74話 幸福の裏側に咲くもの
――奉仕種族の到来から一年。
地球は、前代未聞の“幸福な時代”を迎えていた。
経済は急回復。出生率は右肩上がり。結婚率は過去最高を更新。
職場は活気づき、離婚率は激減。
街には笑顔があふれ、子どもたちの泣き声さえ“希望のBGM”扱いだった。
新聞の見出しはどれも同じだ。
《地球、完全復興へ》
《人類史上初の“幸福安定期”突入》
《奉仕国家モデル、世界標準に》
――だが。
その幸福を、まるで悪夢のように見つめる者たちもいた。
【某カフェ/元社会運動家たちの集まり】
「……笑えねぇよな。」
くすんだ眼鏡の男が、ぬるくなったコーヒーを啜る。
「俺たち、あれだけ“社会正義”を叫んでたのにな。
『多様性を尊重しろ!』『誰もが自分らしく!』って。
いざ“本物の多様性”が来たら……全部、持ってかれた。」
「奉仕種族な。ありゃ正義も理屈も持ってるし、性格もいい。
俺たちの言葉より、あいつらの行動の方が説得力ある。」
「ったく、皮肉だよ。
俺たちが作った“価値観の檻”を、アイツらが笑顔で壊してんだからな。」
テーブルの上に並ぶ、冷めたコーヒーと、沈黙。
SNSは罵詈雑言の墓場となり、かつての仲間たちは消えた。
「“奉仕種族と暮らしてる奴は差別主義者だ”とか言い出したの、誰だったっけ?」
「お前だよ。」
「……俺か。」
一同、乾いた笑い。
カフェの窓の外では、奉仕種族の女性が車椅子を押して散歩していた。
その穏やかな光景が、なぜか胸に刺さる。
【一方、女性団体の再編】
かつて「結婚も出産も呪い」と叫んでいた女性活動家たちは、
今や真逆の立場に立っていた。
「奉仕種族と共に生きる女性たちを支援します!」
「家庭もキャリアも、両立できる社会へ!」
テレビのワイドショーで、人気活動家・桜庭ナナが明るく笑う。
「子どもを産まない自由もあれば、産む喜びもある。
彼女たちは、どちらも肯定してくれるのよ。」
――“共生派フェミニズム”。
皮肉にも、奉仕種族がもたらした“新しい女性の生き方”が、
かつてのフェミニズムを救っていた。
「……“名誉男性”呼ばわりされてた私が、今や“共生活動家”よ。」
ナナは、軽く肩をすくめる。
「人間って、変わるのね。」
【LGBT団体の再生】
「俺、彼女(奉仕種族)と出会って、生まれて初めて“自分”でいられたんだ。」
元LGBT活動家の青年は、穏やかな表情で語った。
彼もまた、古い仲間と決別した一人だ。
「“多様性”って言葉を掲げながら、
気に入らない多様性は全部否定してたんだよ、アイツら。」
今では“奉仕種族とLGBTの共生を支援する団体”を立ち上げ、
徐々に支持を集めつつある。
街角には、かつてなかった笑顔が戻っていた。
――だが、その裏で。
かつて“左派連合”と呼ばれた集団が、急速に先鋭化していった。
【地下――新たな“裏社会”】
裏社会が消えた、とニュースは言った。
だが、それは“男の裏社会”が消えただけだった。
「食物連鎖の頂点が空けば、次に座るのは誰だと思う?」
黒いスーツの女が、氷の溶ける音を聞きながら笑う。
「……女、だよ。」
廃ビルの地下。
重低音の響くクラブで、女たちが新しい秩序を築いていた。
薬も、闇金も、売春も――すべて“女性対女性”で完結する。
男は、決して表に出ない。
いや、“出させない”のだ。
「男に手を出したら奉仕国家が出張ってくる。
だから、手を出すのは“女だけ”。わかった?」
「はい、姐さん。」
「いい子ね。」
彼女たちは女性用風俗店を買収し、
ホストクラブを裏で経営し、金を吸い上げていた。
「表向きは“恋と癒しの店”。でも裏じゃ、女が女を搾取する構図よ。」
新宿の裏通りに、ネオンがまたひとつ灯る。
夜は静かに、しかし確実に“女の世界”へと変わりつつあった。
【警視庁/経済犯罪対策課】
「……男社会が終わったと思ったら、今度は女社会ですか。」
若手刑事・坂本が、缶コーヒー片手にぼやく。
「奉仕国家のおかげで事件減ったのはいいんすけど、
女性の嫉妬と執念のほうがよっぽど怖いっすよ。
ここ最近の案件、全部“女対女”。」
「文句言うな。殺しが減っただけマシだ。」
ベテラン刑事・秋津は、資料の山をめくりながら呟く。
「けど賢いっすよねアイツら。
男を標的にしない。
全部“女性同士のトラブル”で片づけてる。」
「奉仕国家も、男の命が危ないとなりゃ国ごと飛んでくる。
だが事件にならなきゃ手が出せねぇ。
完璧なグレーゾーンだ。」
「じゃ、奉仕国家に協力願い出ます?」
「バカ言え。
内政干渉頼む警察がどこの世界にいる。
俺たちの仕事だ。」
「……そうですね。
国の女の悪さは、俺たち男で尻ぬぐいしないと。」
坂本は苦く笑う。
「まあでも、幸せな奴が多いのも事実っすよね。
結婚率上がって、出生率上がって、景気も上がって……
俺の給料も上がりましたし。」
「なら給料分働け。」
「ひどっ!」
坂本は缶コーヒーを一気に飲み干した。
「……次は男だけの宇宙人でも来ないっすかねー。」
秋津が鼻で笑う。
「いやあ、それはそれで勘弁だろ。」
二人の笑い声が、夕暮れの庁舎に虚しく響いた。
窓の外では、奉仕国家のニュースがまた流れている。
――世界は、今日も幸せだ。
……たぶん。




