68話 地球は今日も、やけに平和だった。
奉仕種族が飛来し、移住し、そして――重婚が合法化された。
ご祝儀とお礼爆弾によって世界経済は沸騰。
……そして、地球の価値観は、たった一年でまるごと変わっていた。
相変わらずリベラル系やフェミ団体の声は大きい。
けれど、奉仕国家のもたらす現金と安心の前では、一般市民の耳には届かない。
保守層は静かに、だが確実に“歓迎”へと傾いていた。
そんな年の瀬。
警察もそろそろ忙しくなる――はずだった。
◆
「先輩、なんか今年、例年より事件少なくないっすか?」
警視庁の一角。
コーヒーをすすりながら、新人刑事の三浦がぼやく。
隣では、ベテラン刑事の黒田がタブレットを片手にスクロールしていた。
「そうか? まぁ、暇なことはいいことだ。平和ってやつだろ」
「いや、そういうことじゃなくて!」
三浦が身を乗り出す。
「去年のデータと比べても、件数が明らかに減ってるんですよ!」
「ほーん」
黒田は興味なさそうにあくびをした。
「特にですよ――奉仕種族が来てから! 減少傾向が続いてるんです!」
「そういや、マル暴の和久さんも言ってたな」
黒田がコーヒーを置いて呟く。
「暴力団も半グレもおとなしくなって、暇だってよ」
「ほら、やっぱりそうですよ!」
「“犯罪するより合法的に働いたほうが金になる”って言ってたぞ、あの人。関係ねぇだろ」
「いやでも、数字は正直ですよ!」
「最近じゃ小さい組が“裏稼業やめて正業一本でいく”ってのも多いからな。ほら、毎熊の親父さんもそうだろ?」
「“これからはタクシー屋一本で行きますわ”って言って、組の看板下ろしたんでしたっけ?」
「おう。わざわざ挨拶に来てたぞ。スーツじゃなくて運転手の制服でな」
「……なんか、平和すぎません?」
黒田は顎をしゃくって、三浦のタブレットを指差した。
「“女性被害事件”のグラフ見てみろ」
「それも減ってるんです! これ、正直びっくりしました。奉仕種族が来たら逆に増えるって懸念されてたじゃないですか」
「そりゃそうだ。お前、あの“デモンストレーション試合”見ただろ?」
「ああ、軍人5人を相手に、女の子1人でボコボコにしたやつですか……」
「そう。あれだ。あれ見て誰が手ぇ出す気になる?」
二人とも、あの日の映像を思い出していた。
奉仕国家代表チームの少女が笑顔で訓練スーツを着込み――
わずか三十秒で五人を沈めた。
軍人たちが救護班に運ばれ、観客が絶句する中、少女はにこやかに一礼して言ったのだ。
「ご指導ありがとうございました♡」
……あれ以来、裏社会でも有名な話がある。
半グレが奉仕種族をナンパして車に連れ込もうとして、全員病院送り。
骨折・脱臼・打撲フルコース。
現場に残ったのは無傷の奉仕種族の少女と、
「反省してくださいね♡」の一言だけだった。
以来、裏の世界ではこう呼ばれている。
《奉仕種族に手を出すな》。
掟を破る者は破門、絶縁。
もはや“裏の常識”だった。
「そりゃそうだ。あの一件以降、“奉仕種族に手を出すな”って通達が裏の世界でも出た。破った奴は即・破門だ」
「そ、そんな公式ルールが!?」
「暗黙の了解だよ。……まぁ、“病院送り”が続けば自然とそうなる」
「なるほど……奉仕種族、平和の番人みたいなもんですね」
「番人っていうか、**“天使の皮を被った地上最強兵器”**だな」
どっと課内に笑いが起きる。
だが、その笑いの奥には、妙な安心感があった。
◆
夕方。
街路樹の葉が黄金色に輝くショッピングモール前――慎とヴィオラは久々のデート中だった。
「ねぇ慎、アイス食べたい。いちごとバニラ、半分こしよ」
「う、うん。でもさ……ヴィオラ、歩くのちょっと速――」
ドンッ!!
突然、通行人とぶつかって慎は尻もちをついた。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
見上げると、金髪ツーブロックにメタルフレームのサングラス。
首にはごついチェーン。
どう見ても“元伝説系”の男だった。
「……ああ? てめぇ、俺にぶつかっといて“ごめん”で済むと思ってんのか?」
空気がピリつく。
慎の喉が鳴る。
ヴィオラがすぐに前へ出た。
「ちょっと、あんたがぶつかってきたんでしょ!? まずは謝るのが筋でしょ!」
「はぁ!? 俺がパープルヘイズのヘッドだって知って言ってんのか、ああ!?」
「知らないわよ! なにそれ!? ダッサ!!」
「ヴィオラ!! 火に油注がないで!!」
慎の必死な制止をよそに、ヴィオラは仁王立ち。
通行人がざわつく――そのとき。
「――健司さん、もう“パープルヘイズ”は解散しましたよ?」
澄んだ声。
白銀の髪の奉仕種族の少女が立っていた。
冬の日差しにきらめいて、まるで雪の天使。
「なんだよ……レイナかよ」
健司が頭をかく。
ヴィオラが「あれ? レイナ!?」と声を上げた。
「お久しぶりです、ヴィオラさん」
「なにその人? あんた、まさかコイツと――」
「はい。ペアリングしました」
「マジで!?」
ヴィオラ仰天。慎も口を開けたまま固まる。
レイナはにっこり微笑む。
「健司さん、よそ見して歩いてたのはあなたですよ。謝ってください」
「お、俺が謝る!?」
「その大きな体を小さくして謝る健司さん、とっても可愛いと思います」
「なっ……!!」
顔を真っ赤にして固まる健司。
ヴィオラが吹き出した。
「ぷっ……あははは!! レイナ、最高!」
慎は苦笑し、健司はぼそりと呟く。
「……お前も奉仕種族の女、連れてんだな」
「は、はい……」
「見た感じ……お前も尻に敷かれてんな」
「そ、そんなことないです!!」
「ふーん……」
健司は鼻で笑い、ふっと息を吐く。
「……悪かったよ。こういう普通の生活って、まだ慣れてねぇんだ」
慎はほっとして頭を下げた。
レイナが満足げに頷く。
「健司さん、ちゃんと“ごめんなさい”できましたね」
「ガキじゃねぇんだぞ! そんくらいできるわ!」
「健司さんは子どもより手がかかりますよ?」
「ひ、ひでぇ言い草だな……」
落ち込む健司を見て、慎とヴィオラもついに吹き出した。
――どうやら、元不良のヘッドも奉仕種族の前ではただの男らしい。
◆
少し離れた通り。
パトカーの中で無線を聞いていた黒田と三浦。
「黒田さん、現場どうします?」
「どうもこうもねぇ。……必要なさそうだな」
「そうっすねー」
「帰るぞ。こっちまで平和ボケしちまう」
「そうっすねー」
「……手遅れだったか」
二人は同時に吹き出した。
夕暮れの街。
子どもたちの笑い声が響き、奉仕種族と人間のカップルが手をつないで歩く。
――地球は今日も、やけに平和だった。




