第8話「ばっかもーん!!」(改)
国連本部・総会議室。
世界の命運を左右するはずの巨大ホールは、今や──完全なカオスだった。
巨大な円形ホールには各国の旗がずらりと立ち並び、天井の照明が白く反射している。
しかし、その厳かな雰囲気とは裏腹に、室内には“学級会の昼休み”さながらの騒音が渦巻いていた。
空調の低い唸りすらかき消すほどのざわめきが、果てしなく続いていく。
「えー、ですから! 日本代表を先行派遣するのは冗談で――!」
日本代表が必死に声を張る。しかし返ってくるのは真顔の返答ばかりだった。
「いやいや、冗談じゃなくて妥当だと思うが?」
「だって宇宙人、日本語ペラペラじゃないか」
「お土産にアニメDVDも忘れるなよ!」
「いや、むしろ寿司と天ぷらをだな――」
好き勝手に提案を飛ばす各国代表。
そのとき、後方で突然立ち上がったのは──推しアニメを巡って殴り合い寸前だった、日本職員チームである。
「まず議題に上げるべきはアニメの種類です!!」
若い男性職員が堂々と宣言した。
「そこじゃない!! 議題はそこじゃありません!!」
日本代表の叫びもむなしく、勢いは止まらない。
「寿司? 天ぷら? そんな爺臭いものより、まずスイーツです!」
女性職員が立ち上がり、拳を突き上げる。
「女の子は甘いものには絶対勝てません!!」
「そうだぞ! まず全世界協力して“美味しいスイーツ選定会議”を開くべきです!!」
「いいかげんにしろお前らぁぁぁ!!」
日本代表の悲鳴が虚空に溶けていく一方で、各国代表たちはむしろ悪ノリのギアを上げていく。
「うちはティラミスを推薦しよう」
「なら我が国のワッフルは外せませんな」
「いやいや! 我が国のマカロンを忘れてもらっては困りますよ!」
──スイーツ外交戦争、勃発。
世界のリーダーたちが真剣な顔でスイーツ自慢をするという、国連史上もっともカオスな光景が広がっていた。
国連の威厳は、会議室のドアに置きっぱなしのようだ。
後方のオブザーバー席。
各国の記者たちは青ざめた顔でキーボードを叩いていた。
「……俺たち、いったい何を見せられてるんだ?」
「これ、本当に報道に載せていいのかよ……?」
誰もが困惑する中、ひとりだけテンションがおかしくなった記者が立ち上がる。
「載せるも載せないもないだろ!
こんな面白ニュース、伝えないなんて記者の恥だって!」
「“面白い”って分類でいいのか!? これ宇宙外交だぞ!? 地球史だぞ!?」
「いいんだよ、たまには。地球滅亡よりはマシだろ?」
「……説得力あるようで全然ないのが腹立つんだよな……」
記者たちは諦めにも似た表情で次々と配信ボタンを押していった。
「日本、宇宙外交の最前線に押し出される?」
「“アニメと天ぷら”が国連の議題に」
「地球史上もっともカオスな会議」
ニュース速報が乱れ飛ぶたび、議場はさらに騒がしくなっていく。
もはや、誰がどう見ても“世界会議”ではない。
議場は完全に、学級会の昼休みと化していた。
議長席からは、何度も「静粛に」の声が響く。
しかし誰も聞いていない。
議長のこめかみに、ついに一本の血管が浮かび上がった。
「……限界だな。」
隣の書記官が小声でつぶやいた瞬間――
「ばっっっかもーーーーーん!!!」
マイクが悲鳴を上げ、会議室にキーンという音が響き渡る。
代表たちが一斉に肩をすくめた。
「お、おおお……怒ったぞ……」
「議長、ついにブチギレた……」
議長は顔を真っ赤にし、マイクを握りしめて叫ぶ。
「静かにしろと言っておるのが聞こえんのか、悪ガキども!!」
「わ、悪ガキ!?!?」
「ここは小学校の学級会ではないんじゃぞ!!
国の代表として……いや、大人としての分別くらいは持たんか!!」
会議室の空気が一瞬で凍りついた。
各国代表が互いに視線を交わし、頭をかく。
「……いやあ、つい悪ノリしすぎましたな。」
「まだまだ、私も子供でしたよ。」
「彼女たちの明るさに感化されたというか……」
議場のあちこちで反省の声が漏れる。
後方の職員席ではひそひそ声。
「“ばっかもーん”って、生で聞いたの初めてかも。」
「ほら、議長って昔、校長先生だったらしいよ。」
「あー……納得。」
「こらそこの職員!」
「ひぃっ!?」
職員たちは慌てて書類をめくるフリをした。
議長は深呼吸し、静かな声で言う。
「よろしい。皆もいい年の大人じゃ。
わしも、“廊下に立っとれ”などとは言いたくないでな。」
静寂。
そして――
「はーい! こうちょうせんせー!!!」
全員そろっての返答。
議長は笑っていない目でにこりとし、
「……全員、国連の廊下に立たせるかのう?」
「し、失礼しましたーっ!!」
会議室全体が反省モードに戻っていく。
笑いと緊張が混ざった空気の中、議長は議題を戻す。
「だが、よい提案もあった。――日本代表。」
日本代表はビクリと体を固くした。
「は、はいっ!」
「確かに、彼女たちは日本語を多く使っていた。
会談を円滑に進めるためにも、日本は必ず参加するように。」
「えっ、ちょっ、まっ――」
「では決を採る。賛成の方?」
「賛成!」「賛成!」「賛成だ!」
……日本以外、全会一致。
議長が満足げに頷く。
「よし。では日本は参加決定とする。」
日本代表は頭を抱えて椅子に沈んだ。
「……そりゃないぜ、校長先生……」
すぐそばで若い職員が小声で言う。
「お土産、用意しなきゃいけませんね。どのアニメにします?」
「……これ以上、俺を悩ませるな、馬鹿垂れ。」
深いため息がこぼれる。
笑いと安堵が入り混じったまま、会議は次の議題へと移っていった。




