナンバーワンの情報通として、このことは記録しておきましょう。
ネズミを数を確認して、彼女たちのスコアを「71」に書き変えました。
「……!! あれは!」
私は視線を森の奥へ向けました。
そこに映ったのは。見たこともない数のネズミをそのまま持ち、こちらへ向かってくるキャッツの一団。
な、何ですかあれは……!?
思わず息を呑む。
山賊か何かと見間違えたのではないかと、自分の目を疑うほどでした。
・・・・・・・・
「ネズミってのはな、火を嫌う!」
走りながら俺は言った。
「正確には、火事の気配を察知して逃げる習性がある」
「えっ、そんなの分かるの?」
ユルナが風を起こしかけたまま振り向く。
「……という言い伝えらしい。すまん、本当かどうかは保証できない! だが、今はこの俗説にかけるしかねえ!」
「分かった! とにかく火を発生させて、隠れてるネズミを巣穴の中から引っ張り出せばいいんだね?」
「そうだ。察しがよくて助かる!」
大量のネズミを一挙に捕獲するには、この方法しかない。
このネズミだって下級とはいえ魔物だ。体には微量だが魔力が流れている。だから、ひょっとしたら危険予知の能力を宿しているかもしれない。
「それじゃ、行くぞ!」
「はいよ!」
俺は小さく炎の塊を投げる。
ユルナが腕を振り抜いた。
「サークルストーム!」
風が渦を巻く。火がその中に吸い込まれ、炎の竜巻が完成した。
ボボボボボッ!
森の外周に壁のように火が走る。
俺の読み通りに、火を感知したネズミたちはゾロゾロと巣穴から出てきた。そして、俺たちの前で遁走を開始した。
逃げ場を塞がれたネズミたちが、一斉に中央へと流れ込む。
「来るぞ!」
密度が一気に跳ね上がる。
10、15匹……いや、それ以上だ。
だが、こいつらは一筋縄には捕まえられない。捕まえようとしても、あの小動物特有の機敏な動きに翻弄されて逃げられるのは目に見えていた。
だからこそ、俺の作戦には第二段階があった。巣穴から這い出たネズミを一網打尽にする作戦。だが、その実行のためには二人目の人物の力が必要だった。
そいつが――
「マヤ!」
物陰でじっと待機していたもう一人。
視線をマヤへ向ける。
「……任せて」
マヤが地面に手を置いた、その瞬間。
バゴォーン!
地面が一気に沈み、円形の窪地が誕生する。
巨大な蟻地獄の完成だ。
「ねずみが落ちた!」
砂の監獄に閉じ込められ、出ようともがくネズミの群れ。
砂魔法の上級技を使いこなす彼女のことだから、このぐらいの地形操作はできるだろうと思っていたのだが、まさか地盤ごと抉るとは……想像以上の出来だった。
さて、もう一仕上げだ。
「頼んだぞ、リンチェ!」
「これでフィニッシュです」
小袋を抱えたリンチェは、そのまま窪地の中へ飛び込んだ。
「へっ、リンチェ先輩!? 蟻地獄の中に入ったら危ないよ?!」
ユルナ驚き声を上げた。
相手は雑魚とはいえネズミの大群。その凶悪な牙は少女相手にも容赦しないだろう。
だが、リンチェは狩りに馴れた猫のように素早く動き出した。
「新フレーバーです。どうぞ」
リンチェが取り出したのは、文字通り必殺の毒入りクッキー。
そいつが、ネズミの口へ次々と押し込まれていく。
しゅばばばば!
「チュッ……?」「チュー……」「ヂュッ!?」
ネズミたちの動きがぴたりと止まる。
そして次の瞬間、ネズミたちは一斉に泡を吹いて倒れ始めた。
いくら汚いドブ川に棲むムンクス種のネズミといえども、即応性の毒を前にして、なす術はなかったようだ。
「やった! 成功だよね、これ?」
「ああ。これだけ捕まえれば逆転は確実だろ」
あとは自分たちの陣地に持って帰れさえすれば……
「……木、燃えてる」
「え?」
マヤに言われて振り返る。
少し離れた場所で一本の木が松明みたいに燃え上がっていた。
……やばい。完全に消火のことを忘れてた。
このままじゃ普通に山火事だ。
くそ、こんな時に!
「時間がない。この火は俺が責任をもって始末する。お前らはネズミを運んでくれ」
「で、ですが……」
「この勝負、絶対に勝ちたいんだろ?」
「!!」
リンチェは目を丸くする。
数秒迷ったあと、小さく頷いた。
「分かりました。ここはお願いします、ライノさん」
リンチェたちは籠を抱え、そのまま審判のお姉さんのがいるところまで走っていく。
さて、と。
俺は消火に専念しないと。
最悪、ドブ川の水でもぶっかければ何とか――
『波の花!』
その瞬間、ブクブクと無数の泡が木へ覆い被さるように弾け、燃え盛っていた炎を包み込んだ。
ジュウゥゥゥッ――!
燃え盛っていた炎は、一瞬で勢いを失った。
大量の蒸気が立ち昇り、周囲が白く霞む。
助かった……が。
俺は、その水魔法を放った人物へと視線を向けた。
「アムル!」
「……まったく。ここまでするなんて、あんたたちって本当に無茶苦茶ね」
呆れたように腰へ手を当てるアムル。
「しかし、一体どうしてここに?」
「煙が上がってたから、あんたたちに何かあったんじゃないかって思って来たのよ。まさか火事の原因があんたたち自身だったとは思わなかったけどね」
「はは……すまん。でも助かったよ」
素直に礼を言う。
「これは……そ、その。さっきの借りを返しに来ただけなんだからね! 勘違いしないで!」
アムルは顔を赤くしながら、そっぽを向いた。
結果。
ねずみ捕り対決は、80対71で俺たちの勝利に終わった。
「うぅ〜〜……まさか最後に捲くられるなんて思わなかったわ……」
アムルががっくり肩を落とす。
「でも、ここまで差をつけられたら文句は言えないわね」
「ええっと、勝った側は負けた側に一つ命令できる、というルールでしたが、どうしますか?」
「ああ、そうでしたね」
リンチェは少し考え込み、
「正直、何も考えてませんでした。なので、その権利はまた今度使います」
と、あっさり言った。
「えぇっ!? いま使いなさいよ!?」
「皆さんがそれでいいのでしたら。あと、ネズミの換金作業がありますので、一度ギルドへお越しいただけますか?」
ギルドのお姉さんがそう付け足す。
気づけば、空はすっかり夕焼け色だった。
「……腹減ったな」
思わずそんな言葉が漏れる。
その時。
帰り道で、リンチェが隣へ並んできた。
「ライノさん」
「なんだ?」
「わたし、実は途中から勝負のことなんて忘れて、普通に楽しんでました」
そう言って、リンチェは笑う。
「……そうかい。そいつは良かったな」
「はい。今日はありがとうございました」
そして、ぺこりと頭を下げた。
「これからも、よろしくお願いします」
出会ってまだ一日目だっていうのに。
その言葉が妙に照れくさくて、俺はなんとなく鼻の頭を擦った。




