55話 鏡としての彼女たち その1(改)
奉仕種族が地球に降り立ってから、三か月が経った。
人類がこれほど短期間で社会構造を変化させたことは、歴史上かつてなかった。
介護施設の人手不足は解消され、老人の移住政策も円滑に進み、
第二次・第三次派遣の話まで出ている。
ニュースはどこも「順調」「好影響」「前代未聞の成功」と報じていた。
――人類は、正しい選択をした。
誰もが、そう思い始めていた。
だが、どんな変革にも“陰”はある。
それは戦争や暴動のような大事件ではなく、ある日、都内の産婦人科で起きた、
ごく小さな騒動から始まった。
「ご主人様……残念ながら、この子はご主人様の子供ではありません……」
沈黙。
生まれたばかりの新生児を抱いた妻・美咲が、
凍りついた顔で奉仕種族ノエルを見た。
傍らで夫の拓海も信じられないといった表情を浮かべている。
「な、何でそんなことがわかるのよ!」
「ペアリングによって、ご主人様のDNAを継いでいるかどうかは、
すぐに分かります」
ノエルの声は冷静だった。感情ではなく、ただ事実を伝えているだけ。
美咲は唇を噛みしめ、視線を逸らす。
必死に、言い訳を探しているのが分かった。
そのとき――
「こっちです!! ご主人様と同じ匂いがします!!」
リリィと名乗る別の奉仕種族が勢いよく部屋に入ってきた。
赤ん坊を抱き上げ、満面の笑みを浮かべて叫ぶ。
「ほら! ご主人様のDNAです! 間違いありません!!」
そこに現れたのは、美咲の浮気相手――田中翔だった。
一瞬にして修羅場と化した病室。
拓海は膝をついて泣き崩れ、ノエルが優しく支える。
「大丈夫です、ご主人様。私はずっと傍におります」
抱きしめる腕は、驚くほど温かかった。
この出来事は、瞬く間に報道された
事件は瞬く間に報道された。
奉仕種族の“ペアリング感知能力”によって、托卵が次々と発覚。
「DNAの守護天使」などと呼ばれた一方で、離婚件数は急上昇。
しかし、孤児や施設送りになる子供の数は激減した。
理由は、単純だった。
「ご主人様の子供は、私が育てます!」
そう名乗り出る奉仕種族たちの姿。
逃げ場を失い、観念したように子供を抱きしめる男たち。
その光景に、世論は単純な賛否を示せなかった。
SNSでは、
「#托卵阻止ありがとう」
「#奉仕種族が母になった日」
というタグがトレンドを埋め尽くす。
家族という単位が揺らぐ中で、
人々の価値観は、静かに、しかし確実に書き換えられていった。
ワイドショーも、その風向きを映し出していた。
かつては奉仕種族を連れた男性が嘲笑の的だった。
「いやぁ、あんな美人がおったらコロッと行くやろ?」
「男ってほんと見た目しか見てないのよね~」
そんな軽口が笑いとして消費されていた時代は、もう終わった。
今やテレビは討論とデータで溢れていた。
「奉仕種族の導入で、女性の権利が脅かされています!」
反対派の女性がマイクに向かって声を張る。
対するのは若手タレント・ユウカ。
冷静な口調と無表情な笑みで、まるで刃のように論を返す。
「なるほど。でも“どの権利”がどう脅かされてるんですか? 数字で言えます?」
スタジオが静まり返る。反対派は動揺しながらも食い下がる。
「だらしない男が増えてる!」
「感想ですね。データあります?」
観客席から笑いが漏れ、SNSが爆発した。
「#ユウカ論破」「#感想ですよね」がトレンド入り。
ユウカは続ける。
「奉仕種族が支えることで、引きこもりの男性が社会復帰してる。
家庭の暴力事件も減ってる。
“甘やかされて駄目になる”って、あなたの主観では?」
その日、視聴率は過去最高を記録した。
ユウカは翌週から“ひ※※き女子”の異名で呼ばれるようになり、
討論番組は一種の娯楽として社会現象化した。




