表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/83

79話 天野史郎、動く

「史郎ぉぉぉぉ!!」


野太い怒声が署内に響き渡った。


新聞をめくっていた史郎の手が止まる。

眉間に深いシワを寄せ、ぼそりと呟いた。


「……あー、また地鳴りだ」


バァンッ!

勢いよくドアが開く。


腹を突き出したスーツ姿の男――

署長の一徹が、真っ赤な顔で立っていた。

手には分厚い書類の束。


「お前が事件をやらねぇから、案件が山積みなんだ! 何とかしろ!!」


史郎は新聞を畳み、面倒くさそうにあくびをする。


「つまらん事件に興味はない」


「はぁ!? 署長の頼みでもか!」


「嫌だね、パパ」


「誰がパパだ!」


ドンッ。

机を叩く音が署内に響くが、誰も驚かない。


コーヒーを手にした葵、真由、梨花の三人は、

いつものように淡々としていた。


「また始まったね」

「はいはい、朝の漫才タイム」

「ツッコミ役が足りませんね」


一徹はため息をつき、机の上に分厚いファイルをドサッと置いた。


「じゃあ今日起きたばかりの事件だ。少しは仕事しろ!」


史郎は渋々ファイルを手に取る。

ページをめくるうち、眠たげだった目の奥にわずかな光が宿った。


「……ふぅん。これは面白い」


だがその瞬間、ファイルは一徹に奪われた。


「やりたいなら、先に溜まってる案件を片付けろ!」


「ええ~……」


心底うんざりした声。

しかし――その隙を見て、葵たちが動く。


三人そろってニコニコ顔。

机の上に、さらに分厚いファイルの山をドンッと積み上げた。


「はいっ、ついでにこれ全部お願いします♡」

「どうせ一瞬で終わるんですし」

「ね、史郎さん~?」


史郎は肩をすくめ、あきらめたように笑った。


「……しょうがねぇな」


ファイルを三つ机に並べ、コーヒーをひと口。

口元だけで笑う。


「――葵。タクシー強盗の犯人は“同僚”だな」


「えっ、同僚……ですか?」


「被害者の指紋まで全部拭き取って逃げてる。脅迫的な几帳面さ――いや、“臆病な几帳面”ってやつだ。

事件翌日、いつもと同じ時間に出勤してるのに、一分遅刻してる。普段は時間ピッタリな奴がだ。」


軽く鼻で笑う。


「それに珍しくクレームも貰ってる。興奮して眠れなかったんだろう。

こういうタイプは凶器をすぐ処分できない。怖いけど、手放すのも不安なんだ。

だから“肌身離さず”ではなく、“手の届くところに”置く。

凶器は自分の車か、勤務中のタクシーのどこかだ。さっさと調べてこい」


「……了解です、車両点検も併せて確認します!」


次のファイルを開く。


「真由。倉庫窃盗の犯人は外部+内部協力者だ」


紙をめくりながら、口角を上げる。


「狙われてる倉庫は大小バラバラ。一見法則性ゼロ。だが全部“防犯プログラムが厳重な倉庫”ばかりだ」


真由「……確かに、そうだけど……」


「なんで簡単に入れる倉庫を狙わねぇんだ?

答えは簡単だ。“下見しなくても内部構造を熟知してるから”。

でも全倉庫の内部に出入りは不可能。なら犯人が詳しいのは、

防犯プログラムの方だ」


史郎は机に“ドン”と指を置く。


「調べてみろ。同じ会社か、同じプログラマーだ。“必ずサインが残ってる”。

こういうアーティスト気取りのバカはな、必ずプログラムに自分の癖を残すんだよ。ガキに多いタイプだ」


「アーティスト気取り、ですか」


「本人は芸術のつもりなんだ。だが警察から見りゃただの落書きだ」


最後のファイル。


「梨花。連続窃盗は囮にドローンを使ってるな」


「ドローン?」


「被害者は全員、窃盗の直前に“何かに気を取られてる”。だが、誰も“何に”気を取られたか答えられてねぇ。

理由は簡単。音の小さい小型ドローン。視界の端を掠めても、気づける奴は少ない」


「窃盗の前に必ず近くをドローンが飛んでる。

現場の防犯カメラを洗え。上空映像に必ず残ってる。

機種がわかれば販売ルートも追える。ドローンの飛行ログから持ち主まで芋づる式だ。さっさと行け」


梨花は苦笑しながら頷く。

「また当たるんですよね、こういうの」


史郎が指を鳴らした。


「外れたら笑ってやれ。そのときは俺が飯をおごる」


署内がざわつく。


「マジっすか!?」

「理屈は……確かに通ってる!」

「裏取り行ってきます!」


「三人じゃ足りんだろ」

一徹がぼやく。

「他の捜査班もすぐ出せ。応援頼む!」


「了解です!」

三人は勢いよく廊下を駆けていった。


静かになった署内。

残るのは、咲と一徹、そして欠伸をしている史郎だけ。


咲がぽつりと聞く。


「……署長。なんで室長は、あんなに一瞬で事件を片付けるのに、自分では動かないんです?」


一徹は椅子にどっかと腰を下ろし、天井を見上げた。


「――あいつは昔からそうだ」


「どういうことです?」


「事件をな、“仕事”だと思ってねぇんだよ。

“ゲーム”だと思ってやがる」


咲が驚いた顔を向ける。


「犯人探しも、証拠も、トリックも――あいつにとっちゃパズルみたいなもんだ。

だから退屈な事件はやらねぇ。

“自分が楽しめないゲーム”は、興味すら持たないんだ」


「……変な人ですね」


「変人だよ。だが一度スイッチ入ったら、止まらねぇ」


そのとき、史郎がゆっくりと立ち上がる。

一徹の手から、先ほどのファイルをひったくるように奪った。


「さて、“面白い事件”とやらを貸してもらおうか、パパ」


「だからパパ言うな!」


史郎はニヤリと笑い、ファイルを開く。


「消えた犯人……いいね。退屈しなさそうだ」


その笑みを見て、一徹は深いため息をついた。


「――始まっちまったな」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ