57話 再会、そして……初ペアリング予約
奉仕種族大量派遣の混乱もようやく落ち着いた頃――。
奉仕国家は、国連加盟を正式に発表した。
その瞬間から、再び多くの輸送船が発着を繰り返していた。
飛び立つ船には若い奉仕種族たち。
着陸する船には、障がいを持つ男性や、治療・移住を希望する老人たちが乗っている。
「は~い皆様~こちらへどうぞ~♡」
アーシグマ隊が、まるで観光地の添乗員のように人々を誘導していた。
巨大な入国ゲートの前、銀色の制服が陽光を反射してまぶしい。
「入国審査が終わり次第、奉仕種族がペアリングに 伺う。不満がなければ、そのまま契約に進んでくれ」
セイラが淡々と告げると、隣のアーシグマ・ルビーが明るく補足する。
「ご自身での移動が難しい方はぁ~、病室やお部屋に直接うかがいますので,遠慮なく言ってくださいねぇ~」
整然と列を進む移住者たち。
その中に――アリスの視線がふと止まった。
どこかで見た顔。少し俯きがちにカバンを抱える地味な男性。
そして、彼女の記憶が瞬時に蘇る。
「……あっ!」
アリスの瞳が輝いた。
取材の日、ケーブルを巻いていたスタッフ。
彼女が「好みの遺伝子」と言ってしまった、
あの男だ。
「お久しぶりです! 会談の日以来ですね?」
弾けるような笑顔で駆け寄るアリス。
「ど、どうも……」
男性は戸惑いながら頭を下げた。
声が少し震えている。
「僕の名前は……荒木透といいます。」
「透さん……!」
アリスは小さくその名を繰り返し、
まるで宝物のように確かめる。
「覚えました! アリスです!」
と満面の笑みを浮かべた。
「知ってますよ、あの時は……会場で大変でしたね」
透の言葉に、アリスはふふっと笑う。
会話はぎこちないが、
どこか温かい空気が流れていた。
だが次の瞬間、透の声が少し沈む。
「情けない話ですが……うつ病を患ってましてね。
精神科の予約も取れず、思い切ってこちらに来た んです。集中治療、というやつです」
「まぁ……」
アリスの金の瞳が揺れた。
奉仕国家では“心の病”を持つ者を最も丁寧に迎えるよう教えられている。
その対象が、自分の“好みの遺伝子”の男性だなんて――。
「では、まだペアリング相手は決めていないんですよね?」
「ええ、この後、誰かが来てくれるらしいですが……」
アリスは静かに一歩踏み出した。
制服の裾が、柔らかい風を受けて揺れる。
「なら――私とは、どうでしょうか?」
「えっ!?」
透の目がまん丸になる。
遠くでマーヤがセイラの肩をつつく。
「おいおい、アリスのやつ、今日どうしたんや? めっちゃ攻めてるで?」
「いつも冷静なアリスが、あんなテンションなのは珍しい」
セイラは腕を組んで唸る。
「恋は突然に、ってやつね~♡」
アーシグマ・プライムが楽しそうに言う。
「茶化しちゃダメよ~」
「茶化してない! 茶化してへんって!!」
マーヤとセイラの漫才のような声に、周囲から笑いがこぼれた。
「私では、透さんの好みに合わないでしょうか……?」
アリスは少し悲しげに視線を伏せる。
「そ、そんなことないですよ! あの時はただの社交辞令だと思ってたんで……」
「私は本気でしたよ。私じゃダメですか?」
彼女が上目遣いで見上げる。唇が、
かすかに震えていた。
遠くのマーヤがぼそっと言う。
「アリスの“上目づかい”来たな……」
「?」
「セイラには一生でけへんテクニックや」
「どういう意味だ!!」
プライムが大笑いする中、
現場はちょっとしたコント状態に。
「い、いや……アリスさんは綺麗だし優しいし……俺なんかじゃ釣り合わないですよ!」
透の必死の弁明に、
アリスの表情がふわっと明るくなる。
「じゃあ――透さん。私とペアリングしてくれますよね?」
「え……えっと……」
「してくれますよね?」
「……はい。」
その瞬間、アリスの瞳がぱぁっと輝いた。
「では、お部屋に伺う時間ができ次第、初ペアリングをいたしましょう!」
そして小さく人差し指を立てて、笑顔で念押し。
「好みの子がいても、先にペアリングしちゃダメですよ? 初ペアリングは絶対、私ですから!」
「アリスさん以外とするな、って話じゃないんですね?」
「束縛なんてしません。でも――最初は、私がいただきます♡」
その笑顔には、奉仕種族としての誇りと、
ひとりの女性としての想いが宿っていた。
その一瞬、透の中で何かが静かに変わった。
「アリスのやつ、うまいことやったなぁ」
「うんうん、ご主人様見つかってよかったじゃな~い♡」
「私はもっと野性的な男が好みだが、あの男も悪くない」
「うちはもうちょい苦みが欲しいわ~。甘すぎるわ~」
彼女たちはそんな会話をしながら笑っていた。
一方、別の部屋では――。
「アリスもご主人様を見つけたか。なかなかいい男じゃないか」
レオナがディスプレイを見ながら微笑む。
「……いいね。俺好みだ」
リュナが低く呟く。
「おやおや? もしかして狙ってる?」
「さぁな。まだ時間はある。……じっくり見極めるさ」
「透くんも、これから大変そうだな~ははは」
レオナの笑い声が、モニター室に響いた。
夕暮れ。
奉仕国家の空は、淡い金色に染まっていた。
整然と並ぶ輸送船。
次々と飛び立つその光景を見上げながら、
アーシグマ・プライムが呟く。
「この国も、ずいぶん賑やかになったわね……」
マーヤが肩をすくめる。
「まぁ、ええことや。愛があれば、国なんて勝手に回るんや」
セイラが微笑を浮かべて頷いた。
「男たちが希望を取り戻し、女たちがそれを見守る――悪くない世界だ」
その視線の先で、アリスと透が並んで歩いていた。
ぎこちなく、でも確かに、少しずつ距離を縮めながら。
アリスが笑い、透が照れ笑いを返す。
その光景を見て、誰かがぽつりと呟いた。
「ここから――また新しい“ご主人様と奉仕種族”の物語が始まるんだな。」
金色の空が、ゆっくりと夜に溶けていった。




