64話 微笑みの爆弾の波紋(改)
映像の中で、シズクの黒髪がふんわりと揺れた。
スポットライトを受け、微笑みを湛えたその表情は柔らかく――
だが、放たれた言葉は、ホールの空気を一変させる力を持っていた。
「奉仕種族の子どもたちが、ほんの少しでも早う、
お宅の国民として溶け込めるようにするための措置ですぅ」
――お宅の国民。
その一言が、記者席をざわつかせる。
つまり彼女は、こう言ったのだ。
**「この子たちは、あなた方の国民です」**と。
奉仕種族は、自らの民族的アイデンティティを前面に押し出さなかった。
民族学校も作らない。独自の自治権も主張しない。
それどころか――彼女たちは、明確に“同化”を選び取っていた。
保守系紙『朝日新報』の記者が、思わず低く唸る。
「……やるな。完璧に読んでる」
その隣で、国際派リベラル紙の記者が眉をひそめた。
「危険だ。こういう“笑顔の同化政策”は、民族消滅につながる」
だが、保守記者は即座に言い返す。
「違う。同化じゃない。融合だ。
生まれる子どもは、両方の血を持ってるんだからな」
「それが危ないって言ってるんだ!」
議論は白熱するが――一方で、ネットは完全に“祭り”だった。
《奉仕種族は責任を分かってる。違いすぎる》
《他国に溶け込もうとする姿勢、理想の移民像だろ》
《民族学校も要求しない、法も守る、税も納める。文句ある?》
テレビ討論では、中年の評論家が胸を張る。
「彼女たちは“施される側”じゃない。“与える側”だ。
今の日本の男たちに必要なのは、こういうパートナーですよ」
スタジオに拍手が起こる。
司会の女性はわずかに眉をひそめたが――空気は、すでに変わっていた。
◆
アメリカ南部。
古びた木造のバーに、煙草と酒の匂いが満ちている。
革ジャン姿の中年男たちが、カウンターに集まっていた。
リベラル系メディアの記者が、必死にカメラを構える。
リーダー格の男が、ゆっくりと振り返った。
「あの子たちは弁えてる。ああいう連中なら、俺たちは喜んで受け入れるさ」
「そうだそうだ!」
野太い声が重なり、バーが揺れる。
「ゲイルのとこに来てる奉仕種族の子がな、町の伝統祭を手伝いに来たんだ」
「他の連中は見向きもしねぇのによ」
別の男が続ける。
「なんで手伝うんだって聞いたらよ――
『少しでもご主人様と地域の方たちを理解したいですから』だとよ。
健気で可愛いじゃねぇか……思わず涙出たぜ!」
バー中に笑い声が響く。
だが、その笑いは軽くない。熱を帯びていた。
「うちに来てる子もそうだ。ママの料理、一生懸命覚えてやがる」
「うちもだ!」
「筋を通す連中だ。なら、こっちも筋を通すだけだろ」
リベラル記者が、おずおずと口を挟む。
「ですが……白人の子が多い、ということは?」
空気が、わずかに張り詰めた。
「いや? ゲイルのとこは褐色の子だぞ」
「うちの子も茶色い肌だな。なんでだ?」
彼らは知らなかった。
アメリカ大統領ドナルドが、戦闘能力に優れた褐色肌の奉仕種族を強く希望していたことを。
別の男が、ぽつりと言う。
「……だからよ。俺たちで奉仕種族の祭りをやろうって話になったんだが……
無いらしい」
「旅ばっかりで、そういう文化が育たなかったらしいな」
「だったらよ――一年に一回、“奉仕種族移民祭り”をやろうぜ、って――」
「おい!!」
リーダー格の男が怒鳴った。
「それは言うなって言ってるだろ!!」
困惑する記者に、男はニヤリと笑う。
「オフレコだ。あの子たちを驚かせたいんでな」
勇気を振り絞り、記者が尋ねる。
「……でも、同じ移民でしょう? 何が違うんですか?」
――その瞬間。
「ああ!? 今なんて言った!?」
空気が凍る。
視線が一斉に、記者とカメラマンへ突き刺さる。
「寄生虫と、俺たちの家族の奉仕種族の娘っ子が同じだと!?
ふざけるな!!」
バーのマスターが、静かにショットガンを肩に担ぐ。
「その頭に風穴開けられたくなきゃ、今すぐ出てけ」
銃声。
机が倒れ、グラスが砕け散る。
二人は反射的に身を翻し、転がるように外へ飛び出した。
◆
南部の太陽が、容赦なく照りつける。
荒い息をつきながら、記者は呟いた。
「……記事、どうまとめれば……」
カメラマンは息を整え、静かに答える。
「逃げる途中で見えただろ。
――南部ですら、歓迎ムードがあるってことだ」
街では、家族連れや商店主、年配者たちがニュースを見て頷いていた。
SNSにも、素朴な言葉が並ぶ。
《頑張ってるじゃないか》
《歓迎すべきだろ》
地域に溶け込もうとする努力。
それが、人々の心に安心をもたらしていた。
――こうして奉仕種族は、
笑顔と誠意だけで、地球の保守層すら味方につけていく。
世界は、確実に変わり始めていた。




