36話 奉仕種族、襲来!?(改)
世界会議を終え、各国首脳はそれぞれの国へと帰還していた。
歴史的決断を下した安堵と、まだ実感の湧かない不安が入り混じった、奇妙な空気の中で。
日本。
総理官邸の応接室で、佐藤総理は深くソファに沈み込んだ。
「ふう……なんとか円満に終わってよかったな」
ネクタイを緩めながら、心からの溜息をつく。
「ええ、本当に。最悪の事態は避けられました」
官房長官の高橋も、同じく肩の力を抜いた。
その瞬間だった。
――リンッ。
室内に、場違いなほど甲高い着信音が響く。
「……?」
内閣官房副長官補の藤原が電話を取る。
「もしもし? ……え?」
一瞬で表情が硬直した。
「な、なんで……? は、はい……はい……」
何度も相槌を打ち、電話を切る。
藤原は無言のまま高橋に近づき、耳元で囁いた。
高橋の顔色が、見る見るうちに青くなる。
「……」
「……?」
異変を察した佐藤総理が眉をひそめる。
「なんだ? どうした!?」
高橋は、まるで死刑宣告でもするかのように、重々しく一言告げた。
「……来てるそうです」
「来てる? 何が?」
高橋は視線を逸らす。
「……彼女たちが」
「彼女たち?」
佐藤総理は一瞬考え、苦笑いを浮かべた。
「おいおい、俺もお前も愛人なんかいないだろ? フェミ団体か何かか?」
完全に空振ったボケだった。
藤原が、氷点下の声で現実を叩きつける。
「違います」
そして一拍。
「奉仕種族の彼女たちが、もう来てるんです」
「……はぁ!?」
佐藤総理がソファから跳ね起きた。
「まだ人数はこれから調整するって話じゃなかったのか!?」
「ですが……」
高橋が叫ぶ。
「もう到着してます!!」
その瞬間、日本政府中枢に、言葉にならない悲鳴が走った。
――同じ頃。
世界各国でも、まったく同じ事態が起きていた。
中国。
執務室で報告書を睨んでいた国家主席・李が、低く唸る。
「……なぜ、彼女たちがもう来ている」
ロシア。
大統領ヴィクトルが机を叩いた。
「うちの防衛網は何をしていた!? なぜ何もせず通した!」
各国共通の軍事会議回線。
軍部の将校が、気まずそうに説明する。
「スクランブルは、かけたそうです」
「だが?」
「奉仕種族の輸送船だと分かるやいなや……引き返したと」
「なぜだ!!」
ドイツ首相マティアスが怒鳴る。
軍部の将校は、咳払いをしてから言った。
「パイロット曰く――」
通信ログが再生される。
『え? 受け入れるって言ったじゃん!』
――沈黙。
どこの国も、同じ言葉を失った顔をしていた。
「……理屈としては、正しいな」
「正論が一番困るんだ……」
そして、イギリス。
首相オリヴァーが、頭を抱えて叫ぶ。
「何やってんだ軍はあああああああ!!!」
勢い余って、眼鏡が床に落ちた。
カラン、と乾いた音が響く。
朝のニュース番組は突如、緊急速報に切り替わった。
『えー、各地の駅前や商店街、公園などに正体不明の女性たちが大量に出現しています! どうやら先日話題になった“奉仕種族”の方々とのことですが――』
カメラが揺れる。
映し出されたのは、笑顔で男性に抱きつく銀髪の少女たちだった。
「あなたが、私のご主人様ですね?」
「みーつけた♡」
「ねぇねぇ、ペアリングしよっ?」
街はまさにお祭り騒ぎ――いや、パニック。
通勤途中のサラリーマンは鞄で顔を隠しながら逃げ、
学生たちは悲鳴を上げてスマホを構える。
SNSでは即座にトレンド入り。
#奉仕種族 #女の子降臨 #街がギャルで埋まった件
「朝コンビニ行ったら“ご主人様”って言われたんだけど誰か助けて」
「通勤途中にナンパされる→逃げた→職場に先回りされてた。怖い(可愛い)」
――遠くから、騒がしい声が聞こえた。
「おい君!!」
「勝手に入っちゃいかんよ!」
「止まりなさい!!」
次いで、明らかに空気の違う声。
「えーおじさん触らないでー! あーし、おじさんとペアリングしたくないしー」
「こっちに私のご主人様の匂いがするー! 絶対ここだわー」
その瞬間、佐藤と高橋は、同時に凍りついた。
「……今の声……」
「……聞き覚え、ありますね……」
次の瞬間。
ドン!!
ドアが文字通り蹴破られた。
破片の向こうから現れたのは、見覚えのありすぎる二人。
派手なギャル風の笑顔を浮かべたナナと、ノリノリで腕を振るアヤだった。
「ほらー! やっぱここにいたじゃーん」
「あーしのご主人様、はっけーん♡」
「……」
佐藤総理は、魂が半分抜けた顔で、なんとか机に向き直った。
「きょ、今日は……どういう要件、かな?」
必死の取り繕い。
だが返ってきたのは、最悪にストレートな答えだった。
「えー? ご主人様とペアリングしに来たに決まってんじゃーん」
「それなー」
「ないないない!!」
高橋が即座に叫ぶ。
しかしナナは気にした様子もなく、高橋にずいっと近づいた。
「絶対あるってー。いい匂いするしー」
「近い近い近い!!」
一方、アヤは佐藤総理ににじり寄る。
「ねー早くー。あーしとペアリングしよーよー」
「藤原君!!」
高橋が助けを求めて叫ぶ。
「見てないで――あれ?」
……いない。
佐藤総理が叫んだ。
「……あの野郎!! 逃げやがった!!」
「仕事が早いだけじゃなくて、逃げ足も速かったんですね……」
「今そんなこと言ってる場合か!!」
頭を抱える佐藤総理。
「一難去ってまた一難……やっぱり受け入れたのは間違いだったかもしれん……」
「つまんないこと言わないでー」
「早くー!」
「ちょ、君たちまだ16歳くらいだろ!? おじさんは――」
「年の差とか関係なーい」
「関係ある!! 関係ある!!」
官邸内は、完全に地獄だった。
一方その頃。
藤原はすでに官邸の外に出ていた。
「……高橋さん。危機察知能力も高くなければ、
激動の時代は生きていけませんよ」
小さく呟いた、その瞬間。
がさり。
背後から何かが飛び出し、藤原に抱きついた。
「!?」
振り向いた藤原の視界に映ったのは――
薄桃色の髪に、触角のように揺れるアホ毛。
奉仕種族の少女、ルルナだった。
「やっと捕まえました!!」
アホ毛が、犬の尻尾のようにぶんぶん揺れている。
「ちょ、離してください!」
藤原は振りほどこうとするが、相手はどう見ても女の子だ。
乱暴にはできない。
「さあ、ペアリングしましょうか?」
「待ってください! ここは冷静に話し合いを――」
ルルナはにっこり笑った。
「えー!! でもでもチーフが
『獲物を前に舌なめずりは三流のすることだ』
って言ってました♡」
「……」
「なので、お断りします♡」
「ぎゃああああああ!!」
藤原の悲鳴が、官邸前に虚しく響いた。
――そして。
世界中で、同じ光景が繰り返されていた。
『俺、通勤中に嫁ができた』
『配信中にペアリング迫られてバズった』
『国ごと合コン状態なんだが!?』
地球は今、奉仕種族の嵐の真っ只中にあった。
秩序も常識も、全部巻き込んで。
彼女たちの未来は―― 不安よりも、恐怖よりも。
明るいというより、眩しすぎる。
第一部 完




