32話 地球初のペアリング成立──翌日の会議がカオスだった件(改)
地球初のペアリングが成立した夜。
ニュースもSNSも、どの番組もその話題一色だった。
「異星の女性と地球人男性のカップル誕生!」
「新しい愛の形、世界を変えるか!?」
見出しはどれも刺激的で、熱狂と混乱が入り混じっていた。
そして明日で滞在三日目。
各国の首脳陣も、いつまでも自国を空けておくわけにはいかない。
アリスたちもその事情を理解していた。
「では明日、決めてもらいましょう」
アリスは静かに言った。
「私たちを――受け入れるのか、それとも拒むのかを」
各国の首脳陣は重々しく頷き、三日目の会議で最終的な結論を出すことを了承した。
翌日――三日目の会議。
冒頭から、地球側主導で討論が始まった。
「人道的にも、受け入れるべきだ」
最初に口を開いたのは、ドイツ大統領マティアスだった。
「彼女たちは敵意を持っていない。むしろ助けを求めている立場だ。
ここで拒絶すれば、後世に恥を残すことになる」
イギリス首相ののオリヴァーも続く。
「受け入れたほうが、メリットが大きい。
科学技術、医療、長大な航行記録――
これらはすべて、人類の財産だ」
軍関係者も、迷いなく賛同した。
「戦闘技術も興味深い。
共有されれば、防衛力は数十年先に進む」
フィンランド、ポルトガル、インドからも声が上がる
「男性限定でも構いません!
老人や要介護者への支援だけでも、
社会保障費の圧縮効果は計り知れない!」
次々と上がる肯定の声。
「デメリットより恩恵のほうが圧倒的に大きい!」
「法律なんて、あとで変えればいい!」
会議室は、一時的に楽観的な空気に包まれた。
――受け入れ派が多数を占める。
だが。
当然ながら、全員が賛成というわけではなかった。
女性閣僚、そして一部宗教国家の列から、
重たい沈黙が立ち上がる。
やがて、発言権を得たカナダ人の大臣アメリアが、
資料を机に置いたまま、静かに口を開いた。
「奉仕種族の受け入れは、人道的には称賛されるでしょう」
一拍。
「ですが――制度として見た場合、重大な欠陥があります」
会場の空気が、一瞬で引き締まる。
「彼女たちは“男性への奉仕”を前提とする存在です。
それが社会に組み込まれた瞬間、
女性は『奉仕されない側』として再定義される」
数名の代表が、露骨に眉をひそめた。
「これは差別の再生産です。いかなる形であれ、
“性別を条件とする奉仕構造”を国家が容認すれば、
男女平等の法的基盤そのものが崩れます」
続いて、宗教色の強い国家の代表が、ゆっくりと立ち上がる。
「我が国の立場は、明確です」
沈黙が、会議室を支配する。
「奉仕種族は、“奉仕するために生まれた存在”だと
自ら定義している」
彼は、真っ直ぐ前を見据えた。
「それは、倫理的に看過できません。
人は、目的として生まれます。
手段として生まれてはならない」
数名が、息を呑んだ。
「その存在を受け入れることは、
“生まれながらに役割を強制される生命”を正当化する、
極めて危険な前例となります」
続いて、各国の女性閣僚を代表してスウェーデンの大臣 イングリッドが、
事前に調整された文言を読み上げる。
「我々は奉仕種族を否定しません」
淡々と、冷酷に。
「しかし、受け入れは以下の条件が満たされない限り不可能です」
――奉仕対象を、性別で限定しないこと。
――国家・宗教・家庭単位での奉仕強制を一切禁止すること。
――奉仕種族が、“奉仕を拒否する権利”を明文化すること。
最後に、はっきりと。
「これらが満たされない場合、
本会議において、我々は反対票を投じます」
場内が、一気に騒然とした。
アメリカ大統領ドナルドは、露骨に顔をしかめた。
「……なんで、あいつらはあんな意地悪を言うんだ?」
半ば呆れ、半ば本気の声音だった。
「助けを求めてる相手に、あれこれ条件を突きつけて。
まるで踏み絵じゃないか」
隣で、イタリア首相ルカが肩をすくめた。
「おいおい。
俺の言った金言を、ママのお腹に忘れてきちまったのかい?」
佐藤総理が、低い声で尋ねる。
「金言って……昨日の“女神の慈悲”の話か?」
「そうさ」
ルカは笑う。
いつもの軽薄な笑顔で。
「奴らはいつもの正義ごっこで、さぞ気持ちいいだろう。
だがな――」
その視線が、奉仕種族の一団へ向く。
アリスたちは、
誰一人として口を挟まない。
怒りも、戸惑いも、焦りも見せず、
ただ静かに、人類の議論を見つめている。
「ここが“檻の中”だってことを、忘れてる」
ルカの声が、わずかに低くなる。
「女神たちは、
野蛮なサルたちに決定権を委ねて、
黙って見守ってくれている」
一瞬、笑顔が揺れた。
「だが俺は――逆に怖いね」
佐藤総理は、
ルカがかつて語った、
人類の侵略史を思い出していた。
力を持つ側が、
どれほど寛容に振る舞えるか。
それは常に、試される側の態度次第だった。
額に、冷や汗が伝う。
「……賢い女性たちの発言が出ることを、俺は期待してるよ」
ルカはそう言って、
再び軽薄な笑みを浮かべた。
会議室の中央で、
アリスは静かに瞬きをする。
その瞳に宿るのは、
怒りでも悲しみでもない。
――ただ、観測者の眼だった。
場内が一気に騒然とする。
女性たちの間でも意見は真っ二つに割れた。
そのとき――一人の女性が立ち上がった。
静かな椅子の音とともに、
一人の女性が立ち上がった。
フランス大統領――エミリーだ。
「私は……受け入れてもいいと思いますよ?」
え? という声があちこちで上がる。
「私は結婚していて、旦那もいるんですけどね?」
と、大統領は微笑む。
「うちの旦那、家のこと全部やってくれるんですよ。お義父さんの介護まで。だから私もこうして国際会議に出られるんです」
「それが何の関係があるんですか!」と反対派の女性が噛みつく。
「まぁまぁ、聞いてくださいな」
と、彼女は軽く手を振った。
「老人ホームに預けるのが怖いんですって。虐待のニュースもありますからね。だから旦那は自宅介護を選んだ。でも、見てて辛いんですよ。私、あんまり助けてあげられなくて……。
もし奉仕種族が来てくれたら、少しは楽になると思うんです」
「彼女たちが虐待しないって保証は!?」と声が飛ぶ。
「それは分かりません。でもね?」
大統領はふっと優しく笑った。
「昨日のペアリング成立の時、ヴィオラさんのあのまっすぐな目を見たんです。あれを見て……“信じてもいい”って思いました」
反対派の女性は言葉を失った。
場の空気が少しだけ静まる。
「アリスさん」
「はい?」
「もし私のお義父さんをお願いしたら、帰ってこれないなんてことはないですよね?」
横からセイラが即答する。
「いつでも出入り自由だ。介護者の家族用のレストハウスも完備している」
アリスも続けた。
「旦那様が自宅介護を望まれるなら、私たちは喜んでお手伝いいたします。必要であれば介護機器も提供できます」
「素晴らしい!」
大統領はぱっと笑顔になり、反対派の女性に向かって言う。
「それにね? せっかく出会ったあの二人を、“権利”や“法律”なんて小さな枠で引き離すなんて、かわいそうじゃないですか?」
いつもの朗らかな笑顔。
――やはり、エミリーはエミリーだった。
一瞬の沈黙。
そして、ブラジル大統領ルシアーナが、ぽつりと呟いた。
「……ヴィオラさんが選んだ彼、私の旦那の若い頃に似てるのよね。
あの子見てたら、私もあの頃を思い出しちゃって……ふふ、懐かしいわ」
反対派の女性たちは、呆れたような表情を浮かべていた。
だが――
会議室の空気は、確実に変わり始めていた。
その変化に、最初に火を投げ込んだのはイタリアだった。
「受け入れてもいいんじゃないですか?」
イタリアのソフィアが、軽い調子で言う。
「あの二人、散々煽っといて今さら“やっぱ無理です”って、
ちょっと可哀想じゃありません?」
「そうねぇ……」
続いて、オーストラリアのゾーイが肩をすくめる。
「今さら『受け入れません! 別れてください!』って言うのも、
後味悪すぎるでしょ」
その瞬間――
「――そういう問題じゃないでしょ!!」
反対派の席から、
スウェーデンのイングリッドが、鋭い怒声を放った。
「これは社会構造の話よ!
感情で決めていい問題じゃない!」
空気が、再び張り詰める。
だが――
今度は、引く者がいなかった。
「はぁ?」
ソフィアが、あからさまに眉を吊り上げる。
「あんた、昨日あの二人を一番煽ってたのに、
今さら何言ってんの?」
「そうそう」
ゾーイが、くすっと笑う。
「『あたしも恋がしたーい!』って言ってなかった?
あれ、幻聴?」
「……っ」
イングリッドの顔が、みるみる赤くなる。
「ぐ……ぬ……」
言葉に詰まるその様子に、
今度は別方向から声が飛んだ。
「ちょっと待ってくださーい」
スペインのルシアが立ち上がる。
「さっきから“女性代表”みたいな顔してますけど?
勝手に女性代表しないでくれますかー?」
その一言を合図に、
イングリッドの集まりに参加していなかった女性閣僚たちから、
次々と声が噴き上がり始めた。
「だいたいさぁ、
地球の宗教とか“女性”っていう小さな括りで考えて否定するの、
それ自体が差別じゃない?」
「LGBTは守るのに、
生命の危機にある奉仕種族は切り捨てるって、
ダブルスタンダードすぎません?」
「女にも奉仕しろって?
この前、男性としかペアリングできないって
科学的に証明されたの、もう忘れたの?」
「自分たちが気に入らない存在は、
見捨ててもいいってことですかー?」
一気に修羅場。
理論も理念も、もはや形だけ。
会議室は、完全に女性同士の舌戦の場と化していた。
その空気は――
まるで、女子校の昼休み。
そんな中、
擁護派の一人が、ふとアリスに視線を向けた。
「ねぇ、アリスさん?
ペアリングした男性の子供の世話も、手伝ってくれるの?」
「はい」
アリスは、迷いなく頷く。
「記録によれば、ペアリングした男性の血縁――
特にお子様を、自分の子のように見守り、
育児を補助していた例が確認されています。
男性のご両親の介助も、喜んでお手伝いさせていただきます」
「それ、最高じゃないですか!」
「そうよ!女性の負担も減るし、共働き家庭にはメリットしかない!」
「ていうか、共働きが当たり前の時代に一夫一婦制って、
正直もう無理があったのよ」
「彼女たちを受け入れて一夫多妻、全然ありでしょ!」
「男女で家計を支えて、奉仕種族が家庭を支える――
三人四脚、四人五脚でいいじゃない!」
声は、止まらない。
理念の戦争は、
いつの間にか“現実と欲望”の戦争へと姿を変えていた。
──こうして。
地球人女性同士の戦いは、
静かに、しかし確実に泥沼へと沈んでいくのだった。




