60話 アーク・エデン計画(改)
――暗い部屋だった。
微かな照明が壁を舐めるように流れ、わずかな光だけが、
二人の輪郭を浮かび上がらせている。
外界の喧騒は遮断され、ここにあるのは静寂のみ。
世界から切り離された密室。
そこに立つのは――レオナとリュナ。
腕を組んだリュナが、低く息を吐く。
「……お前の狙い通り、奇跡ってのは起きたな。」
その動きに合わせて、リュナの胸がゆっさりと揺れる。
存在感を主張する柔らかな質量が、空気そのものを震わせるかのようだった。
もはや“視覚情報”ではなく、“現象”である。
対するレオナは、優雅に両手を広げ、くるりと振り返った。
その胸――微動だにしない。
まるで完璧に制御された静止体。
「ハハハ、そうだね!!」
軽やかな笑い声。
だがその奥には、氷のように研ぎ澄まされた知性が潜んでいた。
リュナは鼻で笑う。
「なんつったっけ? アークなんとか計画? 次の手はあるのかよ。」
再び、柔らかな波が空気を押し出す。
「“アーク・エデン計画”だよ? ハハハ!!」
「言ってて恥ずかしくねぇのかよ……」
「ハハハ!! かっこいいじゃないか。」
静止する小胸。
揺れ動く巨胸。
その対照が、奇妙なリズムを刻む空間だった。
そのとき――
暗がりの奥から、別の影がひっそりと覗いている。
マーヤだ。
(けったいな計画名やなぁ……)
心の中で呟きながら、形のいい胸をゆるりと揺らす。
「お前がいいって言うなら、まぁ俺から言うことはねぇよ……」
リュナの言葉とともに、空気を撫でるような柔らかな波。
それを視界の端で捉え、レオナは口角を上げた。
「ハハハ!! リュナ? 聞きたいんだけど、無駄に大きいおっぱいを揺らすのは僕を煽っているのかな?」
「はぁ!? 勝手に揺れるんだよ! しょうがねぇだろ!!」
語気に合わせて、リュナの胸がさらに波打つ。
「ハハハ!! てっきり僕の貧乳を馬鹿にしてるのかと思ったよ。」
小胸、静止。
凛とした無音。
「どんだけ乳にコンプレックス持ってんだよ!!」
(どんだけ乳にこだわっとんねん!!)
影の中で、マーヤの胸もつられて共鳴するように揺れた。
「そういや……お前が王子様みたいな格好するようになったのって――」
「な、なにかな!? 私は――じゃなかった、僕は!!」
唐突な狼狽。
肩を張り、胸を張り……だが、張る胸がない。
「僕はおっぱいにコ……コ……コンプレックスなんて持ってないさ!!」
(図星やんけ! バレバレやん!!)
マーヤの心のツッコミが、なぜかこの場に共鳴した。
話題を切り替えるように、リュナが咳払いをする。。
「もういい! で、“アーク・エデン計画”の次の手はどうすんだよ。」
「もう僕からすることはないかな?」
あまりにもあっさりとした口調。
だが、その声音には確信があった。
「はぁ!? どういうことだよ。」
「僕の計画はもう始まってて――もう終わっているようなもんさ。」
「何言ってんだ……」
「う~ん、栄養がおっぱいに全部注がれてるリュナに説明してあげなきゃダメか~。」
「乳にこだわりすぎだろ……」
小さく笑って、レオナは声を落とす。
「ご主人様と僕たちに子供ができた――もうこれだけで、天秤は僕たち有利に傾いていくってことさ。」
「?」
「リュナ、地球のリリスたちはね? 特に先進国になるほど、子供を産まないんだよ。」
「なんでだよ。」
「さぁ? リリスたちの気持ちはわからない。でも一つだけ言える。
“子を産む”という圧倒的アドバンテージを、彼女たちは自ら捨てたのさ」
「それと、こっちが有利になるのと何が関係あるんだよ。」
「今、地球人は“少子化”という病に悩んでる。」
その声には、揺るぎない確信が宿っていた。
「産んでも高齢出産や不妊治療の果て。ようやく生まれた子にも、不安が残る。」
レオナは目を閉じる。
そして――ゆっくりと開いた。
「――そこに僕たち奉仕種族。出産を望む健康で若いメスが現れたら、どうなると思う?」
「そりゃあ……喜んで種付けすんだろ。」
「それだよ。」
レオナの瞳に、淡い光が灯る。
「派遣される奉仕種族の女の子たちは、平均17.8歳。
“子供が作れない”と思っていた健康なメスと、子供が作れる。しかも、
喜んで産む。少子化に悩む国は、我先にと受け入れるだろうさ」
「少子化で悩んでる国は子供が増えて万々歳ってわけか?」
「半分正解かな?」
「まだあるのかよ。」
「あるさ。今後――地球のリリスたちは争うだろうね。」
微笑み。
それはあまりにも美しく、そして冷酷だった。
「リリス同士で……ね?」
「どういうことだ?」
「うん。リリスたちは僕たちみたいに共存できない。
“同族同士”で争うんだ。立場を、権利を、尊厳を取り合ってね」
「つまり、そいつらが争ってるうちに俺たちが地球の男の子供を産み続ければ――」
「そうさ。いずれ天秤は完全にこちらに傾く。
“リリス”たちが口だけで権利を叫んでいる間に、“真のイヴ”が世界を満たす」
「ククッ……おもしれぇな。しばらくは静観ってわけか?」
「そうだね。リリスたちが動き出すまではね。
……まぁ、その頃にはもう“手遅れ”かもしれないけど?」
フフフ、と笑いが闇に落ちる。
(えげつなぁ……)
「で? 僕の素晴らしい計画を、邪魔する気はないよね?」
その視線が、闇の一点――マーヤの潜む方向を射抜いた。
もちろん、小さな胸は揺れない。
「なんや、気づいとったんか?」
形のいい胸を揺らしながら、マーヤが姿を現す。
「マーヤ!! お前いたのかよ!?」
驚きとともに、リュナの胸がまたもや主張する。
「まあね。マーヤはどうするんだい?」
「なんもせんよ?」
肩をすくめると、胸がふわりと揺れる。
「てっきり邪魔してくると思ったけど。」
「ドンパチやらかすわけちゃうしぃ。
どうするかは――地球のリリスが選ぶことやろ?」
「ハハハ!! マーヤならそう言うと思ってたよ。」
「奉仕国家を二つに割ろうっちゅう話やなければ、静観させてもらうわぁ。」
フフフ、と二人の笑い声が闇に溶けた。
――そして。
「……マーヤも僕の貧乳を馬鹿にしてるのかい?」
「なんでやねん!!」
「しまらねぇなぁ……」
その瞬間、リュナの巨乳が最後にもう一度、大きく揺れた。
静寂の中、わずかな余韻だけが残る。
それは、世界が新たな「エデン」へ踏み出す、最初の胎動だった。




