47話 少年の守護者と引き籠りの青年(改)
夜の住宅街は、静まり返っていた。
路地の向こうからかすかな足音が近づく。
母親の目を盗んで少年の部屋へ忍び込む男――
その手が少年に伸びた瞬間、空気が一変した。
白銀の髪がそよぎ、淡い光が男を包む。
「……私のご主人様に、触れないでくれる?」
低く、冷たい声。
リリィの瞳が鋭く光り、男の腕をねじり上げる。
「うわあっ!」悲鳴を上げた男は、飛び退きながら必死で逃げ去った。
夜の闇に溶けるその背を、リリィは一切追わない。
彼女の視線は、ただ一人――ベッドの上で震える少年に向けられていた。
「……大丈夫よ」
その時、玄関から怒声が響く。
「こんな怪力女がいるなんて……お前なんかと別れる!」
玄関から美咲の怒鳴り声が響く。
「あなたのせいで男に逃げられたじゃない!
どうしてくれるのよ、私が一緒に暮らす人が――!」
少年の傷など気にも留めず、怒りの矛先はリリィへ。
しかし、だが、リリィは一歩も引かない。
リリィは微笑みながら首を振る。
「私はご主人様を守るのが仕事よ?」
次の瞬間、その声は鋭くなる。
「あんたが母親だろうと関係ない。
誰であろうと――この子を傷つけさせないわ!!」
母親の言葉が続いても、リリィは動じない。
少年にとって、リリィこそが絶対の安全であり、唯一の存在だった。
「お姉ちゃん、いつも僕を守ってくれてありがとう」
陽翔の無垢な声が、リリィの胸の奥を、温かく満たした。
愛するご主人様を守るのは当たり前だ。
だが初めて、心の奥に“嬉しい”という感情が芽生えた。
「……守るのは当たり前よ!!
あたしのご主人様なんだから!!」
声を張りながら、リリィは小さく呟く。
「でも……この温かさ……悪くないわね……」
「これからも、絶対にご主人様を守るわ、共に歩みましょ?――」
月明かりの下、リリィは窓際で少年を見守る。
寝息を立てる少年の姿は、無垢で穏やかだった。
「どんな無関心な世界でも、私がご主人様を守り抜く
これは私の生涯の誓いよ――」眠りについた少年の額に、そっと口づける。
引き籠りの青年とノア
その家には一人の奉仕種族がいた――ノア。
この家に来て三週間。毎朝、淡い日の光が差し込むドアの前で、ノアはいつもと変わらず微笑む。
「お母さま、今朝もご主人様のために用意いたしました」
母親は少し申し訳なさそうに微笑む。
「いつも悪いね、色々任せちゃって……無理しちゃだめだよ」
ノアは軽く首を振り、毅然と答える。
「無理などいたしておりません。
私にとって、ご主人様にお仕えすることは喜びでございますから」
その翌日も、ノアはいつものようにドアの前に立っていた。
母親がパートに出かけようとすると、青年の部屋の扉が、ほんの少し、開いた。
「……ノア?」
青年の声はかすかに震え、目にはわずかに好奇心が光る。
ノアは穏やかに微笑む。
「はい、ノアでございます」
青年「きょ、今日は……こ、ここまでで……」
部屋から出られない自分を、青年は情けなく笑った。
ノアは静かに頷き、語りかける。
「ええ、ええ、ゆっくり、ゆっくり、進んでまいりましょう」
青年は言葉を詰まらせながら、震える手を差し出した。
「こ・・これから・・・よ・・よろしく」
その手をそっと握り、手の甲に自分の手を重ねる。
淡い光が差し込み、紋章が浮かぶ――ペアリングの成立。
ノアは思わず涙をこぼした。心の奥底から湧き上がる喜び。
「……ありがとうございます、私にお仕えさせていただけるのですね」
青年は再び部屋の奥へと戻るが、ノアはそれでよいと思った。
小さな一歩でも、彼にとっての“精一杯の前進”なのだから。
母親も、そっとノアを抱きしめ、二人で静かに喜びを分かち合う。
ゆっくりと動き出す日常
それからの日々は、少しずつ動き始めた。
小さな会話、温かい食事、何気ない笑顔――
扉越しの「ありがとう」。
それらはすべて、長く閉ざされていた青年の心を、少しずつ溶かしていく。
ノアは毎日、気配りと微笑みを絶やさず、青年の心の壁を丁寧にほぐしていく。
「ご主人様、本日のお食事でございます」
「今日は少し散歩してみませんか?」
その一言一言に、青年の瞳は少しずつ光を取り戻していく。
「……ノアといると、少しだけ、安心できる」
ノアは静かに頷き、心の中で誓う。
「どんな困難が訪れても、私はご主人様の側にいます。
そして、必ず笑顔を取り戻させます――」
夜空に浮かぶ月が、二組の主従を静かに見守っていた。
守る者。
寄り添う者。
奉仕種族は、今日も人知れず――
人間の心を、生きる方向へと導いていく。




