72話 官僚とある独裁者のため息
各国の首脳たちは頭を抱えていた。
世界中のニュースが奉仕国家の話題で持ちきりになり、世論はすっかり“彼女たちの味方”になっている。
各国の首脳たちは、文字通り頭を抱えていた。
朝から晩まで、いや深夜に至るまで。
世界中のニュースは奉仕国家の話題一色だ。
――裏社会を更生させた救世主。
――犯罪率を激減させた天使たち。
――世界で唯一、男性を守る国家。
どの見出しも、もはや称賛の域を超えている。
世論は完全に“彼女たちの側”だった。
とある民主国家。
中央官庁の官僚室では、深夜の蛍光灯が白々と床を照らしていた。
机に散らばる資料。
冷めたコーヒー。
疲労で濁った目。
「……これを口実に、何か要求できると思ったんだがなぁ」
若い官僚が、ほとんど独り言のように呟く。
「馬鹿か」
即座に返ってきたのは、上司の低い声だった。
眉間を指で押さえ、心底疲れ切った様子で続ける。
「今あの連中に要求したらどうなると思う?
現政権が吹き飛ぶぞ。文字通り、な」
「……ですよね」
「ニュースじゃ“裏社会を更生させた救世主”扱いだぞ。
謝罪要求したのはお前らか、って抗議電話が殺到してる」
室内の空気が、さらに重く沈む。
官僚たちは顔を見合わせ、そして――全員そろって肩を落とした。
「……さっさとこのバカ騒ぎを収束させるほうが、よっぽど有意義だ」
上司のぼそりとした一言。
誰も反論しなかった。
それどころか、無言のまま全員がうなずく。
――もはや奉仕国家を責める国は、どこにもない。
敵に回す理由が、見当たらないのだ。
彼女たちが本気になれば、地球など簡単に侵略できる。
蹂躙も、支配も、やろうと思えば一瞬だ。
それでも彼女たちは、そうしない。
理由は単純だった。
彼女たちには、大切な“ご主人様”
――男たちがいる。この星に、守るべき存在がいる。
しかも現状、
どの国も直接的な被害を受けていない。
不利益すら、ほとんど存在しない。
ならば――
不毛な批判や文句を言う理由は、どこにある?
「……まったく、あいつら、やり方がうまい」
「善人に見えて、抜け目がないよな」
「でも――結果的に、助かってるのは俺たちだ」
誰かのつぶやきに、室内は静まり返った。
その沈黙は、なぜか――心地よかった。
独裁国家もまた、似たような状況に置かれていた。
重厚な会議室。沈黙が支配する中、誰かが口を開く。
「奉仕国家を敵に回したら……どうなる?」
一瞬の間。
「……難しいだろうな」
「我が国にも、第一次派遣でペアリングした男たちがいる。
下手をすれば、暴動が起きかねん」
「……暴動!? それは……」
若い幹部が、青ざめる。
「心配するな」
老幹部が腕を組み、ふっと笑った。
「それを抑えているのも、奉仕種族だ。
貴重な男の命を、無駄に散らすわけがない」
重く、否定できない沈黙。
「――明らかな体制批判以外には手を出すな」
その一言で会議は締めくくられた。
幹部たちが退室し、重い扉が閉じる。
残ったのは、側近と“将軍様”だけ。
「……なんとか、体裁は保てましたね」
側近が、低い声で言う。
将軍は椅子にもたれ、苦笑いを浮かべた。
「ぶっちゃけるとな――うちにも“彼女たち”、いるしな」
「……実は、私のところにもです」
「だよなぁ。来てから、ほんと助かってんだよ」
将軍はタバコに火をつける。
「民主化の声も止まった。
反体制組織も静かだ。
飢饉まで止まりやがった」
「……皮肉ですね」
「正直さぁ」
煙を吐きながら、将軍は笑う。
「この立場降りて、彼女たちと静かに暮らしたいわ」
側近は少し考え、低い声で答える。
「……無理ですね。
跡目争いしてたご兄弟方、最近めっきり動きが鈍いです」
「そりゃそうだ」
将軍は笑った。
「トップに立つより、今のほうが楽なんだよ。
独裁者やるより、彼女たちに助けられて“自分らしく生きる”方がな」
「……恐らく、その通りかと」
「だよなぁ」
二人はしばし見つめ合い――同時に吹き出した。
「はは……もう独裁者って感じしねぇな」
「平和ボケですね」
「奉仕国家が来てから、世界中ボケてんだよ」
タバコの煙が、天井へとゆっくり昇っていく。
その部屋に、もはや威圧も緊張もなかった。
ただ、奇妙で穏やかな――平和だけがあった。
◆
こうして世界は、またひとつ奇妙な安定を手に入れた。
混乱でも、完全な平和でもない。
ただ――
「奉仕国家がいるから、大丈夫」
そんな、曖昧で、しかし強力な安心。
地球は今日も、静かにざわついている。
「世界平和って、意外と“押し付け型”で成立するもんなんだな」
――誰が言い出したのか。
その皮肉は、この週のネットミーム一位になった。
そして誰も、それを本気で否定できなかった。




