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56話 鏡としての彼女たち その2(改)

だがその裏で、もう一つの火種が、音もなく燃え始めていた。


「奉仕種族は、Y遺伝子を持つ相手にしか仕えない――

 つまり、私たちは最初から対象外なんです!」


都心の広場。

拡声器越しの声が、夕暮れの空気を震わせる。


LGBT団体による抗議デモだった。

レインボーフラッグと共に掲げられたプラカードには、

太い文字でこう書かれている。


「#Y遺伝子差別を許すな」


代表者は、感情を抑えきれない様子で続ける。


「奉仕種族の仕組みそのものが、構造的差別です!

 “仕える相手を遺伝子で選別する”なんて、

 それを許せば社会は必ず歪みます!」


カメラが寄る。

SNSでは即座に切り取られ、拡散されていく。


――差別。

――排除。

――選別。


重たい言葉が、軽々しく投げ込まれていく。


だが、その喧騒とは正反対の場所で、

まったく別の“声”が、静かに上がっていた。


深夜。

ネオンが滲む街の裏通り。


ノンフィクションと銘打たれた、ある番組の収録現場。


クラブの楽屋で、ドラァグクイーンのマヤが鏡の前に立っていた。

夜のクラブ。

長い睫毛。

大胆なアイシャドウ。

何層にも重ねた仮面のようなメイク。

鏡の前でメイクを直すドラァグクイーン・マヤ。

その背後で、奉仕種族の少女が衣装の糸を丁寧に直している。


「ボタンが取れかけていました。

 次のステージではもっと光が映えるよう角度を変えますね」


マヤは鏡越しに、くすりと笑った。


「ふふっ、ありがと。やっぱりアンタ、最高のアシスタントね」

リズは誇らしげに、ほんの少し胸を張る。


マヤは小さくウィンクしながら、呟いた。

「この子は“男でも女でもない私”を、ちゃんと見てくれるのよ」


その言葉に、リズは否定も肯定もしない。

ただ、自然な仕草で頷いた。


それが、彼女の“答え”だった。


インタビュー用のライトが灯る。


「ですが――」

インタビュアーが慎重に言葉を選ぶ。


「奉仕種族は男性にしか仕えないのは差別だ、

 という主張もあります。同じLGBTとして、どうお考えでしょうか?」


マヤは一瞬だけ考え、肩をすくめた。


「そうねぇ……でも、彼女たちは宇宙人よ?」


にやりと笑う。


「地球人の、しかも最近作られた枠組みで、

 奉仕種族の子たちを縛ろうとするほうが、

 よっぽど傲慢じゃない?」


カメラが回る。


「“Y遺伝子差別”だという声もありますが?」


「それを言い出したら――」


マヤは、鏡越しに自分を見つめた。


「男なのに、男しか愛せない私も、

 差別主義者ってことになるのかしら?」


一瞬の沈黙。


「……いいえ。それは、違うと思います」


インタビュアーの答えに、

マヤは満足そうに微笑んだ。


「でしょ?

 この子たちは、Y遺伝子を持つ存在しか愛せない。

 それだけの話よ。私たちと、何が違うの?」


リズは、その言葉を、静かに受け止めていた。


「今後も、彼女たちと歩んでいきたいですか?」


「当たり前じゃない」


マヤは即答した。


「同じ“欠陥”を持つ者同士、

 無理に治そうとするより、

 仲良くしたほうが前向きでしょ?」


番組が放送されると、

SNSには、別の波が生まれ始めた。


「奉仕種族に救われた」

「本当の私を、初めて見てくれた」

「差別してるの、むしろ人間側じゃない?」


怒りと称賛が、同時に流れ込む。


世界は、また一段階、複雑になった。


VTRが終わり、スタジオに戻る。


コメンテーターが、苦笑いしながらまとめる。


「Y遺伝子しか識別できない仕組みが差別だと主張する人たちがいる一方で、

 その存在に心を救われてる人もいる――

 つまり、人間のほうが“受け入れる器”を試されてるってことですね」


司会者が頷く。

「奉仕種族は、誰を拒むこともない。ただ“ご主人様を選ぶ”だけ。

 なのに、人間はその単純さに耐えられないんです」


撮影が終わったスタジオ。


カメラマンの片山が、機材を片付けながら言った。


「……これで、奉仕種族の子たちへのやっかみ、

 少しは減るといいですね」


女性ディレクターの渡辺は、静かに頷く。


「そうだね」


第一次派遣の取材で大きな成果を挙げた二人は、

今やバラエティからドキュメンタリーまで、

幅広い番組を任される存在になっていた。


彼女たち自身もまた、

この変化の“証人”になりつつあった。


夜のネオン街。

ドラァグクイーンのマヤと奉仕種族リズが腕を組んで歩く。


「ねぇ、次のショー、もっと派手にしようか?」

「もちろん。あなたの輝きに、私はお仕えします」


街灯の光が、二人を柔らかく照らす。

人々が笑い、スマホを掲げ、SNSに書き込む。


「#本当の共生ってこういうことかも」

「#奉仕種族が鏡を持ってきた」


奉仕種族は、

誰かを裁くために来たのではない。


新たな地球の隣人として、

ただ――男性に寄り添うために来たのだ。

だが、その純粋さこそが――

人間社会の偽善や欲望、そして本音を、容赦なく映し出していた。


三か月前まで笑いの種だった彼女たちは、

今や人類にとって、最も正直な“鏡”となっていた。


そして、その鏡を覗き込む勇気を持てる者だけが――

新しい時代の「共生」を手にし始めていたのだ。

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