第9話「青い星の、裏側で」(改)
通信が途絶えたあと、室内には一瞬だけ“嘘のような”静寂が落ちた。
壁面を走る青白いラインライトが、規則正しく脈動している。
ついさっきまで国連のざわめきとルルナの暴走で混乱していたとは思えない静けさだ。
だが──こちら側もまだ騒がしい。
「もー!! お転婆なんだからぁ! 少しはレディとして慎みを持ちなさいよぉ!!」
「先輩はかたいんですよ~♡ このぐらい軽い方が絶対ウケがいいですよ~♡」
ルルナを羽交い締めにしたまま説教するアーシグマ。
当の本人はけろっとしており、むしろ誇らしげだ。
「……ふぅ、なんとか終わりましたね。」
端末席でアリスが肩を落とし、小さな安堵の息をこぼす。
落ち着いた性格とはいえ、さすがに国連総会の混乱は消耗したらしい。
背後でアーシグマが大げさに肩をすくめる。
「ほんとよねぇ~。この子のせいで一時はどうなることかと思ったわぁ」
「えへへ……でも絶対ウケてましたよ!」
胸を張るルルナ。
アーシグマはため息交じりに、だが少し口元が緩んで言った。
「まぁウケたかどうかはともかく……
地球の人たち、思ったよりノリがよかったじゃないの♡」
「ノリ……ですか?」
アリスが振り返ると、アーシグマは艶っぽく指先でモニターをなぞった。
「そうよぉ。反応が素直で可愛いじゃないの~。
ああいうの、嫌いじゃないわぁ」
アーシグマは“オネエ系の柔らかさ”と旧男性AIの知性が妙に同居した、
不思議な雰囲気のまま、モニターを軽くタッチした。
その時、扉が静かに開く。
「──無事に終わったか?」
セイラが入室した瞬間、
ルルナがぴょんと跳ねて抱きついた。
「ばっちりですよ~♡ チーフ~!」
「ばっちりじゃないでしょぉ!!」
アーシグマが横からすかさずツッコミを入れる。
「“ワレワレハウチュウジンダ”には肝が冷えたわよアンドロイドなのに!!」
セイラは抱きつくルルナを雑に引きはがし、額に手を当てた。
「……やはりやらかしたか」
「ち、チーフ、誤解ですっ!」
慌てるルルナを横目に、アリスがすぐにフォローした。
「多少の混乱はありましたが……
とりあえず、対話の約束は取りつけました。
現在は地球側の回答待ちです」
「そうか……」
セイラはようやく息をつき、
その肩がほんの少しだけ緩んだ。
それからすぐに表情を引き締め、別の話題を切り出した。
「――ところで、医療区と介護区の建設状況は? 順調に進んでいるか?」
「もちろん順調よぉ。」
アーシグマが胸を張る。
「建物もできたし、医療機器もベッドも薬も完備。準備万端ってやつよ♡」
「ほう、珍しいな。いつもならルルナたちに振り回されて遅れているというのに。」
「なぁに言ってんのよ、あなた。」
アーシグマはにっこり笑って、腰に手を当てる。
「男は度胸、女は愛嬌、オカマは最強よ!!」
「……お前な。」
セイラは眉をひそめた。
「元男性型アンドロイドではあるが、お前に“性別”の概念はないだろう。……地球でウイルスにでも感染したのか?」
「失礼ねぇ! これは文化的影響ってやつよ、文化的♡」
そのとき、後方からミントが元気な声が割り込んだ。
「それ知ってる! 地球の有名なことわざだよね! アニメで見た!」
「ことわざ?」
セイラが眉を上げる。
「どんな意味だ。」
「しらなーい! でも地球のオカマは強くて最強なんだよ、きっと!」
ミントが満面の笑みで答える。
アーシグマが手を叩いて笑う。
「そうそう、それでいいのよ! 理解はあとでついてくるの♡」
「チーフ~♡ いいですか? 地球では“ノリ”が大事なんですよ~♡」
ルルナが無意味に力説し、ミントも「ノリ! ノリ!!」と跳ね回る。
直後、ミントは脇にいたルルナに小声で聞いた。
「ノリって……あの黒い板みたいな食べ物?」
「そうそう!!」
「違うわよぉ!! リズムとかテンポって意味よ!!」
アーシグマが全力で補足した。
「お前らもわかってないじゃないか!!」
セイラの怒号が響く。
「セイラちゃんは怒りっぽいんだからぁ。そんなに眉間に皺寄せてたら皺が増えるわよ~?」
「増やしてる原因が誰か自覚しろ!!」
恒例のじゃれ合いに、アリスは小さく笑った。
ミントはそのままアリスの腕にしなだれかかり、甘えるように言った。
「ねぇねぇ、それより地球の人たちと会えるのいつ? あした?」
「某ジブ※アニメの女の子みたいなこと言わないの。」
アーシグマが笑いながら注意する。
だが意外な方向から声が返ってきた。
「……『となりの※※※のメ※』ですね。あれは良いアニメですよ。私もよく観ています。」
通信端末の前で、アリスがさらっと言う。
沈黙。
アーシグマとセイラの視線が、ゆっくりと彼女の後頭部に注がれる。
「……な、何ですか。その目は。」
「いや、別に。」
「地球文化の勉強です! アニメの一つや二つ、観ますよ!」
「……弁解が完全にオタクのそれだな。」
小さな笑いが通信室に広がった。
だがすぐにアリスが「あっ」と声を上げる。
「――ああっ、私としたことが! 回答期限を設定せずに通信を切ってしまいました……!」
「何をやっとるんだお前は……」
セイラが額を押さえ、深いため息をつく。
アーシグマが軽く肩をすくめて微笑んだ。
「まあまあ、いいじゃない。ほら、地球のことわざにもあるでしょ? “果報は寝て待て”、それに“急がば回れ”♡」
「それも地球の諺か。」
「そうよー。いい言葉よねぇ。」
セイラは目頭を押さえながら、ぼそりと呟く。
「……だいぶ我々も、地球文化――いや、日本文化に毒されているな。」
通信室の空調が静かに回る。
その中で、ミントの元気な声が再び響いた。
「じゃあ、あさってー?」
ミントが無邪気に問いかけたが、返す者はいなかった。
ただ、アーシグマの背中越しに、見えない誰かの微笑みだけ




