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70話 奉仕国家と消えたヤクザたち

年が明け、三が日も過ぎた頃だった。

 各国の警察機関が、同じ報告書を前にして固まっていた。


 ――「日本最大暴力団・稲口組、解散」


 初日の出よりも眩しいニュースだ。

 しかも「会長引退」ではない、「組の解散」である。


 「……え、マジで?」

 警察庁の会議室で、刑事課の誰かが口を開けたまま呟く。


 「マジだ。解散届、正式に出た」

 「いやいや、そんなノリでコンビニ潰すみたいに言うなよ……」


 報道各社も大騒ぎだった。

 が、驚きの本番はそのあとに待っていた。


 都内某所。

 稲口組本部跡地にて、緊急の記者会見。

 白いスーツの老会長が、ゆっくりとマイクの前に立つ。


 「本日をもって、稲口は会長を引退いたします」


 記者席が一斉にざわついた。

 マイクを握る手が震え、カメラマンが三脚を倒す音すら響く。


 組員たちは口を開けたままだ。

 その中で、ひとりの子分が若頭にぼそっと言う。


 「兄貴……これからは、兄貴の時代っすね」


 若頭は煙草をくわえたまま、静かに首を横に振る。


 「……俺は継がねぇ」


 「え? じゃあ誰が……?」


 そこに、会長の言葉が続いた。


 「後継者には、若頭をはじめ全員に断られた。組の存続は不可能。

 よって――解散する」


 ざわっ。

 それは怒号ではなく、戸惑いのざわめきだった。


 「財産は処分し、現金にして各直系組長に均等に分配する。

 次の道を決めるのに活用してほしい」


 子分のひとりが涙目で叫ぶ。

 「なんでですか会長ォ!」


 若頭が肩をすくめて言う。


 「……みんな、奉仕種族に“変えられちまった”のさ」


 「は?」


 「会長をはじめ幹部連中もみんな――

 あの娘らのおかげで、きれいにされちまったんだよ」


 「綺麗って……洗濯でもされたんすか?」


 「心の方だよ、バカ。女売ったり、薬売ったり、

 高利貸しで弱いもんいじめなんざ、もうできねぇ。

 あいつらの前に立つと、心がチクチク痛ぇんだよ。

 ……たぶん会長も同じ気持ちだ」


 子分たちは黙り込んだ。

 会長は穏やかな笑顔で言う。


 会長は引退し、姐さんと共に奉仕国家で暮らすという。

 ――“ペアリング”した奉仕種族の娘と共に。


 “爺と娘”、ただの家族として。


 「ただの爺として余生を過ごす」


 と笑いながら。

 拍手が起きた。

 どこか、祭りのようだった。


 幹部連中もそれぞれ正業につき、堅気に戻ると言う。


 若頭も――。


 ペアリングした奉仕種族に手伝って貰っている鉄板焼きの店が順調で、

 支店を出す話にもなっていた。


 「お前も手伝ってくれよ」

 「一生ついてくって言ったでしょ兄貴」

 「兄貴じゃねえよ。これからは“社長”って呼べ」


 笑いが広がる。


 他の後継者候補の幹部たちも同じだった。

 建設会社、スクラップ会社、飲食店――どれも順調。

 フロント企業を本物の正業として、裏の仕事は完全に捨てた。


 彼らは若い子分たちに声をかける。


 「裏の看板はもうねぇ。

 ……今度は、表で稼げ。堅気に戻れ。家族を持て」


 若い子分たちを誘い、堅気に戻るよう促す。


 こうして、日本中の広域指定暴力団と呼ばれる組織が、

 引退・解散を相次いで発表した。

 そしてその流れは、世界へと波及していく。


 奇妙なことに、その動きは日本だけでは終わらなかった。


 アメリカ:大手ギャング組織が解散。

 イタリア:マフィアのドンが「俺は本物のファミリーの元に帰る」

 と言い残し、シチリアへ帰郷。

 フランス:密輸組織が孤児院に多額の寄付を。

 メキシコ:元カルテル幹部がホームレス支援を始める。


 世界の裏社会が、まるで罪の洗濯でも始めたかのように、次々と消えていった。


 世界の警察機関は騒然となる。


 「全員、同時期に解散!? 裏社会の連鎖倒産かよ!」

 「調べても調べても、何も出ません!」

 「裏金も、口座も、武器ルートも、きれいさっぱり消えてます!」


 捜査官たちの苛立ちは限界だった。


 そんなある日、FBI本部。


 「おい! この画像見てみろ!!」

 「なんだ、女の裸でも写ってたか?」

 「ちげぇって! これだよ!」


 モニターには、マフィアのパーティー会場の防犯映像。

 そこに――彼女たちがいた。


 現実離れした美貌。

 そして人間離れした雰囲気。


 「……奉仕種族か」


 同じ映像を、日本の警察庁国際課でも見ていた。


 「先輩!!これ!!これ見てください!!」

 「どうしたんだよ……うわ、マジか」


 捜査資料をめくる刑事たちは、顔を見合わせる。


 「でもおかしいですよ。派遣は名簿で管理されてるはずで……

  危険組織には近づかない協定が――」


 「……あ」


 誰かが呟いた。


 「やられた。あの時だ。第一次派遣の混乱期」


 名簿管理も手探り、混乱していた“あの時期”――

 奉仕種族たちは、静かに“裏社会”へ潜り込んでいたのだ。


 「もう俺たちの手の届く案件じゃねぇな……」

 「下手に突っつけば国際問題だ」

 「どうすんだよ」

 「上に上げる。国の案件だ、俺たち警察の領分じゃない」


 会議室は重苦しい空気に包まれた。

 “犯罪撲滅”という夢を、別の種族があっさり叶えてしまった現実。

 それが、何よりも衝撃だった。


 ――その頃、奉仕国家。


 アリスが突然くしゃみをした。


 「へっくしゅ!」


 資料を抱えていたアーシグマ・プライムが振り返る。

 「まあまあ、アリスちゃん風邪かしら~?」

 「いえ……なんか悪寒を感じたんです」


 デスクの向かいで書類をまとめていたセイラが眉をひそめる。

 「悪寒?」

 「ええ。とっても、めんどくさいことが来る気がします……」


 「またぁ~?」

 「え、またですか!?」


 周囲の奉仕種族たちが一斉にため息をついた。


 会議室の外では、テレビのニュースが流れている。


 『世界中の裏社会が一斉に“更生”。その裏で動いていたのは――奉仕国家?』


 「……やっぱりめんどくさいことになってるじゃないですかぁ!」


 アリスの悲鳴が、奉仕国家にこだました。

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