73話 そして、世界は産声で満ちた
――裏社会一掃の騒動が落ち着いて、半年。
あの時、連日騒ぎ立てていたニュースキャスターたちは、
もう次の特集に夢中だった。
「奉仕国家がもたらす経済回復」
「彼女たちが導く新しい価値観」
「世界に訪れた静かな再編」
だが、今。
世界を本当に席巻している話題は、
もっと単純で――あまりにも明るすぎるものだった。
そう。
次の騒動は――出産ラッシュである。
都内某所、とある産婦人科。
おぎゃあ、おぎゃあと、元気な泣き声が響く。
看護師が勢いよくドアを開け、満面の笑みで叫んだ。
「おめでとうございます!! 元気な男の子ですよ!!」
「やった……!」
声を上げたのは青年・三浦 慎。
ベッドの上で汗を拭っているのは、奉仕種族のヴィオラだ。
「ヴィオラ……ありがとう、ありがとう、本当にありがとう!」
感極まって何度も頭を下げる慎に、ヴィオラは鼻を鳴らした。
「お礼言われるために産んだんじゃないわよ!
……この子も、あたしと同じように幸せにしなさいよね!」
「うん。絶対幸せにする」
慎は迷いなく言った。
「ヴィオラも、赤ちゃんも。全部、俺が守る」
その表情は、もうかつての気弱な青年のものではなかった。
そこにいたのは――確かに、“父親”の顔をした男だった。
ヴィオラは少しだけ驚いたように彼を見てから、ぽつりと呟く。
「……男の顔するようになったじゃない。なかなかいいわね」
「え? なんだって?」
「うるさい! バカ慎!!」
耳まで真っ赤にして怒鳴るヴィオラに、慎は苦笑する。
慎は苦笑した。
「ヴィオラは母親になっても、相変わらずだね」
――そんな幸せな光景が、今や世界中で見られるようになっていた。
厚生労働省・統計課。
「出生率に異常発生! 指数が跳ね上がっています!!」
端末に映るグラフを前に、若手職員マキが叫ぶ。
「1.2……1.5……って、上がってる!? 嘘でしょ!?」
「信じられません! 出生率が2%を突破しましたぁぁ!!」
「だ、ダメです! 完全に制御不能です!!」
「……暴走!? まさかの出生率暴走!?」
「やはり目覚めたのね。彼女が・・・」
ミサキとリンコが顔を見合わせて悲鳴を上げる。
「暴走じゃねぇよ・・・彼女って誰だよ・・・」
デスクの向こうで、上司の田中課長がコーヒーをすすった。
「……お前ら、仕事中に何叫んでんだ」
「だって、こんなグラフ見たことないですよ!」
「そうよ! 奉仕種族の出産ラッシュ、世界中で起きてるんですから!」
「まぁ……嬉しい悲鳴ってやつだな」
田中は腕まくりして笑う。
「ガキなんてすぐ大きくなる。俺たちも遊んでる場合じゃないぞ」
「そういえば、子ども家庭庁の同期の中谷も張り切ってるらしいですよ」
リンコが言うと、課長はニヤリとした。
「いいことじゃないか。入庁して初めて、
“数字の水増し”とか“予算の中抜き”以外の、
まともな仕事できてるんだ。喜んでやれ」
職員一同、微妙な笑い。
「俺たちも頑張らんとな。
奉仕種族の彼女たちはあくまでサポートだ。
実際に動くのは俺たちだ。しっかり仕事するぞ!」
「はーい!」
田中課長の声に、女性職員たちが顔を見合わせる。
――なんか、最近の男たち、頼りがいあるよね。
――前は「定時上がりが命」とか言ってたのに。
――まさかここまで変わるとはねぇ。
ミサキが冗談半分で手を上げる。
「じゃあ課長! あたしをお嫁さんにもらってくださいよ~!」
「おう、いいぞ? なんなら三人まとめて面倒見てやる」
「え、マジっすか!?」
「条件はひとつ。ペアリングしてるうちの嫁さんと仲良くやることだな」
「課長、やっぱ変わりましたねぇ……」
「そういうの、ちゃんと“覚悟”あるって感じですよ」
そこへ、書類を抱えた嘱託の山田がやってきた。
「おーい、課長。出生率レポートの最新版だぞ」
ミサキが興味津々で聞く。
「ねぇ山田さん、昔の男の人って……そんな感じだったんですか?
“嫁と子供は自分が養う”って」
「そりゃあな。全員ってわけじゃねぇけど、そういう時代だったさ。
“男なら守るものくらい持て”って、そういう空気があった」
山田はコーヒーをすすりながら、少し懐かしそうに笑った。
「最近の若い男たち、目の色が変わってるよ。いい意味でな」
女性陣は顔を見合わせ、ふっと笑う。
「変わったね、ほんと」
「“優しさ”と“覚悟”が、両立してる感じ」
「……あの子たち(奉仕種族)が、変えたんだね」
窓の外では、保育園帰りの親子が手をつないで歩いていた。
父親の手を、小さな手がぎゅっと握っている。
ミサキがぽつりと呟く。
「……昔みたいに、当たり前に“幸せな家庭”が増えてる。なんか、いいっすね」
田中課長がにやりと笑う。
「いいか? 出生率ってのは数字じゃねぇ。“希望の数”だ」
――その日、厚生労働省の会議室に初めて拍手が起きた。
そして、世界のSNSトレンド1位。
《世界平和って、案外“家族単位”で始まるのかもしれない》
――そんな誰かの書き込みが、あっという間に拡散された。
だが、その言葉を否定する者は――
もう、どこにもいなかった。




