44話 変わり始める政治その3(改)
国会答弁、反省会(地獄)
――その先に、さらに地獄
その時だった。
コンコン。
首相執務室のドアが、遠慮がちにノックされた。
ほんの小さな音。
だが今の三人には、それが救いの鐘のように聞こえた。
「……?」
三人が、まるで示し合わせたかのように同時に顔を上げる。
「入ってくれ」
佐藤総理の声に応えて、静かに扉が開いた。
姿を現したのは、女性議員・高安。
現実主義者、冷静沈着、党内調整能力も高く――
次期総理候補の名が、半ば公然と囁かれている人物だ。
その姿を認識した瞬間。
(助かった!!)
三人の脳内で、同時に歓声が上がった。
――これで解放される。
――仕事だ、仕事なら逃げられる。
佐藤総理は勢いよく立ち上がり、期待を込めて声を上げる。
「高安か!! どうした、こんな時間に……トラブルか!?」
その言葉に、高橋の瞳が輝いた。
「トラブルなら、僕が行きましょう!!」
さっきまで抜け殻だった男が、まるで別人のように立ち上がる。
「いや、トラブル処理なら僕でしょう!!」
藤原が即座に割って入り、高橋を押しのけた。
「高橋さんは引っ込んでてください!!」
三人が一斉に詰め寄る圧に、
さすがの高安も思わず一歩引く。
「え、えっと……」
一瞬、言葉を探し。
「次に出す法案の意見が欲しくて……」
「また、三人に手伝ってほしいんだけれど……?」
――沈黙。
まるで時間が止まったかのような、完全な静止。
次の瞬間。
「ええええええ……」
三人の肩が、まったく同じタイミングで落ちた。
救いの鐘は、追加ラウンド開始の合図だった。
そこへ、容赦なく声が飛ぶ。
「たかっちじゃ~ん、どした~ん?」
金髪ツインテールのナナが、ひらひら手を振る。
「えー、またぁ~?この前も手伝ったじゃ~ん♡」
アヤが腰に手を当てる。
「ご主人様の笑顔練習があるのにー!!」
ルルナが頬を膨らませる。
――その瞬間。
三人は、迷いなく床に手をついた。
「お願いします!!」
「今日だけは!!」
「命だけは!!」
完全な土下座。
プライド?
そんなものは、反省会の第一ラウンドで既に粉砕されている。
ナナは一瞬きょとんとし、次いでくすっと笑った。
「も~、ご主人がそこまで言うなら」
肩をすくめる。
「しゃ~ないな~♡」
「アヤも行く~♡」
アヤが軽く手を挙げる。
「しかたありませんね~♡」
ルルナもにこり。
高安は、その光景を呆然と見下ろしていた。
(……何、この地獄絵図)
ナナたちは書類を抱え、楽しそうに執務室を出ようとする。
――が。
ドアの前で、ふいに振り返った。
ナナが、にやりと笑う。
「練習サボったら」
低い声で。
「また、搾り取るからね?」
アヤがケラケラ笑う。
「明日の答弁見ればわかるから~。大丈夫っしょー?」
「ですよねー♡」
ルルナが無邪気に同意する。
三人は、軽やかに出て行った。
――嵐が、去った。
残された空気が、静かに戻る。
高安は、その背中を見送りながら、ぽつりと呟いた。
「……あの子たちのおかげで、仕事が本当にスムーズに進んで助かります」
佐藤総理が、苦笑いする。
「女性議員たちからはな……“男に媚びてる”だの、“甘やかしてダメにする”だの、言われてるが……」
視線を向ける。
「あんたは、気にしないのか?」
高安は、ゆるやかに首を振った。
「甘やかしてなんかいませんよ」
穏やかな声。
「あなたは答弁で堂々とするようになった。」
「高橋君も、以前みたいに慌てなくなった」
一拍置いて。
「藤原君は……まあ、あまり変わってないけど」
「そこですか!?」
藤原の悲鳴を無視し、高安は続ける。
「でも彼女たちは、“男を育てている”んです」
高安は微笑む。
三人は、言葉を失った。
高安は続ける。
「それにね、向上心のある女性議員は、みんなあの子たちに追いつこうとしてる。
「切磋琢磨って、こういうことなんだなって思います」
佐藤総理は、思わず笑った。
「……ははっ。そうか。こっちもうかうかしてられんな」
高安は、小さく――ほとんど聞こえない声で呟く。。
「……まさか、こんな調教されてるとは知りませんでしたけどね……」
「ん?今、何か言ったか?」
佐藤総理が首を傾げる。
「いえ。なんでもありませんよ?」
高安は即座に笑顔を作る。
そして、扉へ向かいながら振り返る。
「彼女たちの言う通り、練習サボらないでくださいね」
そう言って、執務室を後にした。
残された三人は、顔を見合わせる。
「……やるしかないな」
「……ですね」
「……負けられません」
悲壮な覚悟で、再び背筋を伸ばす。
――窓の外。
ナナ、アヤ、ルルナは高安の公用車に乗り込み、手を振っていた。
その笑顔は、確かにこの国の空気を少しずつ変えている。
政治の世界ですら、奉仕種族という“鏡”の前で――人間たちは成長を始めていた。




