67話「正義の名の下に、空気が裂ける」
奉仕国家による“ご祝儀”と称された経済支援――
それは爆弾だった。比喩ではない。
世界中の市場を一斉に吹き飛ばす、歓迎すべき爆発だ。
数か月後、世界は異様な好景気に包まれていた。
失業率は下がり、治安は改善し、家庭内暴力の統計グラフは右肩下がり。
数字だけを見れば、理想郷への助走にすら見えた。
だが――
かつて“弱者の救済”を掲げて戦ってきた人間たちにとって、
その世界は決して居心地の良いものではなかった。
朝八時。
テレビから、いつもの“正義の声”が響く。
民放屈指の影響力を誇るリベラル系ワイドショー、
『モーニング・ジャスティス』。
毎朝八時から、視聴率は常時十五パーセント超。
出演者も、コメンテーターも、論調も――
すべてが“わかりやすくリベラル寄り”で知られている番組だ。
その日のテロップが、画面いっぱいに躍る。
「宇宙人“仕える”発言は、女性の権利後退の象徴か?」
スタジオの空気は、最初からヒートアップしていた。
「これは構造的ジェンダー差別の極みよ!」
「男性中心社会の幻想を、また押し付けてきたのよ!」
「受け入れるなんて論外!
これまで積み上げてきた女性の戦いが台無し!!」
パネラーたちが、我先にと声を荒げる。
「奉仕種族の到来によって、
女性が担ってきた“性の役割”が奪われているんです!」
「そもそも、彼女たちの言う
“Y遺伝子の輝き”? “匂い”?
あれ、ひどく曖昧で抽象的じゃないですか!」
「結局は男性至上主義、
いえ、宗教と変わらない!」
「最近、男性が自信を持って立派になっている?
違うでしょ!
あれは操られているだけ!!」
スタジオは、いつもの“正義の共鳴”で満ちていく。
――だが。
そこに、
致命的に空気を読まない声が割り込んだ。
「奉仕種族の子たち、がんばってるじゃないですか。
私は、好きですよ?」
にこにこと、
本当に屈託なく笑いながら口を開いたのは、
女性ゲスト――田所みどりだった。
一瞬、スタジオが凍る。
他の女性コメンテーターが、慌てて被せる。
「い、いや田所さん!
今は“女性の権利”の話をしているのであって、
頑張ってるとか、そういう感情論の話じゃ……」
しかし田所は、首をかしげて続けた。
「権利とか、難しいことはわからないですけどねぇ。
この前、友達の旦那さんの奉仕種族の女の子に、
助けられちゃったんですよ」
スタジオが、ざわつく。
「その子、なんて言ったと思います?」
田所は少し照れたように、笑った。
「『ご主人さまのお友達なら、私のお友達です』って。
ウフフ……ちょっと、嬉しくなっちゃいました」
――沈黙。
司会者も、
パネラーも、
誰一人、言葉を継げなかった。
その日の放送は、
視聴者にとっての神回となる。
SNSには、即座にコメントが溢れ返った。
放送事故www
相変わらず空気ぶち壊しで草
これなかったらこのクソ番組見てねえわwww
だが、亀裂はスタジオだけでは終わらなかった。
一方、あるリベラル団体の会議室。
「我々の正義が、軽んじられている」
「奉仕国家のせいで、運動が“感情論”に見られている」
重苦しい空気。
そこに、自然に溶け込むように座っている奉仕種族の少女がいた。
ペアリングしている男性の隣で、ノートを覗き込みながら言う。
「ご主人さま、ここ少し柔らかくした方が、一般の方に伝わりますよ?」
親身に、本当に“補佐”として意見を述べる少女。
その瞬間。
リーダーが、声を荒げた。
「――そもそも!!なぜ、ここに奉仕種族がいるんだ!!」
空気が一変する。
「そうだ!」「おかしい!」
メンバーたちが同調する。
だが、反論も上がった。
「でも、この子は俺たちの意見を、
世間に伝わりやすいように手伝ってくれてるんだぞ?」
「寛容が、俺たちの主義だろ?排除するなよ」
少数ながら、同調する声もあった。
それが――
引き金だった。
だがリーダーは、吐き捨てるように言った。
「奉仕種族とペアリングするから、そんな軟弱に考えになるんだ!!」
数人が立ち上がり、
奉仕種族の少女たちを――取り押さえた。
「何をする気だ!」
リーダーは、歪んだ笑みを浮かべた。
「特権だよ。奉仕種族は」
「なら、共有すべきだろ? 我々の財産だ」
ベルトの音。
――一瞬で、空気が凍る。
悲鳴。
怒号。
制止。
一昔前の“赤い団体”だったなら、
集団暴行に発展していたかもしれない。
――だが。
そこで。
奉仕種族の少女が、
柔らかい声で言った。
「あのー……ごしゅじんさまー?」
押さえられていた少女が、首を傾げる。
「こいつら、ミンチにしちゃってもいいですかー?」
その場の全員が、固まる。
――思い出される。
世界各国と奉仕国家の会談。
“デモンストレーション”と称された、公開処刑。
か弱い少女にしか見えない存在が、
軍人五人を、
一撃ずつ、静かにマットへ沈めていった
あの凄惨な光景。
全世界が、生中継で見た。
今、取り押さえられている少女たちは――
本気を出せば、人を壊せる存在なのだ。
リーダーは、
慌ててズボンを履き直した。
「と、とにかく!!この特権階級的奉仕種族と
ペアリングしている男は、追放だ!!」
だが、
どう見ても“ビビってやめた”のは明白で、
場は完全にしらけていた。
そこへ。
凛とした女性の声が響く。
「つーかさ。その子たち追放するなら、
あたしも抜けるわ」
桜庭ナナだった。
それを皮切りに、
女性たちの声が、次々と上がる。
「正直、サル山の大将やりたいのあんたには、
もううんざりしてたのよ」
「さよなら」
奉仕種族の少女たちと、
ペアリングした男性たちを連れ、
彼女たちは会場を後にした。
――このとき去った桜庭ナナが、
後に。
奉仕種族と共に生きる、新しい女性の生き方を掲げた
新しいフェミ団体を立ち上げ、
支持を獲得していくことになるのだが。
――それは、まだ先の話。
同じような“内ゲバ”は、
日本だけでなく、各国で同時多発的に起きていた。
奉仕国家のご祝儀は、
経済だけでなく――
思想そのものを、爆破していた。
戦うための正義は、
救われる現実の前では、あまりに脆かったのだ。
そして世界は、気づき始める。
圧倒的強者の女性が、笑顔で“仕える”世界では、
古い正義ほど、醜く露呈するのだと。




