第21話 ― 質疑応答 ―
先ほどまでの感動の拍手と歓声が、まだ場内の空気に残っていた。
各国首脳たちの頬は紅潮し、記者たちもざわめきを抑えきれない。
アリスはセイラに抱えられながらゆっくりと席に戻り、わずかに微笑んだ。
「……皆さま、ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
会場に再び拍手が起きる。
そのタイミングを見計らって、アーシグマ・ノワールが前に出た。
「はぁ~い♡ では皆さぁ~ん、ご質問は挙手して一人ずつお願いしまぁ~す。
それでは、質疑応答を──はじめまぁ~す♡」
その声を合図に、各国の代表たちが一斉に手を挙げた。
瞬く間に森のように林立する腕。ノワールは少し嬉しそうにうなずく。
「はい、そこの代表さぁん。どうぞぉ」
一人目の代表が立ち上がる。
「仕える、という言葉を何度も聞きましたが……共生、という形はできないのか?」
アリスはわずかに首をかしげて、丁寧に答える。
「それは……不可能です。私たち奉仕種族は、“仕える方”がいなければ衰弱し、心神を失い、やがて死に至ります」
「そ……それは、残念だ……」
「ええ、誠に残念ですが……そのご希望には添えません」
その言葉に、場内の空気がわずかに沈む。だがすぐに次の手が上がった。
二人目。
「“奉仕”とは、どの範囲までを指すのか? つまり、どこまでのことを――?」
アリスは穏やかに微笑んだ。
「生活の世話から、学習や仕事の補助。夜のお供まで――すべてです」
「よ、夜のお供って……っ!」
某国代表の鼻から、ツーッと赤い線。
「おい! 落ち着け!」
「ご主人様が望むなら、という前提ですけど?」
その一言に、場内からどっと笑いが起こる。
三人目。
「それは“雇う”ということか? 労働契約のような?」
「いいえ。私たちは対価を望みません。愛するご主人様にお仕えすることが、私たちにとっての報酬です」
ざわつく会場。まるで宗教的な信仰を前にしたような空気が流れる。
四人目。
「対価とは……もしかして生命エネルギーを吸うとか、SF的なアレですか?」
「ふふっ。いいえ、ご主人様にデメリットは一切ありません。
奉仕種族は生涯ただ一人のご主人様にお仕えします。そのための“ペアリング契約”を結ぶことで、私たちの命は延びるのです」
五人目が手を挙げた。
「そのペアリングってのは、具体的にどうやるんだ?」
「ご主人様の体液を媒介にして行います」
ざわ……。空気が一瞬ピンク色に染まる。
「体液って……その、性的な……」
「おいやめろ!」
「今その話題出すな!」
「そうですね。ご主人様が望むならそれでも構いませんが、体液なら汗、涙、血液、唾液……鼻水でも可能ですよ?」
「さすがに鼻水は嫌だぞ!!」セイラが思わず突っ込む。
「ふふっ。鼻水は嫌だそうですから、それ以外でお願いしますね」
会場中が爆笑に包まれた。
七人目。
「男女どちらでも可能なのか?」
「男性のみです。ペアリングが可能なのは、Y遺伝子を持つ方だけです」
八人目が食い下がる。
「女性とは絶対に無理なのか?」
「奉仕種族同士で試みましたが成功例はありません。地球人女性でもおそらく不可能でしょう。……後で実験しても構いませんが」
その言葉に記者席がざわめく。
九人目。
「奉仕種族に男性は?」
「存在しません。支配種族が過去の過ちを繰り返さぬよう、女性しか生まれないように改造された記録が残っています」
十人目。
「では、どうやって繁殖している?」
「基本的には、コールドスリープで眠る始祖様たちのクローンによって増やしています」
十一人目。
「奉仕種族と子供はできるのか?」
「記録上、男性が存在した数万年前に一度だけ。以後は遺伝的調整により、子供が生まれることはありませんでした」
静まり返る会場。誰もが“彼女たちは繁殖のためではない存在”と理解する。
十二人目。
「現在、奉仕種族は何人いるのか?」
「正確な数字は母船に戻らないとわかりませんが……ノワール?」
「ざっくりでいいならぁ~、五十億人くらいかしらぁ♡」
「ご、五十億ぅ!?」
「地球人口の半分じゃないかぁ!!」
場内がどよめく。空調の音さえ掻き消えるほどの騒ぎだった。
十三人目。
「地球の“ご主人様”とは、地球人男性一人に最低一人が仕える、という意味か?」
「ええ。拒否される国があれば、一人に二人、三人とお仕えすることになります」
「ちょ、ちょっと待て! 未成年や老人も含むのか!?」
「ええ、もちろん。老若関係なくお仕えいたします。……なにせ人数が多いので」
アリスは柔らかく微笑んだ。
十五人目。
「ペアリングって、勝手にされることはないのか? 赤子や認知症の老人はどうやって?」
「私たちの一方的な行為では成立しません。
ご主人様が“認める”ことで初めて成立します。
過去の記録には、泣く赤子の涙を拭った瞬間に契約が成立した例がありますが……すべてではありません。赤子が“信頼した”奉仕種族のみだったと記されています」
首脳たちは顔を見合わせ、さらに混乱を深めた。
十六人目。
「五十億もの人数をどう賄うつもりだ? 食料も資金も、地球には限りがある!」
アリスは穏やかに微笑み、首を振る。
「ご心配には及びません。私たちは食料の生成と供給が可能です。むしろ輸出もできますよ? 安全確認の上で」
「そ、そうか……」
「資金に関しては、私たちの技術を――“特許”と呼ぶのでしょうか? 輸出すれば十分に賄えるはずです」
「ぜひお願いしたい!」
「うちの国にも!」
歓声が飛び交う。
アリスは静かに微笑んだまま、さらに言葉を重ねる。
「受け入れていただければ、もっと多くのメリットがあります」
「メリット? それは何だ?」
「地球では、老人や障害のある方々のお世話が大変だと聞きました。
私たち奉仕種族は――男性であれば、旅立つその日までお世話いたします」
セイラが口を添える。
「すでに介護区と医療区の準備は整っている。今日からでも受け入れ可能だ」
「介護や終末医療の対価は?」
「それも必要ありません。仕えさせていただくことでもう、すでに対価をいただいています」
控室のモニターを見ていたマーヤが、にやりと笑った。
「おー、やりよるやりよる」
「ちょ、ちょっと待ってくれぇ!!」
首脳陣が一斉に立ち上がる。
「我々も想定外のことが多すぎて混乱している。一旦休憩を――地球人だけで話し合う時間をもらいたい!」
「ええ、構いませんよ?」とアリス。
「では、一日目はここまでとしましょう。閉廷いたします」
各国代表たちが疲れ切った顔で退場していく。
舞台裏では、セイラとアリスが視線を交わした。
「なかなかうまくいってるんじゃないか?」
「ええ……あとは、“エサ”に食いついてくれれば、なんですけど。そう簡単にはいかないでしょうね」
「だいじょうぶよぉ~。きっと、うまくいくわぁ♡」とノワール。
アリスは小さく息をつき、薄く笑った。
「……ふふ、では次の一手を考えましょうか」
――地球側の混乱の中、交渉初日は幕を下ろした。




