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68話 地球は今日も、やけに平和だった。

奉仕種族が飛来し、移住し、そして――重婚が合法化された。

ご祝儀とお礼爆弾によって世界経済は沸騰。


……そして、地球の価値観は、たった一年でまるごと変わっていた。


相変わらずリベラル系やフェミ団体の声は大きい。

けれど、奉仕国家のもたらす現金と安心の前では、一般市民の耳には届かない。

保守層は静かに、だが確実に“歓迎”へと傾いていた。


そんな年の瀬。

警察もそろそろ忙しくなる――はずだった。



「先輩、なんか今年、例年より事件少なくないっすか?」


警視庁の一角。

コーヒーをすすりながら、新人刑事の三浦がぼやく。

隣では、ベテラン刑事の黒田がタブレットを片手にスクロールしていた。


「そうか? まぁ、暇なことはいいことだ。平和ってやつだろ」


「いや、そういうことじゃなくて!」

三浦が身を乗り出す。

「去年のデータと比べても、件数が明らかに減ってるんですよ!」


「ほーん」

黒田は興味なさそうにあくびをした。


「特にですよ――奉仕種族が来てから! 減少傾向が続いてるんです!」


「そういや、マル暴の和久さんも言ってたな」

黒田がコーヒーを置いて呟く。

「暴力団も半グレもおとなしくなって、暇だってよ」


「ほら、やっぱりそうですよ!」


「“犯罪するより合法的に働いたほうが金になる”って言ってたぞ、あの人。関係ねぇだろ」


「いやでも、数字は正直ですよ!」


「最近じゃ小さい組が“裏稼業やめて正業一本でいく”ってのも多いからな。ほら、毎熊の親父さんもそうだろ?」


「“これからはタクシー屋一本で行きますわ”って言って、組の看板下ろしたんでしたっけ?」


「おう。わざわざ挨拶に来てたぞ。スーツじゃなくて運転手の制服でな」


「……なんか、平和すぎません?」


黒田は顎をしゃくって、三浦のタブレットを指差した。


「“女性被害事件”のグラフ見てみろ」


「それも減ってるんです! これ、正直びっくりしました。奉仕種族が来たら逆に増えるって懸念されてたじゃないですか」


「そりゃそうだ。お前、あの“デモンストレーション試合”見ただろ?」


「ああ、軍人5人を相手に、女の子1人でボコボコにしたやつですか……」


「そう。あれだ。あれ見て誰が手ぇ出す気になる?」


二人とも、あの日の映像を思い出していた。


奉仕国家代表チームの少女が笑顔で訓練スーツを着込み――

わずか三十秒で五人を沈めた。

軍人たちが救護班に運ばれ、観客が絶句する中、少女はにこやかに一礼して言ったのだ。


「ご指導ありがとうございました♡」


……あれ以来、裏社会でも有名な話がある。


半グレが奉仕種族をナンパして車に連れ込もうとして、全員病院送り。

骨折・脱臼・打撲フルコース。

現場に残ったのは無傷の奉仕種族の少女と、

「反省してくださいね♡」の一言だけだった。


以来、裏の世界ではこう呼ばれている。


《奉仕種族に手を出すな》。


掟を破る者は破門、絶縁。

もはや“裏の常識”だった。


「そりゃそうだ。あの一件以降、“奉仕種族に手を出すな”って通達が裏の世界でも出た。破った奴は即・破門だ」


「そ、そんな公式ルールが!?」


「暗黙の了解だよ。……まぁ、“病院送り”が続けば自然とそうなる」


「なるほど……奉仕種族、平和の番人みたいなもんですね」


「番人っていうか、**“天使の皮を被った地上最強兵器”**だな」


どっと課内に笑いが起きる。

だが、その笑いの奥には、妙な安心感があった。



夕方。

街路樹の葉が黄金色に輝くショッピングモール前――慎とヴィオラは久々のデート中だった。


「ねぇ慎、アイス食べたい。いちごとバニラ、半分こしよ」

「う、うん。でもさ……ヴィオラ、歩くのちょっと速――」


ドンッ!!


突然、通行人とぶつかって慎は尻もちをついた。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」


見上げると、金髪ツーブロックにメタルフレームのサングラス。

首にはごついチェーン。

どう見ても“元伝説系”の男だった。


「……ああ? てめぇ、俺にぶつかっといて“ごめん”で済むと思ってんのか?」


空気がピリつく。

慎の喉が鳴る。

ヴィオラがすぐに前へ出た。


「ちょっと、あんたがぶつかってきたんでしょ!? まずは謝るのが筋でしょ!」


「はぁ!? 俺がパープルヘイズのヘッドだって知って言ってんのか、ああ!?」


「知らないわよ! なにそれ!? ダッサ!!」


「ヴィオラ!! 火に油注がないで!!」


慎の必死な制止をよそに、ヴィオラは仁王立ち。

通行人がざわつく――そのとき。


「――健司さん、もう“パープルヘイズ”は解散しましたよ?」


澄んだ声。

白銀の髪の奉仕種族の少女が立っていた。

冬の日差しにきらめいて、まるで雪の天使。


「なんだよ……レイナかよ」

健司が頭をかく。

ヴィオラが「あれ? レイナ!?」と声を上げた。


「お久しぶりです、ヴィオラさん」

「なにその人? あんた、まさかコイツと――」

「はい。ペアリングしました」


「マジで!?」

ヴィオラ仰天。慎も口を開けたまま固まる。


レイナはにっこり微笑む。

「健司さん、よそ見して歩いてたのはあなたですよ。謝ってください」

「お、俺が謝る!?」


「その大きな体を小さくして謝る健司さん、とっても可愛いと思います」


「なっ……!!」

顔を真っ赤にして固まる健司。

ヴィオラが吹き出した。


「ぷっ……あははは!! レイナ、最高!」


慎は苦笑し、健司はぼそりと呟く。

「……お前も奉仕種族の女、連れてんだな」

「は、はい……」

「見た感じ……お前も尻に敷かれてんな」

「そ、そんなことないです!!」

「ふーん……」


健司は鼻で笑い、ふっと息を吐く。

「……悪かったよ。こういう普通の生活って、まだ慣れてねぇんだ」


慎はほっとして頭を下げた。

レイナが満足げに頷く。


「健司さん、ちゃんと“ごめんなさい”できましたね」

「ガキじゃねぇんだぞ! そんくらいできるわ!」

「健司さんは子どもより手がかかりますよ?」

「ひ、ひでぇ言い草だな……」


落ち込む健司を見て、慎とヴィオラもついに吹き出した。

――どうやら、元不良のヘッドも奉仕種族の前ではただの男らしい。



少し離れた通り。

パトカーの中で無線を聞いていた黒田と三浦。


「黒田さん、現場どうします?」

「どうもこうもねぇ。……必要なさそうだな」


「そうっすねー」


「帰るぞ。こっちまで平和ボケしちまう」


「そうっすねー」


「……手遅れだったか」


二人は同時に吹き出した。


夕暮れの街。

子どもたちの笑い声が響き、奉仕種族と人間のカップルが手をつないで歩く。


――地球は今日も、やけに平和だった。

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