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第20話「喧騒、そして策略」(改)

爆発のようなざわめきだった。


歓声と、非難。

拍手と、怒号。


会議場は、もはや厳粛な議場などではない。

例えるなら――世界中の価値観が、一斉に値切り交渉を始めた巨大な市場だ。


「彼女たちは――“仕える”と言った!」


南アフリカ大統領トゥマスが、机を叩いて叫ぶ。


「それは隷属を意味するのか!? この時代に!?

 我々はそれを許容しろと言うのか!」


その声に火をつけられたかのように、別の席からも次々と立ち上がる。


「人身売買の温床になるぞ!」


ナイジェリア大統領オラワレの怒声。


「奴隷制の復活だ! 人道にもとる!」


イラン大統領アリが、強い口調で続けた。


反対派の席から噴き上がる怒号は、

恐怖と義憤、そして政治的直感が入り混じったものだった。


だが――


反対側から、まったく異なる感情を帯びた声が上がる。


「滅びかけの種族を……見殺しにするの!?」


ブラジル大統領ルシアーナが、悲痛な表情で立ち上がった。


「彼女たちは助けを求めているのよ!

 それを拒絶することこそ、非人道的じゃない!」


「そうだ!」


インド首相プリヤンカーが即座に同調する。


「人工生命体だろうと、命は命だ!」


「我々は新たな共存の道を探るべきだ!」


フィリピン大統領ホセも、力強く声を上げる。


賛成派と反対派。

“共存”という理想と、“奉仕”という言葉への拒否反応。


怒号が怒号を呼び、

翻訳イヤホン越しの声が、さらに混乱を増幅させていく。


「あらあらぁ……みんな元気ねぇ」


フランス大統領エミリーが、いつもの調子で微笑んだ。

緊張を和らげたいのか、単に空気を読んでいないのか――判断がつかない。


「GOHKI、日本語で“BOSS”ってどう言うんだ?

 “ボス”で通じるのか?」


アメリカ大統領ドナルドは、まだそこに引っかかっていた。

世界の行方より、呼ばれ方のほうが重要らしい。


「……ドナちゃん、今それどころじゃねぇから」


佐藤総理は、乾いた笑いで返すしかなかった。

この場で唯一、日本の胃が縮んでいるのが目に見えて分かる。


そして、そのとき。


――バンッ!


机を叩く音が響く。


(助け船か!?)


佐藤総理が一瞬そう思った、その刹那。


「で、給料はいくら払えばいいんだ!?」


イタリア首相ルカが叫んだ。


「時給か!? 月給か!?

 それが大事だろ!!」


「終わったぁぁぁ!!」


希望は、即座に絶望へと変わる。


「おいバカ!!」


佐藤総理は反射的にルカの口を塞いだ。


「今それ聞かれたら政権終わるぞ!!

 マジでやめろ!!」


場違いすぎるやり取りに、

ロシア大統領ヴィクトルは眉間に深い皺を刻み、

中国国家主席の李も、無言で腕を組んだ。


イギリス首相オリヴァーは耐えきれずに吹き出し、慌てて口を押さえる。

隣ではドイツ首相マティアスが額に手を当て、静かに首を振っていた。


――あほか。

――発言する場を考えろ。


そんな無言の批判すら、もはや怒号に飲み込まれていく。


――混沌。


記者たちのシャッター音。

翻訳イヤホンから流れる多言語の声。

SNS中継のコメントが、リアルタイムで画面を埋め尽くす。


配信のコメント欄も、完全に制御不能だった。


『俺の家に来てくれ!!ご奉仕されたい!!』


“I’ll be your master!!”

(俺が君のご主人様になる!)


“나에게도 마침내 그녀가 할 수 있다.”

(ついに俺にも彼女ができるんだ)


“Je déteste les hommes”

(男なんて嫌い)


“我们应该找到共存之道”

(私たちは共存の道を見つけるべきだ)


“Mi dispiace che il nostro Primo Ministro sia un idiota”

(うちの首相がバカで申し訳ない)


“È solo un idiota, non una cattiva persona...”

(ただのバカなだけで、悪い人じゃないんだ……)


『みんなのコメント何書いてるか読めねーwwww』

『コメントがワールドワイドすぎて草』


会議場の空気は、もはや制御不能に近かった。


爆発のようなざわめきの中、

アリスとノワールは、ほとんど同時にマイクへ駆け寄った。


「し、静粛にしてください!」


「せーいしゅーくにぃ~~!!」


だが、二人の声は怒号と歓声の奔流に、あっさりと飲み込まれる。

議場は、完全に制御を失っていた。


その様子を一歩引いた場所から眺めていたセイラは、

深いため息をつき、椅子を立ち上がる。


「……黙れッ!!」


その一喝が放たれる、ほんの一瞬前。


――コツン。


小さく、乾いた音。


アリスが喉を押さえ、咳き込む。

白いドレスの胸元に、赤い染みが滲んだ。


一拍遅れて、会場が凍りつく。


「アリス!?」

「おい、誰か担架を!」

「医者! 医者を呼べ!!」


会場は一気に騒然となり、

記者席のフラッシュが一斉に明滅した。


その頃――

同じ人工島の控室では、まるで別世界の光景が広がっていた。


大型モニターに映し出されるアニメの戦闘シーン。

光線が飛び交い、巨大ロボットが宙を舞い、爆発が連鎖する。


それを、ミントたちは最前列にかじりつくように見つめている。


「今の技、どうやって浮いてるんですか!?」


思わず立ち上がったルルナが、画面を指さす。


「推進装置も見えないのに!

 反重力!? それとも気合!?」


隣ではヴィオラが頭を抱え、真剣そのものの表情で叫んでいた。


その後ろで腕を組むマーヤは、

別のモニターに映る会議場の様子を見て、口元を歪める。


「ほー……アリスの奴、なかなかやるやん。

 ええ芝居やねぇ。さすが“演技派外交官”や」


――会議場。


セイラがアリスを抱き起こす。


「大丈夫か!?」


「ええ……少し、むせただけです……」


アリスは、ゆっくりと立ち上がる。

その姿に、各国首脳が息を呑む。


「体調が悪いのなら、休まれては……」


「いいえ……奉仕種族の未来が、かかっているのです」


震える声。

それでも逃げない眼差し。


「こんなところで、休んでいるわけにはいきません」


その一言で、空気が変わった。


「私たち奉仕種族の寿命は、

 かつては二百年ありました」


会場中の視線が、彼女に集中する。


「けれど今は……三十年ほどしかありません」


どこかで、誰かが息を呑む。


「私は、もう二十二歳です。

 人間で言えば……六十を超えたおばあちゃんですよ?」


柔らかな笑み。

それがかえって、見る者の胸を締めつけた。


「ですから――

 残りの命を、若い奉仕種族のために使いたいのです。

 ……どうか、会議を続けさせてください」


沈黙。

そして、一人が立ち上がり、拍手を送った。


一人、また一人と続き、

やがて会場はスタンディングオベーションに包まれる。


「アリス様尊い!」

「アリス様に敬礼(`・ω・´)ゞ!」

『Alice is a goddess』(アリスは女神だ)

『앨리스님 진짜 천사!』(アリス様、本当に天使!)

『爱丽丝,我支持你!』(アリス、私はあなたを支持する!)

『Vaya, Alice es tan valiente...』(なんて勇敢なの、アリス……)


SNSのコメント欄は、“神格化”の嵐だった。


先ほどまで批判的だった首脳たちですら、

涙を浮かべながら拍手を送っている。


その喧騒の中、

アリスはセイラに支えられ、そっと背を向けた。


誰にも聞こえない距離で、低く囁く。


「……いくら寿命が三十年になったとはいえ、

 そんな急に来るもんじゃないだろ」


「あら、ばれました?」


「当たり前だ。

 急激な衰弱なんて、今どき薬で抑えられる」


アリスは、小さく肩をすくめる。


「セイラさんには、敵いませんねぇ」


「奉仕種族なら誰でも知ってる話だ。

 今ごろマーヤも笑ってる」


そこへ、横からひょいと顔を出す影。


「あらまぁ♡

 昨日あなたが血糊作ってたのって、やっぱりこのためだったのねぇ?」


ノワールが、楽しそうに微笑む。


「心臓止まるかと思ったわよぉん♡」


フラッシュが飛び交う会場を背に、

アリスは静かに目を細めた。


「……作戦、成功ですね」


閃光のように輝くフラッシュの中。

微笑むアリスの横顔は――


まるで、天使のように見えた。



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