75話 奉仕国家が変えた、女たちの夜明け その1(改)
世界は静かに、しかし確実に変わった。
〈奉仕国家〉の出現は、当初、多くの女性たちに恐怖と不安をもたらした。
「女性の立場や権利が脅かされる」
「性別による役割が固定されてしまうのではないか」
そんな声が、ニュースや街頭インタビューを埋め尽くしていた。
――だが、現実は真逆だった。
街を歩けば、色鮮やかな服に身を包んだ女性たちが
当たり前のように行き交っている。
奉仕種族の女性たちが纏う自由で大胆な装いは、
いつしか街の“基準”となった。
これまで保守的だったアパレル業界は一変した。
身体を隠すための服ではなく、
美しさと意思を表現する服が次々と生み出されていく。
「やっと、自分のアイデアを思いっきり形にできるわ!」
デザイナーのミオは笑顔でスケッチを手に取り、窓の外の通行人を眺めた。
「創造性の扉が開かれたって、このことね」
家庭も、仕事も。
どちらかを諦める必要は、もうなかった。
奉仕種族が家庭を支えることで、女性たちは仕事に全力を注げるようになった。
昇進も、大きなプロジェクトも、
「家庭があるから」と遠慮する必要はない。
出生率の回復により、結婚や子育ては社会全体で支えるものになっていく。
女性たちは、少しずつ確信し始めていた。
――もう、何も諦めなくていいのだ、と。女性たちはそう感じていた。
そして何より重要なのは、男たちの変化だ。
奉仕種族の存在で自信を取り戻した男たちは、
家庭でも職場でも、女性の足りない部分を補う力を持つようになった。
ある家庭の光景
リビングのテーブルを挟んで、
高坂悠真は妻の顔を見つめながら、少し照れくさそうに切り出した。
「なあ、沙月。あの子も来てくれてるし……
フラワーアレンジメントの仕事、本格的にやってみたらどうだ?」
妻の高坂沙月は、少し困ったように視線を落とす。
「でも……咲茉もまだ小さいし。家庭を疎かにするわけにはいかないでしょ……」
そのときだった。
「たっだいまー!」
弾む声と一緒に、奉仕種族の少女・テスタと、
幼い娘の咲茉がリビングに飛び込んでくる。
「ママ!!おねえちゃんがいるから、だいじょうぶだよ!」
咲茉が満面の笑みで叫ぶ。
「えまっちのことは、あーしに任せてよ」
テスタが胸を張るように言った。
「ちゃんと面倒見るしさ」
「ほら」
悠真も優しく続ける。
「俺も余裕ある日は、早く帰るようにするから」
「でも……」
沙月が迷っていると、
咲茉がぎゅっと彼女の袖を掴んだ。
「ママがね、わらっておしごとしてるの、すき!」
「おはなも、すっごくきれいだもん!!」
「それなー」
テスタがうんうんと頷く。
「えまっちに、ママのカッコいいとこ見せてあげなよ?」
沙月は、二人の姿を見つめ――
そして、静かに微笑んだ。
「……うん。やってみる」
その日、彼女は決めたのだった。
奉仕種族がいることで、子どもたちも変わり始めていた。
共働きで、家に帰っても誰もいない。
それが当たり前だった日常は、もう過去のものだ。
帰れば温かい食事があり、
勉強を見てくれる“誰か”がいて、
話を聞いてくれる家族がいる。
特に、まだ学習習慣の身についていない幼い子どもたちにとって、
その影響は計り知れなかった。
ある職場の風景
会議室で、若い女性社員がプロジェクト資料を前に頭を抱えていた。
「……どうしても、一人じゃ回らない」
すると、尊敬する上司の桐生真琴が肩をすくめて言う。
「無理することないでしょ?」
「“手を貸して”って言えばいいのよ。今の男たち、案外ノリいいんだから」
彼女は、意を決して声を上げた。
「ねえ……手伝ってくれる?」
「任せろ、俺がやる!」
「おい!俺にもやらせろよ!」
「前から面白そうだと思ってたんだよ、その企画!」
一瞬で集まる声。
そのとき、彼女は悟った。
――“自立した女性”は、一人で抱え込むことじゃない。
ただ「助けて」と言えることなのだ、と。
日常の小さなやり取りの中で、男女は互いの力を認め合う。
真の意味での男女平等――それは、男性も女性も、相手を信頼して自分の不得意を任せられる社会だったのだ。
銀座のカフェでコーヒーを啜りながら、ミオは微笑む。
「結局、平等ってのは権利じゃなくて、信頼のことなんだな」
窓の外を通り過ぎる人々の姿は、まるで未来のシルエットのように光っていた。
男女が互いを補い合い、支え合う日常――
それは誰もが思い描かなかった、ちょっと不思議で、
でも確かに幸せな光景だった。




