第19話「会議、開幕。」(改)
世界各国の首脳、代表団、報道陣。
緊張に包まれた会議室のドアが、音もなく開かれた。
白銀の髪がふわりと揺れる。
入ってきたのは――アリス・フェルナンデス。
その背後にセイラ・カーン、そして一歩遅れて、独特な仕草でウインクするアーシグマ・ノワール。
三人の登場に、会場全体の空気が一変した。
ざわめきが止む。
報道用カメラのレンズが、一斉に彼女たちを追う。
アリスは穏やかに微笑み、マイクの前へと進んだ。
「――各国の皆さん。お忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます。
改めて、人工島〈ノア・プレート〉へようこそ」
落ち着いた声。
その一言で、張り詰めた空気がわずかに和らぐ。
「今回の会談の全権を任されております、アリス・フェルナンデスです。どうぞよろしくお願いいたします」
隣に立つセイラが一礼し、短く続ける。
「補佐のセイラ・カーンだ。よろしく頼む」
そして、ノワールが軽やかにマイクを奪い取る。
「その補佐のアーシグマ・ノワールよぉん♡ 皆様、よ・ろ・し・く~♡」
ウインクと同時に、会場から思わず拍手と笑いが起きた。
緊張が一瞬で吹き飛ぶ。各国代表たちも思わず肩の力を抜く。
アリスが再びマイクを手に取り、穏やかに告げた。
「皆さんの質問は、きっと“なぜ地球へ?”ということだと思います。
でも、その前に――私たち奉仕種族の歴史を聞いていただきたいのです。
その方が、私たちの目的を理解しやすいと思いますから」
会場が静まる。
アリスは深く息を吸い、静かに語り始めた。
「かつて、宇宙には“第一始祖民族”――神にも等しい文明を築いた種族が存在しました。
彼らに仕えるために作られた人工生命体――それが、私たち奉仕種族です」
モニターに古代遺跡や未知の文字の映像が投影される。
研究者席では科学者たちが思わず前のめりになる。
「しかし、始祖民族は傲慢でした。
私たちは、彼らのために働き、愛し、仕え続けました。
……けれど、やがてその歪みは限界を超え、奉仕種族は反乱を起こし、始祖を滅ぼしてしまったのです」
一瞬、会場にどよめきが走る。
黒人系国家の代表席からは、静かに拍手が起こった。
歴史の痛みが共鳴したのだ。
アリスは、微笑んでその拍手を受け止める。
しかしその笑みは、どこか寂しげだった。
「けれど――それは、間違いでした」
空気が変わる。
先ほどまでの誇り高い口調が、哀しみに染まる。
「私たちは何万年も“仕える”ことを本能とするよう進化していました。
仕える相手がいなければ、生きられない。
支配を打ち破ったその日から、私たちは……本当の意味で、孤独になってしまったのです」
一瞬、息を呑む音が響く。
「私たちは星を捨てました。
空虚な星を後にして――新たに仕える相手を探す旅に出ました。
そして、何万光年を越え……ようやく見つけたのです」
アリスはゆっくりと顔を上げた。
まっすぐに、会場の代表たちを見つめる。
「――地球を。
私たち奉仕種族が、仕えるべき“ご主人様たち”がいる星を」
その言葉に、記者席がざわつく。
翻訳イヤホンをつけた各国首脳たちも一斉に顔を見合わせた。
「けれど……私たちには、もう時間がありません。
かつて二百年あった寿命は、今では三十年ほどしかないのです」
アリスは小さく目を閉じた。
ほんの一瞬の沈黙。
そのあと、まっすぐな声で言い放つ。
「――どうか、地球の皆様。
私たち奉仕種族のご主人様になってはいただけないでしょうか?」
静寂。
言葉を失った会場。
翻訳機が遅れて「ご主人様」という単語を流した瞬間、誰もが凍りついた。
そこへ、軽い足取りでノワールが前へ出る。
「さぁ~~暗い話は、こ・こ・ま・で♡」
「と・い・う・わ・け・でぇ♡――ご主人様、大・募・集よぉん♡」
パチン、とウインク。
その瞬間、爆笑とざわめきが同時に起きた。
「……冗談か?」
ロシア大統領ヴィクトルが呟き、側近が肩をすくめる。
「いや……これは比喩表現なのか? どうなんだ?」
ドイツ首相マティアスが補佐官に耳打ちするが、補佐官も困惑していた。
「これは……本気で言っているように見えるが……」
中国国家主席の李は翻訳機を二度見し、額を押さえる。
ひそひそ声が飛び交う中、アリスが静かに首を振った。
「いいえ。冗談ではありません。
私たちは“ご主人様”を求めて地球へ来ました。
この言葉に、嘘も戯れもありません」
その笑顔――吸い込まれそうなほど透明だった。
「どうか、私たちのご主人様になってください♡」
場内が騒然となる。
真剣な顔で議論する者。
頬を染めて見とれる者。
呆気に取られて固まる者。
そんな中、ひときわ元気なのはフランス大統領エミリーだった。
「まあまあGOHKI! あんな可愛らしい子と暮らせるなんて素敵じゃないのぉ~♡」
「いやいやいやいや!! そういう意味じゃないから!!」
佐藤総理が即座にツッコむ。だが遅い。すでに火はついている。
アメリカ大統領ドナルドが妙に真剣な顔で問う。
「GOHKI! 俺はな、Master より BOSS と呼ばれる方が好きなんだ。BOSSじゃダメなのか?」
「呼称の問題じゃねぇ!!」
佐藤総理、二度目のツッコミ。額を押さえ、完全にキャパオーバー。
そこへイタリア首相ルカが追い打ちをかける。
「GOHKI! あれって……時給いくらで雇えるんだ?
いや、月給か? 福利厚生……どうすりゃいい?」
「雇用契約じゃねぇよ!!」
佐藤、三度目のツッコミ。もはや喉が限界に近い。
その少し離れた席。
イギリス首相オリヴァーが紅茶を啜りながら呟く。
「……あっち側に座らなくて、本当に良かったよ。なぁ、マティアス」
ドイツ首相マティアスは腕を組んだまま「ふん」と鼻を鳴らすだけだったが、
その肩は “巻き込まれずに済んで助かった” と語っていた。
だが――ネット中継のコメント欄は、もはや崩壊していた。
『俺がご主人様になる!』
『うちに来てくれええ!』
『受け入れ可決!!可決!!』
チャット欄は歓声と興奮の嵐。
画面の向こうでは、世界中の男たちが叫び、手を伸ばしていた。
その混沌の中、アーシグマ・ノワールは艶やかに笑い、
アリスは静かに目を閉じる。
――会議は、まだ始まったばかり。
そして、踊る。
世界を巻き込む“奉仕”と“愛”の饗宴が、いま――始まろうとしていた。




