29話 第二試合後〜大国の戦慄とヴィオラ&青年の邂逅(改)
第二試合が終わった瞬間、
世界中の通信網が、文字通り悲鳴を上げた。
ニュース速報が次々と重なり、配信サーバーは赤信号を灯す。
久しく見ていなかった“数字”に、報道陣は狂喜していた。
「視聴率……跳ね上がってます!!」
「SNSトレンド、トップ10全部が奉仕種族関連っす!!」
「マジかよ……ここ十年で一番だぞ、この勢い!」
スタジオの隅で、SNS担当が頭を抱えながら叫ぶ。
「更新、追いつきません!
リポストの波が止まらない!!」
もはやこれは“模擬試合”ではない。
世界規模の祭りだった。
――その熱狂とは対照的に。
首脳席の空気は、別の意味で凍りついていた。
「……つ、つよ……」
誰かが、かすれた声で漏らす。
ほんの数十分前まで、
「少し扇情的すぎませんか?」
「いや、若いっていいですね」
などと、ナナたちの戦闘スーツに鼻の下を伸ばしていた男たちだ。
その顔から、色が消えていた。
「……別格だな」
「反応速度も、間合いの読みも、人間の訓練レベルを超えてる」
各国の軍部関係者が、低い声で意見を交わす。
「一対多で、あの空間把握……」
「上下左右、完全な三次元戦闘だ」
「反応速度、判断力、連携――どれも桁が違う」
「……正直言っていいか?」
一人が、ため息混じりに呟いた。
「うちの精鋭部隊より、普通に上だ」
別の将官が、苦笑する。
最初は“余興”と切り捨てていた二人も、
もはや黙ってはいられなかった。
ロシア大統領・ヴィクトルと、中国国家主席・李。
二人は視線を交わし、そして――同時にアリスを見た。
「……ミス・アリス」
ヴィクトルが、慎重に言葉を選ぶ。
「奉仕種族とは……全員が、あの戦闘能力を持っているのか?」
一瞬、会話が止まる。
アリスは、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「いいえ」
その一言に、
ヴィクトルと李の肩から、わずかに力が抜ける。
――だが。
次の言葉が、彼らを奈落へ突き落とした。
「あの子たちは、奉仕種族の中では――
そうですね、“中の下”といったところでしょうか」
「……なに?」
「生活補助を司る“始祖様”の血を色濃く受け継ぐ個体――
ナナたちや、私自身は、戦闘に特化していません」
アリスは、自嘲気味に微笑んだ。
「ですから、あれくらいが限界なんです」
限界。
その言葉に、ヴィクトルと李の表情が凍りつく。
アリスは、さらに追い打ちをかけた。
「純粋な戦闘能力だけで言えば――」
視線を、実況席の方へ向ける。
「解説席にいらっしゃるマーヤさんのほうが、はるかに上です」
「……」
「戦闘と守護を司る“始祖様”の血を色濃く受け継ぐ方ですから」
「正直に言えば……」
少し首を傾げて、はっきりと言った。
「マーヤさんなら、ナナたち三人を同時に相手にしても――
おそらく、圧倒します」
沈黙。
ヴィクトルも、李も、言葉を失っていた。
その様子を見て、アリスは少し困ったように首を傾げる。
「……あら?」
「もしかして、がっかりされましたか?」
慌てて、二人が否定する。
「い、いや……そんなことはない」
「非常に……興味深い話だ」
だが、その声は硬い。
――もし、この種族が敵だったら。
――ロシアと中国に、勝ち目はあるのか。
その問いを、
誰も口にすることはなかった。
だが、想像は一瞬で未来へと飛び――
自分たちが進めてきた領土拡大戦略が、
この種族の存在によって“絶対的な障害”になる可能性を悟り、
二人は同時に、ぞっとして首を振った。
そして、ほぼ同時に、部下へ短く命じる。
「近隣国を刺激する行動は控えろ」
「今は……余計な火種を増やすな」
何事もなかったかのように。
実況席では、何も知らないマーヤが、
ポテチをかじりながら陽気に手を振っている。
「次も派手にいくでぇ~♡」
その無邪気な声が、
なぜかやけに――恐ろしく聞こえた。
その一方で、
軍関係者たちの議論は、別の方向へ暴走していた。
「おいおい、簡単に雇うって言うなよ。ペアリング必須だぞ?」
「……つまり、それって」
「契約じゃなくて……結婚、だな」
一瞬の沈黙。
そして――
「……待てよ」
一人の将校が、目を輝かせた。
「若いのに、見合いさせるってのはアリじゃないか?」
「おっ」
日本の自衛隊関係者が、身を乗り出す。
「いいじゃないかそれ!
独身の若いの、うちにもゴロゴロいるぞ」
「これを機に、身を固めてもらえば――」
「職場結婚で、嫁さんの奉仕種族を顧問扱いにできれば」
「人手不足も解消だな」
「ナイスアイデアだ!」
――その瞬間。
「おほん!!」
女性陣の咳払いが、一斉に響いた。
男性陣は、反射的に背筋を伸ばす。
「……と、取り乱しましたな」
「いやぁ、あの強さに思わず……ははは」
アリスは、その様子を見て苦笑する。
「どうやら……味方が増えたようですね」
ふと周囲を見回し、
「……あれ? セイラさんがいない?」
ミントが、チップスをかじりながら答えた。
「主任なら『もっと盛り上げてくる!』って言って、さっき出ていったよ?」
ルルナも、首を傾げる。
「『圧倒的すぎてつまらん!』とか叫んでましたよ?」
アリスは、はっとする。
――そうだ。
セイラは、戦闘と守護を司る始祖様の血を継ぐ者。
久しぶりの本格的な戦闘を見て、
血が騒がないはずがない。
よく考えれば、
このデモンストレーションを提案した時点から、
彼女は少し……おかしかった。
「……あの鉄の女……」
嫌な予感が、背筋を這い上がる。
「……とんでもない暴走、しないでくださいよ……」
アリスは額に手を当て、深くため息をついた。
――そしてその予感は、
このあと、見事なまでに的中することになるのだが。
それを知る者は、
まだ誰もいなかった。
そして――場面はリング下。
次の出番を控えたヴィオラは、腕を組んでイライラしながらため息をついていた。
(……まったく。なんであたしがトリなんだか。見せ場は先に取られるし)
その時、視界の端を何かが横切る。
ケーブルの束を抱え、よろよろと通り過ぎる青年。
細身で、どこか影が薄い。あのバラエティ班の……たしか、ADくん。
「……あんた、こんなとこで何やってんのよ?」
「え、あ、ヴィオラさん! こんにちは!」
びっくりしてケーブルを落としかける彼。
頼りなさそうな笑顔に、思わずため息が出る。
「挨拶はいいから、質問に答えなさい。何やってんの?」
「えっと……僕、ドジだから撮影の邪魔になるって言われて……今はケーブル整理してます」
「ふーん」
無関心そうに答えたヴィオラだったが、青年の笑顔を見た瞬間、心のどこかがチクリと動いた。
「カッコ悪いところ見せちゃったかな? はは……」
「別に? 仕事に貴賎なし。雑用だって立派な仕事よ。胸張ってやんなさい」
「……雑用も、立派な仕事……か。うん、そうだね。ありがとうヴィオラさん!」
その笑顔。
真っすぐで、妙に眩しい。
(……なにそれ。ずるい笑顔しないでよ)
「なかなか、かわいい笑顔してるじゃない」
「え? 何か言った?」
「な、なんでもないっ!」
慌てて顔を背けるヴィオラ。
頬がほんのり赤い。
「名前は?」
「え?」
「名前を聞いてるの! 早く答えなさい!」
「えっと……僕の名前は、三浦 慎です」
「三浦 慎ね。覚えとく」
「よろしくね、ヴィオラさん」
「ヴィオラでいい」
「え?」
「だから“ヴィオラ”でいいって言ってんの!」
「わ、わかった。よろしく、ヴィオラ!」
「それでいいのよ」
腕を組み、そっぽを向いたまま呟く。
「……あたしのかっこいいとこ、しっかり見てなさいよ」
「うん! 応援してる!」
ヴィオラはフンと鼻を鳴らしながらも、心の中ではニヤけそうになるのを必死で抑えていた。
――その頃、リング上では何やら騒がしい気配が漂い始めていた。
嵐の前の、静かなざわめき。




